第三章 大妖怪は嫉妬する②
サブタイトルがいまいち上手く出てこない。
『……おにい……ちゃん……』
(……あ…ま……ね……)
『……お兄…ちゃん……』
(……天音……)
『……お兄ちゃん……助けて……』
(天音!)
『お兄ちゃん……早く……早く助けて!!』
(天音! 今行く!!)
『お兄ちゃん……早く……早く……助けに来いって言ってんだよ! 何時まで待たせりゃ気が済むんだ! そんな女とチチクリ合ってないでさっさと助けに来やがれスットコドッコイィィィィィ!!』
「うひゃいぃぃぃぃぃ!!」
俺は妹の鬼のような形相に驚き、ガバッと勢いよく起き上がった。
激しく乱れている呼吸を整えながら、いったい何事なのかと心を落ち着け思考を巡らす。
いや……今のは夢じゃない……絶対に夢じゃない!!
とても、あの可愛かった妹とは思えない酷い有様の気配ではあったが、少なくとも悪夢を見ましただなんて曖昧なものではなく、現実として助けを求めて呼び掛けて来ているという存在感が今の気配には感じられた。
だがあれは……あれは妹たり得ない。
何故なら妹は、前にも言ったが俺の目の前で死んでいるからだ。
肉体も既に失われている。俺が自分の手で火葬に出した。
肉体の安否が確認出来ていなければ、魂のみで漂う妹が俺に助けを求めている可能性も考えただろう……それどころか、死んだ事すら信じていなかったに違いない。
だけど……駄目なんだ。
肉体が確実に失われている以上、あれが妹で……天音である確率は0なのだ。
何故なら肉体と魂は対になってるものだからだ。
魂は、肉体が無ければ長くは存在する事ができない……少なくとも、8年も前に肉体が失われているのに、魂のみが消滅せずに未だに存在できているだなんて聞いた事がない。
それに俺はこの目で見た……天音の魂が肉体から引きずり出され、奴の餌食となった瞬間を……。
肉体は滅び、妖怪に喰われて尚、生きているだなんて事は有り得るはずもない……。
「……はぁ……」
俺は、片手で顔を覆って俯き、大きく深く息を吐いた。
すると、それに気付いたのか、隣で寝ていたミーコさんが突然むっくりと起き上がり、裸体を露わにしながら「んん~っ」と一つ伸びをして俺の方に寝ぼけ眼を向けてきた。
「あふ……裕太どうしたの?」
あくび混じりのその台詞に、俺は思わず苦笑する。
垂れ下がった二つの猫耳と、あくびの為に滲んだ涙があまりにも俺のツボにストライクだったからだ。
「いや、ちょっと夢見が悪くてさ……」
俺はそう言いながら、その滲んだ涙に口づけする。
その瞬間、猫耳がピクンと震えるその様もまたツボだ。
「あふ……」
俺のキスをその身で受けながら、もう一つあくびと伸びを可愛らしく入れるミーコさん。
しかし、それが一段落ついたその瞬間、今の愛らしかったその姿が一変する。
「夢見が悪かった? 一体どんな夢を見たのよ……昔の女に借金返済を迫られる夢でも見たの? ……あぁ……昨夜は寝かさないつもりでいたのに……」
三白眼で俺を睨みつけながら、ミーコさんはそう悪態を吐いてベッドから降りて行った。
どうやら安眠を妨害されて、機嫌を損ねてしまったらしい。
彼女はAカップの貧乳を惜しげもなく晒しながら、キョロキョロと脱ぎ捨てた自分の下着を探し始めた。
そのお尻では、二股に別れた尻尾の先が、まるで別の生き物であるかのようにキョロキョロと左右を行き来している。
「ミーコさん、下着ならそこ。……言っとくけど先に寝たのはミーコさんの方だからね?」
俺は死にかけてたけど。もう一滴も出ないくらい搾り取られた。
「分かってるわよ!」
ミーコさんは忌々しげにそう答えると、パンツと……果たして本当に着ける必要があるのか疑問が浮かぶ可愛らしいブラジャーを身に着け始めた。
俺は俺で、さっさと下着とジーンズへと足を通して部屋の隅にあるテーブルへと足を向ける。
取り敢えずミーコさんの機嫌が良くなるようにコーヒーでも淹れてやろうと言うわけだ。
俺はテーブルの脇にある小型の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、電気ケトルにその水を注いでスイッチを入れた。
お湯が沸くまでの間に、棚からコーヒーカップや道具を取り出しテーブルの上へと広げると、ドリッパーに紙をセットし、そこに既に挽いてあるコーヒー豆を適量注ぐ。
電気ケトルの良いところは、沸き上がるのにガスより短時間で済むところだ。
案の定、俺が道具を用意してる間に、お湯は既に沸き上がっていた。
だが、沸き上がったからといって直ぐに淹れ始めるのは厳禁だ。
コーヒーは、お湯の温度が高いと苦みや渋みが強く出て、あの芳しい香りも死んでしまう。
俺は、カップやサーバーを温める為にケトルのお湯をそれらに少量注ぐと、ケトルを一旦脇に置いて適温まで下がるのを待つ事にした。理想は80℃前後。
ついでに豆を注いだドリッパーをサーバーにセットして、さっき注いだケトルのお湯の蒸気で、豆を軽く蒸らしておく。
