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第3話 救世主アカシと不思議な魔女


救世主(メシア)をひと目見ようと、群衆は我先に駆け寄ってきた。

彼らの中には、人間のほか、小妖精(エルフ)小人(ドワーフ)、そして小鬼(ゴブリン)といった亜人の姿をした者もいた。

「救世主様だ!」

「お見えになったぞ!」

「手に掲げているのは何だ!?」

「おい、押すなよ、見えないだろ!」

「剣・・・?伝説の聖剣か!?」


メシアと言われたその人、明石めぐるは、パニックに陥っていた。

押し寄せる得体の知れない群衆を、とにかく退けようという本能からか、手に持った伝説の聖剣もとい高圧洗浄機(ケル○ャー)の噴出スイッチをオンにした。


ノズルから高圧力の水が吹き出した。霧状になった水は、ノズルから扇状に広がり、勢いよく群衆に噴きかかった。


群衆も、パニックに陥った。


辺りは、びしょ濡れで走り回る者、跪いて祈りを捧げる者、ただただ叫ぶ者。

阿鼻叫喚の中、燦々とした陽射しに照らされて、虹が静かに架かっていた。


「もう、最っ悪」

ラグナは右手を額に当て、吐き捨てるように呟いた。


「ラ、ラグナさん、どうしましょう!?」

「広報課に、こちらに経費を回してもらうように言っておいて」


ラグナは、うんざりした表情で静かにそう言うと、さきほど魔法を掛けたときと同じように右手を人差し指と中指だけピンと立てて、ベルに指先を向けた。


「基準設定、ベル・ナール」


ラグナの魔法によって、ベルの体がほのかに白く光り始めた。


「スレイヴ、隷属せよ」


次に、ラグナは指先を群衆に向けて魔法を放った。赤い光がラグナの指先からほとばしり、そよ風が通り過ぎるようにパニック状態の群衆を赤い光が駆けていった。その瞬間、群衆は皆、棒立ちの状態になり、動きが止まった。彼らは手も足も硬直した状態で、声も出せず、ただただ不安そうな目を小刻みに動かすことしかできない様子だった。


興奮しながら水を振り撒いていた明石も、急に静かになった群衆を前にして異常に気付き、手を止めた。


「ベル、救世主様のほうを向いて、跪きなさい」

「は、はい」


ベルがラグナの言うとおりに明石のほうを向いて跪くと、それを真似するように群衆も明石に跪いた。


続いて、ラグナは指先を明石に向けた。


「救世主様、失礼いたします。トランスレート、翻訳!」


明石は、ラグナの指先から放たれた薄紫色の光に包まれた。


「うわ!なにこれ、熱っ!」


明石を包む薄紫色の光は、繭形状からだんだんとしぼんでいき、明石の身体の輪郭に沿う程に小さくなったところで、ぼやけて消えた。


「夢でも見ているのか」

明石がつぶやく。

眼下には、自分の方を向いて跪く群衆と、怪しげな光を指先から出す魔女ときた。

魔女ことラグナは、明石に魔法を掛け終えると、

隣で跪くベルと同じように、明石に向かって跪き、頭を垂れた。


「突然の、多大なる失礼をお詫びいたします。私どもはこの国にお招きした救世主様の支援を行う者です。決して、危害を加えることはございません。どうか、私どもを信じて、これからの話をお聞き頂ますよう、お願い申し上げます。」


群衆の叫び声と違い、ラグナが日本語を、少なくとも明石には日本語に聞こえる言葉を話したことで、明石は少しだけ落ち着きを取り戻した。


さきほどまでの興奮の名残で、明石の胸の鼓動は未だ収まらず速いままであったが、呼吸は普段のペースに戻りつつあった。嘘だとしても会話が通じそうな相手がいたことで、明石は少しの安心感と、半分以上の警戒心を抱く余裕を得ていた。


「申し遅れました、私は、救世庁救世支援室のラグナ・ラグナと申します。救世主様の我が国におけるご活動を支援させていただく者です。突然の転移で様々混乱がございますかと存じます。こちらの世界でご不明なことがございましたら、何なりとお申し付けください。私どもで答えられる範囲でしたら、誠心誠意、ご対応いたします。」


「救世・・・何って?」


「救世庁、救世支援室でございます。」


「きゅうせいしえんしつ…」


「はい、救世主様。この世界は救世主様のお過ごしになられてきた世界とは別の時間軸、空間軸に位置します。救世主様の世界の表現で申し上げますと、異世界、という場所にあたります。」


「い、異世界…」

ははん、と、明石は合点がいった。


(ドッキリだな?こんな手の混んだのをよく素人に仕掛けるもんだ。言われてみれば、そこにいる鬼っぽいやつも着ぐるみっぽいぞ。なるほど。)


「そ、そうか、異世界なのか。」

(こんなに大掛かりなんだ。しばらくはドッキリに騙されているフリをしておこう。適度なところで、いつもの看板が出てくるだろ。)


「それで、申し訳ない、ええと、何…さんといったかな?」


「ラグナでございます。」


「ラグナさん。私は明石と申します。勘違いかもしれないが、救世主って、誰が…?」


「アカシ様!御名をお教えくださり、ありがとうございます。アカシ様が、こちらの、異世界の救世主様でございます。ああ!こうしてはいられません。畏れながら、新たにお越しになりましたアカシ様には、この世界、この国のことを様々申し上げたく存じております。向こうに、部屋をご用意しておりますので、まずはそちらに向かわせて頂いてもよろしいでしょうか。」


「はい。問題ないです。私としても、状況がよくわからないので、詳しく話を聞きたいです。」


「ありがたいお言葉。ベル、ここは後はお願いするわね。それでは…」


ラグナは顔を上げ、明石のもとへ歩み寄ると、エスコートをするように手のひらを差し出した。


「アカシ様、失礼いたします。お連れいたしますので、お手を。」

「あ、はい」


明石は何なのかよく理解できないまま、反射的にラグナの手のひらに自らの手を乗せた。


次の瞬間、明石とラグナは忽然と姿を消していた。


石造りの壁に囲まれた広場には、明石の家と、跪いたままのベルと、ロボットのココ、それにベルの動きに「隷属」された群衆だけが残されていた。


「後はお願いと言われましても…」

「「「あとはおねがいといわれましても」」」


ベルのつぶやきに瞬間だけ遅れながら、群衆がベルと同じ言葉を唱えた。ベルが立ち上がると、同じように群衆も立ち上がった。


「…。」

ベルが群衆を見ると、群衆もベルの視線の延長線上を見た。


「ほい!」

「「「ほい」」」

ベルは悪ふざけに変なポーズを取ると、群衆もそれに合わせて同じポーズを取った。


「ベルサマ。ココ ハ ナニ ヲ スレバ ヨロシイデショウカ?」


「…ごめん」

「「「ごめん」」」

ココの問いかけに、ベルは恥ずかしそうに応えた。

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