第三章 大妖怪は尾行する①
裕太視点
「ここかな?」
目の前の建物……古びた図書館と手元のスマホの地図を見比べながら、俺はそう呟いた。
今は便利な世の中で、スマホがあれば、目的地を入力するだけで後はスマホがナビしてくれるのだ。
現在地が分からなくとも、スマホと地図のアプリがあれば今いる場所まで教えてくれるんだから、これでは迷子になるんて事も有り得ない。
まぁそもそも、機械が苦手だとか地図が読めないとか、そんな残念な人達からすればこれは意味のない発展なのかもしれないが……。
それはともかく、ここはミーコさんの知り合いの『文車妖妃』が働いてる図書館で、今日はその『文車妖妃』に会いに来たのだ。
文車ってのは、その昔、内裏や寺で火事があった時に本を運び出す為に置かれていた荷台みたいなもんで、これが付喪神となって妖化したのが『文車』と呼ばれる妖怪だ。
その中でも、女の恋文に込められた怨念が混じり込んだ雌体の文車を文車妖妃と言い、高天原の神々を除けば、その力は限定的ながら日本の妖怪の中でも上位を争う程の実力を秘めた大妖怪の一族って話しだ。
限定的って言うのは、その能力の大半が本を守る為に発揮されるって所で、本を持っていればほぼ無敵だが、無いと只の人と対して変わらないらしい。
火水土風雷光闇……これらを利用するあらゆる魔術や精霊魔法、霊術、妖術を無効にする術に精通し、物理的な攻撃に対しても高い効果のある防御結界を有し、更に『妖妃』は人を操る妖術に長けてるってんだからこれはもう反則級の強さだ。
まぁ基本的には争い事を好まない一族らしいら、本を粗末にしない限りは敵対する事はないだろうけどね。
彼らは、その生い立ちから書物や手紙を守る事に生き甲斐を感じ、書物や手紙を守るために生きている。
だから現代に於いては、古本屋を営んでいたり郵便局員になりすましていたり、今回みたいに図書館館に司書として入り込んだりしていたりする事が多い。
今回、この図書館で働いてる文車妖妃に会いに来たのは、彼女の持つ一つの特殊能力を頼っての事だ。
文車はこの世で書かれたあらゆる書物……と言うか『文章』と繋がる事が出来るらしく、だから彼らは非常に博識なので、もしかしたら今回の俺の妹の件についても、何か聞き出すことが可能かもしれないということで、ミーコさんが知り合いの文車妖妃を紹介してくれたのだ。
俺はスマホをズボンのポケットにしまい込み、目の前の扉を押し開けた。
中に入ると、微かに古紙とカビの臭いが鼻を突くが、元々本好きなこの俺はこの臭いは全く気にならない。
館の中にはちらほら人の姿が見え隠れしている。
この図書館は、知る人ぞ知る便利な図書館で、頼めばありとあらゆる書物を持ってきてくれる事で有名なのだそうだ。
勿論これは、ここで働く文車妖妃の能力をもってしての事だろう。
故に、ここには全国から人が集まり、時には政府の公人や、位の高い妖怪なんかも顔を見せることがあるそうだ。
そういやうちの大学の教授もよく此処で調べ物に来るって言ってたなぁ。
「おっと……」
考え事をしながら歩いていたらいつの間にか目的の部屋の前を通り過ぎていた。
俺は一歩戻ってその扉の前に立つと、軽くノックをして中に呼び掛けた。
「すみません。金城美依子の紹介で来たのですが……」
「……はぃ……ぅぞ………」
中から微かにそう入室を促す声が聞こえたので俺は、「失礼致します」と断りながらそっと扉を押し開け中へと入り込んだ。
中に入ると、所狭しと積み重ねられた本の陰から黒髪の1人の女性の姿が見え隠れしている。
「突然申し訳ございません。私、水無月裕太という者で……」
と、名乗ったところで女性の動きがピタリととまる。
「水無月……クン?」
訝しげに呟きながら、本と本の隙間から顔を出した女性を見て俺は思わず絶句する。
「へ? ミーコの良い人ってキミだったの?!」
「……外崎……さん?」
俺はそう問い掛けながら、思わずその場を一歩退いた。
「あら……随分な反応ね……昔の恋人に会ったというのに」
黒縁の眼鏡をクイッと持ち上げながら、その顔に軽く笑みを浮かべて、こちらをからかうようにそう彼女は口を開いた。
そう……この女性『外崎文子』は、思い出したくもない事だが、実は俺のかつての恋人……。
「ちょっと待った……」
何か言いかけた外崎文子を遮って、俺はそう機先を制する。
このまま話が進むと俺は彼女にこの先いいように扱われるだろう。それだけは何とか避けたい。
「何?」
表面上は穏やかな淑女を演じて、にこやかな笑みを浮かべながらそう問い返してくるが、この姿に騙されてはいけない。
少し色の薄い黒の長髪を日本人形のように切り揃え、黒縁眼鏡と図書館の制服で地味に装われているが、彼女は間違いなく美人である。それは認めよう。
問題は中身である。詳細は、プライバシーの問題もあるのでこの場で語ることはできないが、昔この容姿に騙されて、酷い目に見舞われたのだ。
「えーと……すると何か? 君は自分が妖怪だって事を隠しながら、当時まだ高校生だった俺を誑かしたってぇの?」
「人聞きの悪い事言わないでよ。妖怪にも恋愛する権利はあるでしょ?」
「恋愛? ……あれが恋愛だって?!」
彼女の言葉に思わずそううなり返す。
ヤバい。落ち着け俺。
「恋愛よ? あなたが例え、当時の12番目の相手だったとしても。あのまま行けば、ベスト10入りも可能だったのに……」
「……」
落ち着け俺!
