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19/22

19:ゆるふわ先輩がウォーミングアップをはじめました。

「おはよー」

「おはよう」

「あんた、夏休みが終わったってのによくそんな普通にできるわね」

「それはありがとう」

「別に褒めてないっての」


 夏休みは、終わった。


 非情に聞こえるかもしれないが、もう一度言おう。



 夏休みは、終わった。



 楽しい時間はすぐに過ぎる、というものは当然であり、俺にとって夏休みは楽しいものだった。


 最初の一週間はとにかく夏祭りのために生き、それからはバイト漬けの生活をしながらも、男友達と遊んだりしていた。


 そのお陰か、今年に集めるべき金銭にも少しばかりの余裕ができてきている。


 だがまだ高校生活は始まったばかり。


 油断は禁物であり、勝って兜の緒を締めよ、とも言う。


 何時も通りが良いのだ、と自分に言い聞かせ、今日も俺は聖書を読む。


「夏休みはどうだった?」

「ぼちぼち楽しんだよ。

 熊澤は?」


 朝、俺の隣に来たのは熊澤エマ。


 スタイル抜群、陸上部、健康そうな肌に快活な性格。

 容姿も整っているため、熊澤に惚れている男子は数知れず、だろう。


「テストが近いからって勉強強化、とかでめっちゃ勉強させられてる……」

「休み明けテスト、か」


 初の高校生なので、これが普通なのかはわからないが、長い休み明けにはテストを行うらしい。


 範囲は主に長期休み中に出た課題の中から出題されるのだが、


「まぁ大丈夫だろう?

 別にそんなに多い範囲でもなかっただろう」

「それは勉強する時間が会った人は、の話でしょうが!」


 熊澤の言葉に、別に時間がないわけでもないだろう、と言いかけて、口を噤んだ。


「そうか、文化祭委員か」

「そ、結構忙しかったのよ」


 文化祭委員。

 それは確かに忙しいと聞いたが、


「別に勉学に支障が出るほどでも無かろう」

「あんたに何が分かるのよ」

「いや何、正義が特に苦も無くやっていたからな」


 正義とは夏休み中に何度か遊ぶことになったが、忙しいのかと聞くと別に忙しくない、と答えていたのを覚えている。


「あぁ……宝田ね。

 アイツはなんか知らないけど、めっちゃ効率がいいのよ。

 私が一つのことやっている最中に10終わらせるし」

「確かに、正義は面倒なことのやる速さだけは異常だな」


 宿題もみんなから借りてやっていた。


 それでテストが大丈夫かと聞けば、『まず終わらせないと、勉強に力が入らないだろ?』と言っていた。


 ……それをやることがテスト勉強なのだが、それでは本末転倒なのではないか?


