13:転校生を介抱しました。
我が家。
それは至福の場所であり、一人暮らしの俺からしてみれば安らぎの場所なのだが、
「どうすればいいのやら……」
俺の一人暮らしの部屋は、アパートの角部屋。
曰く付きということで安く使わせてもらっている。
ちなみに今までに心霊的な経験をしたことはない。
「っと、飲み物でも用意するか」
家に一人でいると、独り言が多くなる。
そのいつもの癖で話してしまい、急いで話すのをやめる。
ぐさま布団を見て、
「……っふぅ」
まだ松蔭寺は寝ている。
そう、松蔭寺が俺の部屋で寝ているのだ。
先程俺にお姫様抱っこをされて気絶してから、1時間は経っている。
落ちるのを受け止めたおかげで怪我一つないのだが、心配にはなる。
起きないか注意しながら、キッチンで飲み物を準備する。
ちなみに、松蔭寺が気絶した、ということでいろいろ考えた。
松蔭寺の家に連れて行こうとしたが、松蔭寺は一人暮らしで、家の場所は知らない。
携帯は俺の機種と違うし、充電がなくなっていたので確認する方法がない。
お俺の友人に連絡するにも、いきなり「松蔭寺が気絶した、どうすればいい?」なんて聞かれても意味がわからないだろう。
家が近かったということもあり、とりあえず起きるまでの避難くらいに考えていたが、中々に起きない。
「んっ」
そこで、声が聞こえる。
俺の声ではない。
しかも余計に起こさないようにテレビもつけていないため、テレビの音でもない。
ということは、
「ここは?」
「起きたか」
俺はキッチンから飲み物を持ちながら、松蔭寺の寝る布団に近寄る。
「ふぇ?」
起きたての頭では現状を理解するのは厳しいのか、寝ぼけているのかは知らないが、可愛い声を出す。
「ここは俺の家。
松蔭寺は気絶して、携帯の充電も切れていたから、連絡するすべもなかった。
だから起きるまで少しの間寝かせてやろう、とここまで運んだ」
簡潔に、わかりやすく話す。
「あ……うん?」
松蔭寺はまだ目覚めていないようで、
「とりあえず水を飲め。
自販機で買ってきた」
流石にこんな時に金のことを気にする程、ケチではない。
自販機で買ってきた水を手渡すと、松蔭寺はペットボトルを見つめ、
「うん」
小さな声で返事をし、呑んだ。
別にまじまじと見るものでもないが、少し色っぽく感じてしまうのは、松蔭寺が寝ぼけているからだろう。
「っぷは。
……それで、ここはあんたの家なのね」
「そうだ」
松蔭寺はしっかりと目覚めたのか、俺に質問してくる。
「……で、あんたは私に何かしたわけじゃないでしょう?」
「そんなことをするものか」
電源の切れた携帯を見ながら、俺を睨みつける松蔭寺。
「……そ」
「今日は遅いから送ろうか?」
「……分かった」
松蔭寺は掛ふとんを避け、立ち上がろうとする。
俺も合わせて立ち上がろうとすると、
「あっ」
松蔭寺が足をもつれさせた。
俺の方に倒れ込んできたので、受け止める。
「大丈夫か?
やはり先程の木から落ちたので何か怪我をしたのか?」
松蔭寺はポカンとした顔をした後、俺のことを見上げて、
ほんの少し、顔を赤くした。
「な、なんでもない」
「風邪でも引いたのか?」
それは非常に申し訳ないことをした。
正直、松蔭寺が気絶してから、あたふたとしていたせいで体を冷やしてしまったかもしれない。
「いや、そんなことはないわ」
すると、顔色を通常に戻した松蔭寺が、俺の体から離れる。
「そうか。
ほら、かばんだ。
自転車は見えなかったけど、徒歩だったか?」
「ん」
肯定の返事が短くなったことに気づきながらも、俺の内心は少し複雑なものだった。
流石に警察に身柄を預けたほうがよかったか?
鞄の中を漁ってでも、緊急の連絡先を調べたほうが良かったか?
