8:ばったり転校生と出くわしました。
「あ」
「お」
「あ」
三人が、一文字ずつ声を発する。
最初は、熊澤。
次が、俺。
最後が、松蔭寺。
ここはスターバックス。
若者が集う聖地だ。
嗜好品の類としてスターバックスを好まないので、普段は入らないが、友だちといるときくらいは来たことがある。
それでも一回だが。
「エマ、どうしたの」
「文化祭委員の買い出し。
宝田が来れないからって荷物持ちとしてこいつが来たの」
明瞭簡潔な説明。
確かにこの状況的には俺は荷物持ちのようだ。
現状はスタバの入り口に小さな少女がいると思ったら、それが松蔭寺だったということだ。
「そういうことね。
てっきりデートかと」
「天地がひっくり返ってもそんな事ないわよ」
熊澤の一言に、松蔭寺は笑う。
何が面白いのかが微妙にわからないが、俺は素直に、
「松蔭寺は何しに?」
「……はぁ。
私は生活必需品を買い足しに来たのよ。
こっちに来て一人暮らしになるから」
何故かため息をつかれたが、松蔭寺は普通に答えてくれる。
「そうか、一人暮らしなのか。
ここの近くにあるセリアだと物が結構揃っているぞ」
「それはもうエマから聞いた」
松蔭寺は俺から視線を外し、入口の近くにあるメニューを再度見つめる。
「あ、マリアまだ何も買ってない?」
「うん? えぇ」
「じゃあこいつに奢ってもらえば?」
「は?」
熊澤の突然な提案に俺は呆ける。
確かに熊澤には奢ると言ったが、いきなり一人増えるというのは少しびっくりする。
恐らく金銭的にも大丈夫だと思うが、松蔭寺はどうだろうか。
「えっ、あんたが奢ってくれるの?」
割と目をキラキラさせて反応してきた。
「あー、あぁ、熊澤に奢る約束をしたからな。
一人が二人になったところで変わらないだろう」
「えっ?!
それは助かるわ!
結構使っちゃって……」
松蔭寺はその体躯に似合う喜び方を見せる。
松蔭寺の今日の服装は、珍しくオーバーオールである。
オーバーオールと言うとマリオを想像する人も多いが、着方をしっかりすれば十分なオシャレになる。
中にしっかりと白いシャツを着ているため、そのシンプルな出で立ちは、オーバーオールという強い個性と釣り合っている。
オーバーオールは小さい子が着ればその似合い方は段違いだ。
自身の持っている魅力を理解していると言わざるを得ないだろう。
「そうか、なら今日もここであったのは何かの縁だ。
何が良い?」
「なら……この限定のやつかな」
可愛らしく指を指す先には、入口の看板にデカデカと書かれている『限定』の文字。
「今はいちごをやっているのか。
俺は苦手だな」
「えっ、昭仁いちご苦手なの?」
「食えないわけではないのだがな。
食感とつぶつぶ感がイマイチで」
驚く熊澤に説明すると、熊澤は小さく「人生損してるぅ」と話す。
別にそれで損するくらいなら違うもので採算を取ってやろう。
それくらいには苦手なのだ。
「でも、イチゴ味は大丈夫なの?」
「……確かに。
食感とつぶつぶ感が嫌なだけで避けていたな」
松蔭寺の言葉に、発見をする。
「じゃあこれを気にいちご好きになれば?」
「そうは言うが、この値段で買うとなるとな……」
スターバックスの値段というものは馬鹿にならない。
いくらバイトをしていて、少し金銭的に困窮しているからと言っても、スタバが飲めないほどではない。
しかし、それでも高いものは高い。
その高い値段を苦手克服できるかも? ということに使うのは少し腰が引ける。
「じゃあ、私のを一口上げるわ」
そこで、松蔭寺が平然とそんなことを言った。
「今、なんと言った?」
「だから、私の一口上げるわよ。
その代わり、あんたはこれを頼みなさい。
私も一口もらうから」
松蔭寺はまるで友達と食べ物をシェアするかのようにそんなことを話す。
ここで、俺の情報を少しだけ整理しよう。
俺は今年16歳になる高校一年生。
巨乳しか興味がないと言っても、それなりに性というものを意識はする。
「いいのか?」
「いいのかってあんた、これも嫌なの?」
松蔭寺が指を指しているのは、キャラメルフラペチーノ。
いや、そういうことではない。
「人の呑んだものとか、大丈夫なのか?」
「……いつもはパパとかママとかとしているけど?」
「そういう問題ではない」
帰国子女と言っていたが、そこらへんは文化の違いというやつなのか?
俺の思考は回り続ける。
『ここは了承しておくべきだ。
巨乳ではないとはいえ、間接キスなんだぞ?!』
『だからこそ相手を尊重するべきではないのか?!』
『だがいま目の前には絶好のチャンスが有る!』
『好みでない女の子に不誠実ではないのか?!』
『だがかわいい!』
『『うむぅ……』』
俺の中の天使と悪魔も争いをやめて悩んでしまった。
いや、
「分か「じゃああたしがそれ頼むから、分けよう! マリア!」……そうだな」
潔く間接キスをもらおうとしたが、そこで熊澤が会話に割り込んできた。
熊澤も同じ状態だったのだろう、少し焦っている。
「エマが分けてくれるの?」
「えぇ、私ちょうどキャラメル飲みたいなって思ってたところだから、気にしないで」
俺の煩悩を打ち砕くかのようなセリフに、ふと我に返る。
良かった、という感情と、少しの悔しい感情。
「俺はちょうどコーヒーが飲みたいところだったから、ちょうどよかった」
「あー、私はコーヒー飲めないのよね。
エマ、ありがとう」
にっこりと微笑む松蔭寺は、可愛らしい。
そして、熊澤に睨まれた気もした。




