4:転校生が謝りに来ました。
大塚昭仁は、運動が苦手である。
家の事情でアルバイトをするために、部活動に取れる時間がない、というのも理由の一つではあるが、
「毎回見てきて、飽きて来たけど面白いでもあるよね」
「面白いと行ってくれるなら嬉しいな。
俺としてもみんなに醜い姿を晒しているのは自覚しているのだが」
単純に運動神経が悪い。
走る、飛ぶ、といった単調な行動はできるため、数値的には問題がないのだが、
「ほんとさ、バスケットボールでどうやったら股間を打ち付けるわけ?
しかも自分でやるってさ……」
「これは俺が男子だからこそ起きていることだ。
俺が美少女だったらこんなことにはなっていない」
このように球技だったりすると、途端にこの運動神経は牙を見せる。
「女子でいいじゃん?
なんで美少女?」
「できることなら望みは高く、ということだよ」
「いやね、普通に会話してるけどさ、その地面にうずくまってる状態、すごくかっこ悪いよ」
俺は今、股間を自身でドリブルしたボールで打ち付け、地面にうずくまっている。
正義が俺のことを心配して見てくれている。
正直、すごく痛い。
会話していないと痛みと濃厚なコミュニケーションを取らないといけない。
「カッコ悪いというのはどうでもいいのだ。
今の状況は痛みとどう向き合うかということだ」
「ほんとすごいね。
言葉だけ聞くとかっこ良いのに、ビジュアルは死ぬほどかっこ悪いよ?」
俺だって好きでこうなっているわけではない。
昔は克服しようとしたこともあるが、しばらく努力して理解した。
「俺個人の努力でどうこうなる問題だったら、なんとかしているに決まっているだろう?」
「流石に三ヶ月もあれを見せられたらそりゃ分かるけど……」
正義とくだらない話をしているだけでも、気は紛れる。
こう言っているが、正義も最初の頃はかなりアドバイスしてくれた。
今までの人生で幾人もいなかった存在に心打たれた。
その時も、もちろん努力した。
だが、なぁ……。
「あんた、それでよく生きてこれたわね」
そこで、声がかかる。
それは正義の声ではない。
「松蔭寺……」
「あ、松陰寺さん、どうしたの?」
正義の声から、いるのは松蔭寺で間違いはないだろう。
俺は地面と対話しているため、顔を上げることはできない。
「ボールがこっちに来て、少し気になったのよ」
松蔭寺は正義とはしっかり話をするようだ。
声色は男子と話しているような、冷たいものではない。
「あはは……。
昭仁は別に気にしなくてもいいよ。
いつもこんな感じだから」
「こいつ、何時もこんな感じなの?」
松蔭寺の動揺した声色に、俺は顔を上げずに声を出す。
「ふっ。
俺の運動音痴を舐めるなよ?」
「昭仁、それさ、威張ることじゃなくない?」
「ここまでくれば威張りたくもなるものだよ」
正義は俺にアドバイスした人、として苦笑いを浮かべているだろう。
「無様なものね。
私にあれだけ言っておきながら」
「無様で結構だ。
人からどう見られようとそいつの勝手だ。
俺には俺のやれることがある」
松蔭寺の挑発だろう言葉は、俺には届かない。
俺にあるのは、ただ股間の痛みと戦うことだけだ。
そろそろ引いてきたであろう痛みに、俺は顔を上げる。
そこにいたのは、長い金髪のツインテールを、ポニーテールにしている松蔭寺。
「……ふむ。
黙っていれば可愛らしいのだがな」
素直な感想を口にする。
俺はあくまで巨乳が好きなだけだが、だからといって他の要素がどうでもいいというわけではない。
可愛いものは可愛いと思うし、エロイと思うものはエロイと思う。
「ッはぁ?!