日が沈んでいた、ということもあり、急いてしまったかもしれない。
「行く」
「お、おう」
そんな俺の考え事などつゆ知らず、松蔭寺は玄関までスタスタと歩き、俺のことを待っていた。
☆☆☆☆☆
松蔭寺を送る。
流石に女子を夜に送っていくなどの経験は俺にはないため、どうしたら良いかは迷う。
「あんたは」
少し無言の時間が過ぎたと思えば、松蔭寺が口を開いた。
「あんたは、なんで助けたの?」
「……そんなの、明らかに怪我をしそうな人を見れば助けるに決まっているだろう?」
何を聞いたのかと思えば、そんなことだった。
流石に目の前で大怪我を思想な人がいたら助けるだろう。
「そっか」
そして、静寂。
気まずいの一言だ。
「……その、済まない」
そこで俺の口から出たのは、謝罪だった。
「は?」
「いや、俺の家に連れ込んでしまったような形になってな。
もっと良い判断ができたような気がして、な」
「……そんなことはないわよ」
松蔭寺から、ボソリと一言。
その一言に俺は少し安堵しながら、
「そういえば、晩飯は食べたのか?」
「あ、食べてない」
松蔭寺も買い物にでも行く最中だったのだろうか、そのタイミングで腹の音が聞こえる。
流石に誰のものか、なんていうのはナンセンスかもしれない。
「コンビニに寄っていくか」
「そうね」
ここらへんの地理は分かるため、近くのコンビニを案内する。
「よく受け止めたわね」
「……松蔭寺が軽かったんだよ」
「……お世辞?」
「そんなことはない」
コンビニの道中で、
「あんたはどうしてあんなとこにいたの?
帰り道じゃないでしょ、あの家の場所だったら」
「あそこの近くのスーパーに用事があったんだ」
「あの値引きが早い時間にされるスーパー?」
「そうだ。
よく知っているな」
コンビニで適当に晩飯になりそうなものを買って、
「ここらへんなのか」
「……変なこと考えたら、殺すわよ」
「……そんなことを考えているように見えるか?」
「……それもそうね」
ここが家、と教えてもらって、
「じゃ」
「あぁ、一応気絶したから、体に異常がないかは気をつけるんだぞ」
「分かってる」
松蔭寺の家は少し少し大きいアパートだった。
入り口の奥からエレベーターも見えるので、結構家賃もお高いところだろう。
「それと」
「なんだ?」
「ありがと」
「……あぁ、そうだな。
どういたしまして」
「何よ。
私がお礼を言わない、とでも思ってたの?」
「そういうことじゃない」
入り口で少し止まり、話す。
俺は両手を振り、誤解を解く。
「俺としては、松蔭寺が無事で良かった、ってだけだ」
「そっか」
「あぁ、せっかくの夏休み前に怪我なんてしてしまったら、遊べないだろう?」
俺はバイトを結構入れているので、遊ぶことは少ないだろうが、松蔭寺はそうではないだろう。
高校生になってから初めての夏休み。
「……そっか。
確かに」
「日本の夏休みは楽しいぞ」
又聞きした話だが。
「そうなんだ。
あんたは何するの?」
「そう……だな。
バイトもするが……祭りにでも行くかな」
「祭り?!」
「あ、あぁ。
ここらへんでは結構大きな祭りだ。
みんな行くんじゃないか?」
流石にバイト尽くしとは言えないため、適当なことを言う。
というか恐らく俺は その祭りには出店側として出るはずだ。
それよりも、松蔭寺の食いつきがすごい。
「行きたい!」
「別に予約も料金もいらないだろうから、行けば良いぞ」
「……あんたは行かないの?」
松蔭寺は、少し寂しそうなものを見る目でこちらを見る。
「俺は出店のバイトだ。
祭りに行くが、楽しみに行くわけじゃないさ」
「出店のバイト?」
「あぁ、今年は恐らく焼きそばだろう」
「焼きそば!」
またも松蔭寺の食いつきがすごい。
確かに、祭りは良いものだが、俺はこの祭りには何回か来ているため、そんなに喜びようはない。
確かに今年から出店側として出るが、それもしっかりとしたアルバイトだ。
「食べに行っても良い?」
「あぁ、もちろんだ」
松蔭寺は、しっぽが生えていれば恐らく高速で振っているだろう、というくらいに興奮している。
「それは楽しみだわ。
エマも誘って行くから、美味しいものを作れるようにしていて頂戴ね!」
ビシッ、と指を指される。
失礼だろ、というのは野暮なので、
「分かったよ。
それまでには絶品のものを作れるようにしておく」
ニッコリと笑ってやった。
そうすると、松蔭寺は少し驚いた様子を見せ、
「そ、それじゃあまた明日!」
急いでアパートの中に入っていく。
暗くてよく見えなかったが、どうかしたのだろうか。
「今日はほんとに、ありがとね!」
アパートの少し重厚なドアが閉まる直前、松蔭寺の声が聞こえた。
「あぁ、じゃあまた明日」
俺は、手を振る。
少し懐かしくて、思わず微笑んだ。
松蔭寺はそんな俺を見て、そそくさと家に入っていった。