コイツはこんな女なのだ。
いや、別にこの事は良いのだ。それこそ恋愛は人それぞれのは自由だし、恋人候補が何人いようと、それは見抜けなかった俺が間抜けだったってだけであって、コイツを責めても意味がない……落ち着け俺!
そうだ。ともかく用事を済ませてさっさとこの場を離れよう。
そして明日からはここに近寄らず、コイツの事を綺麗さっぱり忘れてしまえばいいんだ!
俺はそう心を定めると、そっと呼吸を整えてから再び口を開いた。
「今日来たのは文車妖妃である君に力を借りようと思ったから……」
「何、格好付けて大人ぶってんのよ。経験豊富と偽って、実際本番になったら役立たずで、手取り足取りナニ取り全部私の言いなりだった童貞君が」
「がぁぁぁぁぁ! やめんかぁぁぁぁぁ!」
ぷらいばしぃがぁぁぁ……
俺の古傷を……コイツはあの時も、俺の事を鼻で笑った挙げ句、学校中にこの事言い触らしやがったんだぁ……
当時から清純な印象が強く、図書委員だって事で地味に思われがちだったコイツが、眼鏡の下で軽く頬を染めて、小首を傾げながら事の詳細を事細かく言い触らし、この俺を学校中の笑い者にしやがったんだぁ……。
両親の遺産のゴタゴタで引っ越す必要があったから、その後すぐ転校したから良かったものの、そのまま残っていたら間違いなく俺は引き籠もりになっていただろう。
あれ以来、暫く俺は女性不信に陥って……いや、これ以上はよそう。自分が惨めになるだけだ。
「だいたい……妖怪云々を責めるなら、能力者であるにも関わらず、私が妖怪である事を見抜けなかった、己の力量不足を先ずは恥じるべきではないのかしら?」
鼻で笑ってそう曰う古本屋妖怪に、俺は真実を打ち明ける。
「……誤解の無いように言っとくけど、俺が能力者になったのは君と別れた後の話で、それ以前は全くの一般人だったぞ。両親も一般人だったし、親類で霊感の強い人なんてのもいなかった」
「……つまり貴方は、私と別れてから、0から始めて10年足らずで能力者としてミーコとタメ張るくらいまでになったってわけ?」
「そう」
やや、呆れたようにそう口を開いた古本屋妖怪に、俺は重々しく頷きそう返す。
「それが本当なら……トップスリーに格上げよ? どう? よりを戻す気はないかしら?」
さっきの嘲笑はどこへやら、喜色満面の笑みでずいっと顔を近付ける古本屋妖怪に臆することなく、俺はニッコリ笑って口を開いた。
「間に合ってます」
「あら……男なら二股くらいで怖じ気付いてちゃ……」
「今の俺にミーコさん以上の存在はいない。他の女に寄り道する理由もないよ」
「……まぁ、正体が分かった上で私を『女』と見れる事に関しては褒めてあげる。今回に限って言えば、ミーコの見る目は間違ってなかったって事ね」
そこで、俺はようやく気付いた。彼女は俺を試していたのか……
「能力者と、半妖とはいえ妖怪が恋愛するなんて、大概は裏があるもんなんだけどね。あなた達に関しては、驚くべき事に、本当に男と女として恋愛しているみたいね」
「失敬な。君も俺とつき合ったことがあるんだから、それくらい分かるだろうに……」
「確かにね、あの時の水無月クンなら、ミーコの事、本気で愛してくれたかもしれないけどね……童貞なりに」
「……」
「冗談よ。男……って言うか、人間が、他人とは違う能力を手にして同じでいれるなんて、誰も信じやしないわよ。嘗てのキミを知っているから尚更ミーコが泣くことにならなきゃ良いなって思ってたの」
「……外崎って……ミーコさんの何?」
「育ての親かしら? 勿論妖怪としてのね。ミーコが天涯孤独になってから暫く一緒に暮らしてね、妖気の使い方から生き方まで、あの娘に教え込んだのが私。それ以来の腐れ縁ね。あの娘が男に失敗し続けてきた姿を見続けてるから余計に交際相手の事が気になってね。まさか水無月クンだとは思いもしなかったし」
だから親しげに『ミーコ』と愛称で呼んでたのか。
「ミーコはあの通りの性格だからね……男で失敗する度、『あたしがフッてやったのよ』だなんて言ってたけど本当のところ毎回かなりの深い傷を負ってたわ。長続きしないのは、自分が半分とは言え妖怪だからだって、自分の生い立ちを恨んだりもしてたみたいだし」