ふと見れば、コーヒー好きのミーコさんが、ピクリピクリと耳を動かしながら、そわそわと俺の様子を伺っている。
そんなミーコさんの様子に頬を軽く弛ませながら、俺は戸棚から甘味の少ないビターチョコを取り出しカップに添える。
因みに俺達が寝起きしているこの部屋は、会社の宿直室を自分達で改造した部屋だ。
以前住んでいたマンションは、酔ったミーコさんが壁を壊して追い出されてしまった……シクシク……。
路頭に迷い掛けた俺たちに救いの手を差し出してくれたのが、岸本亡き後にマーズ日本支部代表に就任した男爵だった。
会社の宿直室を提供された代わりに、ビルの管理を任された……と言うわけ。
男爵は、岸本の死に動揺する社員やエージェント達をまとめ上げ(岸本が魔族だったということは伏せてある)、何とか会社の業績を落とすことなく今に至っていると言うからから驚きだ。
おっと、これ以上時間をおいたらお湯が冷め過ぎちまう。
俺は思考を中断して、作業を再開する。
サーバーのお湯を捨てると、ドリッパーを再セットし、良い具合に蒸されたコーヒー豆にケトルのお湯を注ぎ込む。
途端に湧き上がるコーヒーの芳しい香りにニンマリしながら、俺はドリッパーの中の泡が消える前にと、再度お湯を注ぎ込んだ。
「ねぇ~まだぁ?」
その声に振り向くと、機嫌が直ったらしいミーコさんが、耳をパタパタ、尻尾をフリフリしながら、コーヒーが来るのを今か今かと待ちわびていた。
「はい、はい。今お持ちいたしますので、もう少々お待ち下さいませ」
俺は苦笑しながらそう答えると、最後の一滴までドリップしたドリッパーを取り外し、サーバーの中に満たされた極上のコーヒーをカップへ注いで、見るからにウキウキとして待っているミーコさんの元へと届けるのだった。
「……で、夢見が悪かったって?」
俺の出したコーヒーで一息入れながら、ミーコさんは片目薄く開いて俺にそう問い掛けてきた。
俺は一瞬、どう話そうかと思い悩んで言い澱む。
だが、こう見えてもミーコさんは知識が豊富だし、妖怪の知り合いも多い大妖怪だ……俺は、ここは相談したほうが良いと判断し、直ぐに正直に話しを始める決心を固めて口を開いた。
「いやね……死んだはずの人間が、俺に助けを求めてくるんだよね」
「死んだはずの人間って?」
「妹だよ……」
実は他人にはっきり妹の死を告げたのはこれが始めてで、俺の心に微かにチクリと痛みが走る。
「妹さん? 裕太、妹さんがいたの? 初耳ね……」
何故か三白眼で俺に視線を送りつけてくるミーコさん。
「ま、まぁね……なんつうか俺自身、天音が死んだって事を認めたくなかったから言ってなかったんだ……。あいつが死んだって口に出して言ったのはこれが始めてだよ……」
そう言って俯く俺に、ミーコさんは視線をそらして深い溜め息を吐いた。
「……ショックだわ……」
半瞬後、突然そんな事を言い出したミーコさんに、俺は小首を傾げながら問い掛ける。
「何が?」
「いやね……」
そう呟いて俺の方を流し見るミーコさんの瞳から感じたのは俺に向けた憐れみの感情……。
そうか……ミーコさんは俺の妹である天音の死を悼んでくれているのか……。
俺はそんなミーコさんが急に愛おしくなり、手に持っていたカップを棚に置いて彼女の座るベッドに肩を並べるように自分も腰を下ろすと、そっとその肩を抱きしめ………………ようとしたらその手をスルリと避けて立ち上がり、下着にTシャツという世の男共が女性にして欲しい格好No.1な姿(胸はないけど)で窓際へと足を運ぶと、壁に背をもたれ掛けて口を開いた。
「……ハァ……あんたが……あんたが……」
そして、悲しみに満ちた表情で窓の外へと視線を送り、更に悲しげに言葉を続けた。
「あんたが……まさかシスコンだったなんてね……」
「違うしぃぃぃぃぃ! 俺はシスコンなんかじゃな……うぐっ……」
俺の涙ながらの訴えは、しかしミーコさんの三白眼に封じられる。
「い、いや……まぁ……ひ、人並みに妹への愛情は持っているけど……」
「……」
「あ、あの……た、確かに両親にはよく『あんたは、私達よりよっぽど天音の父親みたいだ』だなんて言われていたけど……」
「……」
「あ…う……あ、あの……」
ミーコさんは、言い淀む俺に再度近付いてくると、ポンっと俺の肩を軽く叩いて更に憐れむように語り掛けてきた。
「裕太……ゲロって楽になっちゃいなよ……」
「み、ミーコさん……俺は……」
「あたしは、例えシスコンだろうとあんたを愛してあげるからさ……」
「……ミーコさん……俺は……俺は!」
「裕太……あんたはシスコン……それで間違いないわよね?」
「……はい先生……全て先生が仰る通りです……僕は……僕はシスコンで間違いないです………………って違うわぁぁぁぁぁ!!」
しかし俺の涙ながらの訴えは、ハクジョーモノな金城美依子には1ピコグラム程の感銘も与えられなかったらしい。
悪の権化たるペチャパイミーコに、憐れみの視線を送り続けられる哀れな俺。
ニャロー……このまま引き下がってたまるかい!
