2:転校生からの死の宣告をされました。
「はぁ?」
俺の言葉は、教室を凍りつかせるには十分なものだったらしい。
一気に教室が静まり返る。
これは流石に、自身がした失言に気づいた。
「申し訳ない」
「申し訳ないって何よ」
その言葉に、俺は自身の言葉を振り返る。
「……確かにそうだな。
俺はあくまで松陰寺さんに欲情しないという事実を言っただけか」
教室がざわめいた。
「欲情って……あんたそんなこと言わないでよ、不潔」
「松蔭寺も言っていたじゃないか。
それで不潔なら松蔭寺も不潔だろうに」
「ばっ、あんた女の子にそんな事言わないの!」
俺の言葉に熊澤が割り込んでくる。
「ごめんね松陰寺さん?
こいつ見ての通り馬鹿だから、ホント、馬鹿だから」
後ろから俺の頭を下げさせる熊澤。
いきなりのことで従ってしまうが、なぜ自分が頭を下げているが分からない。
でも、今のこの空気を脱したいという、教室の雰囲気はひしひしと伝わる。
「へぇ。
ありがとう……「熊澤エマです」エマさん」
松蔭寺はニコリと微笑み、熊澤に笑みを向ける。
いい表情だ。
俺を見ていた時の虫を見るときのような表情じゃない。
「あぁ、エマさん。
私のことはぜひ、マリアと呼んでください」
「えぇ、それじゃあ、よろしく、マリア」
熊澤はたどたどしいながらも、会話をする。
「それとあなた」
下げた頭からちらりと見るが、俺のことを言っているようだ。
「今後私には話しかけないでほしいの?
分かった?」
「分かった、極力話しかけることがないように善処しよう」
「善処じゃなくて、これは命令」
「……そうか、まぁ、そう言うなら」
帰国子女ということで知らないのかもしれないが、俺と松蔭寺は隣の席だ。
今の日本の授業では、というかうちの高校では、割と隣の生徒とペアになって話す授業が多い。
そのため、否が応でも話さないといけないタイミングはあるはずだが……
「はーい、それじゃあ、いざこざも収まったようだし、HRはじめるよー」
鈴木先生の間延びした声が響く。
これのどこを見て収まったと見るのかはわからないが、俺は下げた頭を戻し、熊澤の方をちらりと見る。
鬼のような表情でこちらを見る熊澤。
……見なかったことにしようと顔を黒板の方に向けた。
☆☆☆☆☆
「はぁい、それじゃあ授業初めますよー」
HRが終わってすぐに授業は始まる。
一時間目は現代国語の授業だ。
おじいちゃん先生は少し怪しい滑舌で授業を始める。
「先生!」
そこで、勢いよく手を挙げるの人が一人。
「えっとぉ……松陰寺さん……だったかなぁ?」
「そうです。
私の教科書はまだなにのですが、どうすればいいでしょうか?」
「隣から適当に見せてもらってね」
「え?」
あ。
教室全部がそんな空気に包まれる。
隣、というのは松蔭寺にとって一人しかいない。
それは一番窓側最後列という、みんなが欲しがる立地にいるがゆえの不幸。
左隣は窓。
右隣は、
「見せてやってねぇ、大塚くん」
「……はい」
俺の心境は、非常に難しいものだ。
このタイミングで俺が気を使って断る、という選択肢もある。
俺としては貸すことに何も抵抗はない。
それに、俺は別に松蔭寺に特別嫌な感情を持っているわけではない。
だが、松蔭寺の方は俺……というか男子というものに悪感情を抱いているのは分かる。
「……机をくっつけるのは認めるけど、なるべく距離を取りなさい」
ボソリと、俺の耳に声が届く。
「俺が見えなくなるだろう?
そちらは借りている側なんだ、そちらが遠慮しては?」
先程の理不尽な謝りには俺も少し思うところがあったため、少し意地の悪い返答をする。
その間に、机を近づけて、教科書を見せる。
「私と席を隣り合わせにできる事自体幸せなことだと言うのに、それ以上を望むの?」
勝因寺も少し机を寄せて、俺の見せる教科書を見る。
「別に俺はこのことに幸せは感じていない。
……教科書はここからだ、ノートはこれを見ろ」
授業のルーズリーフを取り出し、すでに書いてあるものを見せる。
「幸せを感じないって……意味わからない。
私の隣なのよ? そう思わないのが不思議だわ?
……ありがと、この内容で会っているのよね?」
松蔭寺はバカを見る目でこちらを見てくる。
それと同時に、教科書の一部分を指差し、確認を取ってくる。
「俺は君に特段魅力を感じていない。
だからこそ、女子と席を隣り合わせにしているという事以上でも、以下でもない。
……そうだ、今日はここのところからだ。
ちなみに恐らくだが今日は朗読させられるので当たるぞ」
事実を述べていく。
今日は確か後半の出席番号だったはず。
転校生ということで松蔭寺は最後の出席番号である。
また、あの先生は新しい子が馴染めるようにやらせてあげよう、などと考える先生のはずのため、教えておく。
「魅力を感じないって……。
もしかして同性愛者なの?
それは申し訳ないことをしたわね、許して頂戴。
……朗読なんて面倒くさいものをやるものね」
少し申し訳そうな表情で、松蔭寺はこちらに謝りを入れる。
帰国子女ということは朗読は海外でもやるのだろうか?
「俺は同性愛者ではない。
ただ好みの女性像があり、それに松蔭寺が当てはまらないだけだ。
……おそらく今日は課題が出る。
このルーズリーフは嫌じゃなければ持っておけ。
少しの間貸してやろう」
語弊がないように話しておく。
ちなみに、俺は巨乳が好きというだけで、それ以外がブサイクなどというわけではない。
あくまで俺が一番魅力を感じるのが巨乳であること、というだけだ。
今日は水曜日だ。
あの先生は水曜日に宿題を出す。
できるだろうが、持っていて損はないし、授業についていくためには貸したほうが良いだろう。
「……どういうことよ。
私がその好みの女性像に当てはまらないって……どんだけの美人を思い描いているのよ?
……それならいらないわ。
私でノートの写真もらうし、別に大丈夫よ」
松蔭寺は何かを勘違いしているようだ。
松蔭寺はそして「でも今日の授業中は借りるわね」と言ってノートを見る。
「俺の好みの女性像に対して、松蔭寺が足りないもの。
それはおっぱいだ。
君にはおっぱいがないから、俺の好みの女性ではないのだ」
そこで、ノートを読んでいる松蔭寺の動きが止まる。
松蔭寺は言葉を出さずに、スラスラと何かを書いて、俺に見せてくる。
……というかそれ、俺の教科書じゃないか?
そこには一言、書いてあった。
『死ね』と。
……なぜいきなりそんなことを言われるんだ?