 その言葉を飲み込んだが、恐らく正義のことだからしっかりと勉強しているだろう。


「それで、熊澤は俺に泣きつきに来た、ということで会っているか?」

「……な、何の話よ」

「そう言うな。

 俺は知っているぞ。

 陸上部で熊澤エマの数学を克服できるわけはない、とな」


 熊澤エマは、割と馬鹿である。


 それも、理系に関しては結構な馬鹿である。


 席が近いということもあり、数学の授業でディスカッションと称した謎の時間で話すことはある。


 その時の熊澤は、本当に使えない。


 公式も使えない、何を使えば良いのか分からない、簡単な計算ミスの連発。


 それらが重なった結果、熊澤エマの数学嫌いはそんじょそこらのものでは治らない、と俺は理解した。


「別に、あんたなんかに頼らなくてもいいし」

「ほぅ……それなら俺のノートもいらないということだな?」


 そして、球技大会前、俺はなぜか熊澤に頼み込まれたことがある。


 『自分の為に勉強を教えてほしい』と。


 もちろん、健全な青少年である俺は、同い年の女子と放課後に勉強という貴重な機会を、


 断った。


 確かに熊澤は魅力的だが、それより金銭的なハードルと時間効率を考えると、熊澤に教えている時間はない。


 だが、それでも引き下がらない熊澤に、俺は一冊のノートを託した。


 最低限覚えておいてほしいこと、簡単な計算ミスの防ぎ方を記したノートだ。


 それを託して教えるのを回避した。


 その結果、熊澤は何時もと考えられないくらいの普通の結果を出した。


 それでも平均点は超えないが、顔を覆いたくなる結果から友達間で少し笑い会えるような結果までひきあげることができた。


 彼女にとってこれは奇跡だったという。


 すごく感謝された。


「い、いります」

「ほぅ……」

「ほ、ほしいです……」

「ほぅ……」

「……なんでも……するから……」

「今、何でもするって……」


「朝から何をエマに言わせているのこの色情魔」


 悪ノリをしていると、後ろからの軽い衝撃。


 後ろを見ると、いつの間にいたのだろうか松蔭寺の姿があった。


「何をする。

 今は熊澤と俺の取引の現場だぞ」

「取引って何よ、取引って。

 ただの脅しの現場にしか見えなかったわよ」

「脅しではない。

 正当な交渉だ」


 熊澤は下を向いてふるふると震えている。


「エマ、勉強だったら私が教えてあげるから、良いでしょ?」

「…………なの」

「ん?」

「……無理なの!!

 陸部の子たちも苦笑いしながら私に勉強教えるの避けるし!

 先輩ももう知ってるから私とは勉強会は基本距離をとって!」


 熊澤の叫びだった。


 恐らく、他の子達は分かっているのだろう。


 彼女一人を集中して数点の点数を上げるよりだったら、他の人と勉強して数十点の点数を上げたほうが良い、と。


「文系教科とかだったらみんな教えてくれるんだよ?!

 みんな超優しいし! わかりやすいし!

 でもみんな私が理系の教科をやると逃げ出すの!」


 何時も授業でその苦しみを味わっているので、俺も理解できる。


 熊澤と数学や理科の話をしていると、自分が何を言っているのだろうかわからなくなる。


 熊澤の心の底からの『なんで?』が答えられない、意味のない部分への疑問なのだ。


 恐らくそれを調べるために大学に行くであろう内容の部分で質問をする。


 なので、誰も答えられない。


 しかし、熊澤は気になって先に進めない。


 だからこそ、誰もが避けるのだ。


 自分の学んできたものを壊されたくないために。


「……そんなにひどいの?」

「否定はしない」


 俺の言葉になにげにショックを受けている熊澤だが、事実なのでしょうがない。


「……あんた、どうやってエマの点数を上げたの?」

「難しいことはしていない。

 小学生向けのテキストを作っただけだ」


 俺が作ったノートは、結構な量があるとか、ヤマを抑えているとかそういうものではない。


 授業でやったところをなるべくわかりやすく、丁寧に書いているだけだ。


 俺も思った疑問点や、他のやつに聞いて出た疑問点に丁寧に答えるようなノートを作ったら、行けた。


「小学生向けって……」

「あの時は途中で楽しくなってな。

 結構時間をかけた」

「あれ、未だに持ってるし、勉強に使ってる」


 熊澤の言葉に、少し心が暖かくなる感覚を覚えながら、俺は二人を見る。


 松蔭寺は、自分が本当に熊澤を救うことができるのか、という疑問。


 熊澤は松蔭寺に助けてほしいが、俺という実績を持つ人間への助けも借りたい、といったところか。


「ならば」


 俺はメガネをクイと上げる。


「勉強会はどうだろう?

 明日からはバイトもテスト期間ということで休みをもらっている。

 流石に文化祭委員が補修対象、というのも示しがつかない。

 手伝おう」

「昭仁……」

「わ、私も参加、ってことよね?」

「もちろんだ」


 熊澤と松蔭寺の二人は、ハイタッチをしている。


 恐らく、俺が勉強会を開いて助けてくれるということに、喜んでいるのだろう。


 しかし、今回の俺の勉強会開催には、優しさという要素はない。


 俺は、ここで熊澤に無駄な時間を取られないように、ある人を召喚する。


 一学年上の、学年一位。

 教育学部志望で、教えるということに関して貪欲。


 ゆるふわ小動物系『貧乳』先輩


 飯井いいい小豆あずき先輩。


 彼女というカードを、俺は切る。

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