……まぁ、長続きしないのは、生い立ちの所為ってよりは、その性格の所為だと思うけど……そう思ったが、勿論その事は口に出したりしない。
「ミーコさんが、自分の生い立ちを嫌悪してる事は知ってるよ。実際その事で一悶着有ったしね。取りあえず俺のために生きとけって言っといた」
「……あの頼りなかったチェリーボーイが、よくぞ此処まで……」
じゃかーしい! クソッ……我慢我慢……
「まぁ、それはともかく……水無月クン、キミ、私の正体ミーコから聞いたのよね?」
「ああ。それが?」
「う~ん……かつての恋人が、実は妖怪だったってだけでも大事なのに……ほら、私一応妖怪達の中では一目置かれてたり恐れられたりしている存在でしょ? なのに妙にリアクションが薄いから、逆に私がどう反応して良いのか分からなくて……もしかして私、舐められてる?」
「もっと畏まって欲しかったの? 妖怪……つーか、文車妖妃だって言ったって、外崎文子であることに変わりはないんだろ?」
俺のその言葉に、外崎は子供を愛おしむような優しげな笑みを浮かべ、
「……ミーコの彼氏がキミで良かったわ……」
と、突然そんな事を言い始めたもんだから、俺は何か裏があるんじゃないかと、思わず一歩退いた。
「あのねぇ……私は純粋に褒めてるのよ」
「今までの言動を省みれば、その言葉を素直に信じることは出来ないであります」
半分本気でそう嘯いてみせる俺に、外崎は苦笑を浮かべて肩を竦める。
「……まぁいいわ。許してあげる」
軽く眼鏡のフレームに指を当て、小首を傾げながらニッコリ微笑むその姿は、とても齢数百どころか千近い歳の大妖怪には見えない。
かつての事がなければ、コロッと行っちゃいそうだということは黙っておこう。
「そうしてもらえると嬉しいね。ところで……そろそろ要件言っても良い?」
「そうね。じゃないと……あの娘が何を始めるか分かったもんじゃないわ」
コーヒーカップに手を伸ばしながらそう言うと、外崎は笑顔を引っ込め、それをゆっくりとすすり始めた。
あの娘と言うのは当然ペチャパイ大妖怪さんの事だ。
「……昔からああだったの?」
「そうね。独占欲の塊で、今で言うところのストーカーってやつ? あれの一歩手前だったわね。中にはノイローゼで自殺しかけた人間もいるみたいよ?」
「……無理もない」
「よくよく考えてみると、水無月クン……貴方、よく今までノイローゼにもならずにミーコと付き合って来たわね?」
呆れたようにそう言う外崎に、俺は肩を竦めて口を開いた。
「まぁミーコさん俺にぞっこんみたいだし、俺としては悪い気はしないけど?」
そう言いつつも、俺は視線を『そちら』に向けてため息を吐く。
それに気付いた外崎も『そちら』に視線を向けてため息を吐いた。
「もしかして……ミーコさんに筒抜け?」
「私の妖術で、外から中のことは分からないようにしてるわ。だからこそ不安なんでしょう」
「不安なら普通に入って来ればいいのに」
「嫉妬してると思われたくないのよ。あの娘の事を知ってる私からすればそんなプライド、滑稽以外の何物でもないけど」
「ミーコさん分かりやすいからなぁ……」
実は俺がこの部屋に入ってこの方、姿は隠しているけどミーコさんが、イライラとこちらを窺ってる気配を感じていたのだ。
もしかして外崎、ミーコさんから男寝取ったりしたんじゃないだろうな……そう思ったが答えが怖かったので口に出したりはしない。
「それで聞きたいことって言うのは?」
「あ、ああ……実は……」
俺は、事のあらましを語って聞かせたのだった。
時代の流れを感じさせる回で、リニューアル前は作中に、スマホは出て来ずガラケーだったんだよね(^_^;)
スマホに変わった事で、多少内容が変化してます。
ほんの少しだけど。
文車妖妃はまだ一般人だった裕太に関わりのあった妖怪で、今後もほんのちょい役で登場予定です。
ブクマ&☆評価宜しくです。
ブログ&twitterもよろしくお願い致します。