何言ってんのよ! バカッ!!」
俺を見下ろしながら、松蔭寺は顔を赤らめ、手に持っていたボールを俺に投げつける。
それは俺の顔面に思い切り迫ってきて、
ゴンッ
俺の意識は闇に沈んだ。
☆☆☆☆☆
保健室、というのは俺にとっては楽園のことを指す。
それは単に保健室が好き、というだけではなく、
「あら、起きたの? 大塚くん?」
そこにいたのは、女神。
俺の瞳が曇っていなければ、今目の前にいるのは間違いなく女神である。
「あらあら、気を失ったからここがどこか分からないんですか?」
「あぁ、いえ、意識ははっきりしていますとも。
ここが展開だということも重々承知ですとも」
「あらあら、まだ気が動転しているみたいね」
保健室の先生。
大同 よしみ先生。
その美貌は35歳とは思えるはずもなく、30手前と言われても嘘だろうと思ってしまうほどだ。
その美貌もさることながら、そのプロポーションは、昔モデルをやっていたと言われても、誰もが納得してしまうだろう。
「俺はなぜこんな天国に突然?」
「そういえば大塚くんはそういう子だったわね、忘れてたわぁ」
よしみ先生は艷やかに笑いながら、俺の話をスルーする。
俺はその様子を視界に収めるとともに、別の部分を目に映してしまう。
「ふふふ、見たくなるのは分かるけど、これは旦那のものなのよ」
よしみ先生は、胸元を隠す。
そう、よしみ先生は巨乳なのである。
俺の推定はEカップ。
具体的な数値は確実性がないので伏せておくが、さすがと言わざるを得ない。
「すいません。
つい美しい女性には目移りしてしまうもので」
「ふふふ、そういうのはしっかりと好きな人に言うものよー」
子供をからかうような仕草でさえ、美しい。
よしみ先生は、その美貌とプロポーション、そして性格から全学年の男子から人気があるが、
旦那がいるのである。
「あんまり気を失ってからは時間が立ってないから、心配はしないで」
「はぁ……」
その旦那というのが面倒で、先程の体育の授業の担当である、大同 剛毅先生なのである。
そしてこれがまたラブラブすぎて誰も付け入る隙がない。
逆にそんなシチュエーションに萌えているというやつもいるのだが、俺はそうではない。
「ごーちゃんの処置も的確だったから、今回は病院には行かなくても大丈夫だと思うわよ。
でも、一応気は失っているから、心配だったら病院に行くようにね」
ごーちゃん、というのは剛毅先生のことだ。
くっそあのマッチョ教師めっ。
よしみ先生にあんなことやこんなことをしていると考えると、俺の妄想が止まらないっ!
ガラガラ
そこで、保健室のドアが開く音が聞こえる。
「あら、あの子が来たのかしら?」
「あの子?」
「えぇ、あなたのことを心配してたあの子よ」
というと、それは正義の事だろうか。
正義は可愛い系男子ということで、まれに女子に間違われることもある。
そのため、本人的にはコンプレックスでもあるため、下手に口に出してはいけない。
「だ、大丈夫……?」
「えっ?」
だが、そこにいたのは、俺の予想とは全く違う人物だった。
「松蔭寺……?」
「何よ、私が来ちゃ悪いっての?」
松蔭寺は、俺の驚いた様子に少し不機嫌そうだ。
俺は首を横に振り、
「そんなことはない。
少しびっくりしただけだ」
「……私が怪我をさせた人に謝りにも来ない人間だって思われてるわけ?」
「そういうことではなく、正義が来たと思ったんだよ」
「まさよし?」
「俺と一緒にいた男子だ」
あぁ、と納得した松蔭寺は、少し気まずそうにしている。
「……あの後はどうなった?」
「体育の先生が介護してくれて、特に怪我や外傷もないから大丈夫だろう、って」
「ならなんで」
「私が! 気を失わせちゃったから!」
その表情は、少し悔しそうな表情でもある。
面白いな、と思わなくはないが、俺も一応は被害者であり、
「どうしてあんな事したんだ?」
思い出すとよくわからない。
あの言葉は罵声でもない。
なんなら褒め言葉だったはずだ。
それなのに、俺は攻撃をされた。
「そ、それは……」
松蔭寺は頬を赤らめている。
その様子は、巨乳であればすぐさま求婚していたであろうほどの可愛さだ。
「恥ずかしかったから……」
はずかしかった?
「なんか……らしくないな」
「らしくないってっ?!
人にあんなことを言っておきながら?!」
「あんなことって……事実しか言っていないが?」
その言葉に、松蔭寺はまたも頬を赤らめる。
「朝はあんなこと言ってたのに?!」
「あれはお前が可愛らしいけれど……って、あぁ、そうだ」
俺はあのことを思い出す。
「朝の件だが、申し訳なかった」
「ん? どういうこと?」
「あぁ、女子に体のことに関して、それも貶しているように聞こえるようなことを言ってしまったからな。
松蔭寺がどう思っているかはわからないが、申し訳ない」
その言葉に、松蔭寺はため息を付き、
「せっかく忘れてたってところなのに、なんで蒸し返すのよあんたは……」
「それに関しても申し訳ない」
頭を下げる。
俺の行動を見た松蔭寺は、大きなため息をつき、
「私もあんたを気絶させたって意味では、申し訳ないことをしたわ。
ごめんなさい」
頭を下げた。
そのことに、俺は別に気にしなくても良いと思ったが、
「だから、これでチャラで大丈夫?」
顔を上げた松蔭寺は、微笑んでこちらを見る。
どこかその表情を、俺は美しいと思ってしまった。