「くっ……俺は……俺は断じてシスコンじゃないぞ! 兄が妹を慈しんで何が悪い!!」
「はっ……目に涙浮かべてなに感情的になってんのよ。あたしは愛してあげるって言ってるじゃない。例え貴方がシ・ス・コ・ン・で・も」
ぷちーん。
コンニャロー……さては普段は俺に口で勝てないから、ここぞとばかりに攻め立てて来てやがってるなぁ? そっちがその気なら……こっちは徹底抗戦ダァァァァァ!!
「そいつはどうも……俺もファザコンな大妖怪殿に愛されて幸せで御座いますよ……」
「……」
その瞬間その場の空気が一気に氷点下へと急降下する。
心臓が弱い奴なら卒倒しかねない程の殺気を孕んだ冷たい視線が俺の身体を貫くが、勿論俺はそんな事で怯んだりはしない。
この程度で怯むくらいじゃ、我儘自己チュー大妖怪の彼氏なんぞやってられんのよ!
「今……何て言ったのかしら?」
底冷えのする絶対零度な口調でそう喋りながら、ゆっくりと俺から視線を外して後ろを向くミーコさん。
俺はすぐさま臨戦態勢を整えながら、その言葉にサラリと答える。
「いえいえ……わたくしといたしましてもね? 大妖怪の1人に数えられておられます貴女様がね? ファザーコンプレックに凝り固まっ……っ!」
噴き上がる強大な妖気に俺は瞬時に反応し、ベッドから飛び退いてスタッと床に着地する。
そして着地したその刹那、それまで俺が腰掛けていたダブルベッドが綺麗に切り裂かれ、ドド~ンと音を立ててぱっくりと2つに分かれたのだった。
「……物は大切にしないといけないよって、ミーコさんは大好きなお父さんから習わなかったのかな?」
肩を竦めてそう問いかけるこの俺に、鬼神も踵を返して逃げ出すんじゃないかってくらいの殺気を込めた視線を向けながら、ミーコさんは全身に妖気を漲らせている。
その顔は真っ赤に染まり、一見すると怒りと憎悪で満ちているかのようにも見えるが、その実これは羞恥の為であることを付き合いの深いこの俺は容易に読み取ることが出来るのだった。
「何が可笑しいのよ……」
どうも俺は無意識の内に笑みを浮かべていたらしい。
ミーコさんはそれを見て、遂に怒りが頂点に達したようだった。
「何が可笑しいのかって……聞いてんのよぉぉぉぉぉ!」
何がって、誰よりもミーコさんの心情を読み取ることが出来る自分自身に、満足感を覚えてるんだよ~……てな心の声は面に出さず、俺は殴り掛かってきたミーコさんに相対する。
ミーコさんの拳が届こうかというその瞬間、俺はポツリと口を開いた。
「リロード……」
その言葉を唱えた刹那、俺の面前に一枚の魔方陣が生み出され、洒落にならないほどの妖気が籠もったミーコさんの拳の行く手をガシリと阻んだ。
魔方陣は、ミーコさんの拳に突き破られるが、消え失せることなく逆にその腕を絡め取る。
続いて俺たち二人の足下に、瞬時に別の魔方陣が描き出され次第に周りの景色が歪み出した。
「ふふふふふふふ……ではこの続きは向こうで行うとしましょうか?」
未だ顔を紅潮させたままのミーコさんにそう喋りかける俺。
するとミーコさんは口をひきつらせながら(本人は不敵な笑みを浮かべたつもりだろう)、それに対して言葉を返してきた。
「丁度良いわ……この際だから……どっちがご主人様かはっきりさせてやろーじゃないの!!」
そして歪みは一気に加速し、次の瞬間俺たちは、元いた2人の部屋から別の空間への転移を果たしたのだった。
裕太はシスコンです。本人はその事実から目を背けてますが、完全無欠にシスコンです。こじらせてます。
そしてミーコはファザコンです。お父さん大好き過ぎて、こちらもこじらせてます。でも認めません。
ただ、二人とも異性の好みは別です。
次回は、異空間に転移して二人のバトル。特に裕太は能力が符呪魔術から少し変わりますのでお楽しみに。
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