12:転校生の初体験をもらっちゃいました。
「あっ」
アンケートの集計も終わり、帰る途中。
今日の晩飯をスーパーで買おうとしていたことを思い出した。
アンケートの集計自体はすでに分かっていたし、時間がかかることも分かっていたので、値引き後の弁当を狙っていたのだ。
一人暮らしに値引き、という言葉非常に魅力的である。
だからこそ、少し通り過ぎた近所のスーパーに俺は向かおうとする。
「…………よ!」
「……………………」
通り道、公園の隣で、声が聞こえてきた。
一人は幼い声。
もう一人が、聞いたことのある声だ。
自転車の速度を緩め、目を細める。
目が悪くとも、メガネをしているため、目を細めればある程度は見える。
「しょう……いんじ?」
この公園は少し広めの公園で、木がまばらに立っている。
その中の一つの木の根元に、うちの高校の制服を着ている女子がいた。
それに、身長的にも、遠くから見える金髪的にも、松蔭寺だろう。
その近くにいるのは……子供?
しかも声の様子的には泣いている様に聞こえる。
☆☆☆☆☆
「ふうせんがぁ!!」
「待っててね、取ってくるから」
昭仁が見た先にいたのは、見立て通り、松蔭寺と小さな男の子だった。
男の子は泣いていて、その目に涙を溜めている。
「……グスッ。
大丈夫なの?」
「まかせなさい」
男の子と松蔭寺の視線の先は、上。
この公園は昔から立っているせいか、大きな木が多い。
そのため、その木に風船が引っかかってしまったのだ。
それを悲しんでいた男の子が、泣き出したのを松蔭寺が見つけた、ということである。
「よいしょ、っと」
松蔭寺は腕まくりをして、木に足をかけた。
(それにしても、木登りなんて初めてだわ)
男の子の手前、自信満々に話した松蔭寺だったが、その内心では心配でいっぱいだった。
松蔭寺は運動神経自体は良いものの、こういった自然に囲まれて遊ぶ機会はあまりなかった。
そのため、木登りは人生で初めてなのである。
足をかけ、手で枝を掴み、軽い体を持ち上げると、ひょいと体は宙に浮く。
少し手間取っているようにも見えるが、途中からはコツを掴んだのか、軽々と登っていく。
(なんだ、簡単じゃない)
松蔭寺は、もう手の届くところにある風船を目にしながら、そんなことを考えていた。
しかし、木登り、というのは案外上るまではどうとでもなる。
降りるときが面倒なのだ。
松蔭寺の手は男の子の風船の紐を握りしめた。
「すごい! おねえちゃん!」
松蔭寺も内申でガッツポースをして、降りようと下を見た。
しかし、そこで松蔭寺の心は余裕を失う。
(たか……くない?)
松蔭寺の目に映るのは、自分の身長の三倍程度はあるだろう距離の地面。
凡そ4メートル程度だろうその高さは、落ちたところで足さえ付けば死にはしないし、怪我もないだろう。
しかし、恐怖というのは襲ってくる。
少し強い風。
一気に頼りなく感じる木の出っ張り。
更には片手が塞がっているという状況。
こんな状況が重なれば、もちろん、
「おねえちゃん?」
体は硬直し、動けなくなる。
男の子の風船はしっかりと握りしめているが、それも意地なだけで、正直離したい気持ちでいっぱいだった。
少しの硬直。
少しの間だが、少年には心配の気持ちを募らせるには十分な時間だった。
「おねえちゃん!
だいじょうぶ!?」
「だ、だいじょうぶよ!
景色がいいから、思わず見てたの!」
力強く答える松蔭寺。
それは別に遠いから、とか男の子の心配を和らげてあげたいから、とかそんな気持ちではない。
自分の恐怖を紛らわせるためだ。
(よし、いける)
松蔭寺は自身の声でなんとか気持ちを取り直し、下に足をかける。
だが、松蔭寺はすっかり忘れていた。
木登りの降り方の正解は、逆再生である。
登ったときと同じ足場を巻き戻すように降りれば安全である。
しかし、松蔭寺が今足をかけたのは、登った時にあえて使わなかった足場。
不安定だな、と思って使わなかった枝。
足を下ろし、松蔭寺は焦った。
「えっ?」
手も、離してしまった。
すぐに降りたいという気持ちが、彼女の手の力を弱めた。
バキッ
音。
松蔭寺は後ろにのけぞっていく体を把握しながら、
(やっちゃったわね)
冷静だった。
(落ちる問いたいのかしら?
こういうのは初めてだからわからないけど)
心にあるのは、少しの後悔。
(男の子に怖い思いさせたくないけど、彼には離れていて、って言っているから大丈夫わね)
体は言うことを聞かない。
風船の紐を、強く握った。
「へ?」
いつまで経っても、衝撃は来ない。
会ったのは少しの背中への衝撃で、痛みはない。
というか、温かい?
「何をしているんだ。松蔭寺」
そこで、聞こえるはずのない声が聞こえる。
それは松蔭寺に失礼なことを言い放ち、それでいて運動神経最悪で、でも可愛いと言ってくる変なやつ。
「あんた……」
「登り方が不自然だったものでな、近くにいた」
大塚昭仁。
席が隣で、変なやつ。
彼の背中に夕日が隠れて、彼の顔が見える。
それは少し、微笑んでいて、
「何はともあれ、無事で良かった」
松蔭寺は、自分の状況を把握する。
(私は、落ちて
それで、地面にぶつかる前にこいつに抱きかかれられて…………抱きかかえられて?)
松蔭寺は、自身の体勢を確認する。
「あっ、あんたっ」
「……怪我でもあったのか?
それなら今からでも病院にいくか?」
昭仁は心配の視線で松蔭寺を見る。
だけど、松蔭寺の脳はそれどころではない。
(こ、これってお姫様だっ……)
日本のことを知ってから、松蔭寺は『お姫様抱っこ』というものを学んだ。
過去に恋愛経験はあれど、初体験で、それもこんな『王子様』みたいな方法……
松蔭寺の脳はグルグルとしていき、
「オイっ?! 松蔭寺?!」
気を失った。




