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第2話 あるはれたひに


石畳の壁に囲まれた広間には、数十人の記者たちが集まってざわついていた。正面には壇が設けられているが、壇上に立つ者は未だ登場していないようだ。壇に向かい合うように、複数の椅子が記者席として並べられているが、それに座って待つ者はまばらだ。


多くの記者たちは、配列された記者席の後ろで、会見が始まるまでの時間を潰すように、互いに情報交換に勤しんでいる。


やがて、正面横の扉から入ってきた男が正面の壇上へ上がると、記者たちもぞろぞろと席に着いた。


壇上の男は、いかにも几帳面そうな面持ちで、持参した書類に目を通している。きれいに切り揃えられた白髪交じりの灰色の短い髪、目尻や目元、頬の下のシワから、年齢は50代後半にみえる。髭は残さず剃っているが、顎に残る薄い剃り跡も白髪交じりだ。恰幅のいい体躯を、ネイビーのスーツで包んでいる。


男が書類から目を離し、顔を上げて記者席を一瞥すると、壇上へ足早にもうひとり若い男が上がった。細身の彼は、壇上の男へ、そっと耳打ちをした。


(まだ動きはないようです。記者たちが来ないように、できるだけ時間を稼いでください。)


壇上の男が、数回小刻みに頷くと、細身の男は足早に壇上から降りていった。


会見が始まる。


「えー、皆様、この度はお集まりくださりまして、ありがとうございます。この会見にて説明を担当させていただきます、救世庁の総務部広報課長、オリベ・ウラウスと申します。」


オリベと名乗った男は、壇上に置かれた書類をめくりながら、書類と記者席とに交互に目線を送って話し始めた。


「当会見では、現在の、救世主準備活動の進捗状況について、説明いたします。ご質問は、当進捗状況の説明の後に、質疑応答の時間を設けておりますので、そちらにてお願い申し上げます。」

「さて、皆様もご存知かとは思いますが、我々救世庁は、新たな救世主(メシア)を召喚すべく、この10年間、様々な活動を続けてまいりました。」


「背景の説明は結構ですから、今現在の状況を教えていただけませんか??」

「メシアは召喚されたんですか?どうなんですか??」

記者たちが口々に割って入る。

「昨日の夜に、ここの、救世庁の庁舎から青い光が目撃されているんです。今回は成功したんですか?」


「ご質問は、後に、後にしてください。順を追って説明しますから。」

オリベは落ち着いた声で記者たちに答える。


「召喚の成否は、現在確認中です。状況が変わりましたら、都度、お伝えいたします。現在の状況についてですね、まずは、説明させてください。」


ふぅっと、ひと息を吐いて、オリベは話を続ける。


「救世準備室では、新たなメシアを召喚すべく、召喚魔法パンドーラの術式を重ねてまいりました。当魔法は、未開通の異世界との回線をつなぐものですから、ルート開通のために時間と労力がかかってまいります。例えるならば、出口の見えない迷路を進むようなものです。通行魔法をルートごとに複数伸ばしては退き、伸ばしては退き、と。そうやって、行き止まりのない新規なルートをコツコツと開拓していったのです。」


「また、回線がつながったとしても、異世界のメシアからの許可がない限り、召喚は成立しません。この10年間、救世庁では2度のルート開通に成功しております。しかし、いずれも許可が得られず、メシア召喚には至りませんでした。ご存知の通り、メシア召喚は非常にデリケートな活動なのです。」


「この失われた10年を取り返すべく、救世準備室が行ってきた召喚魔法パンドーラにより、昨晩20時45分、ついに3度目のルート開通に成功しました。」


記者席から、おお、という歓声が上がり、場の雰囲気が一気にざわめいた。


「そうです、異世界とのルート開通には、成功しました。しかし、ここからが肝心なのです。さきほど申し上げましたように、メシアからの許可が重要なのです。現在は、この許可の有無について、救世準備室のほうで確認を急いでいる状態です。つきましては-」


記者席の後方にある両開きの扉が開き、男が一人、興奮した様子で入ってきた。

それを、扉近くの男が静止する。


「申し訳ありませんが、報道関係者以外の入室は・・・」

「魔具通信の者だ、通してくれ」


男は、腕に付けた腕章を扉近くの男に見せ、許可の返事をもらうより前に、慌てた様子で部屋の中に入った。記者席の記者たちは、一斉にくるりと振り向いて、視線を後方から現れた魔具通信関係者を名乗る男に注いだ。


魔具通信の男は、注がれる視線の中から、目当ての人物を見つけ、小走りで記者席に近づくやいなや、一人の男にそっと耳打ちをした。耳打ちされた男は、同社の者なのだろう、魔具通信の男と同じマークの腕章を付けている。


男が耳打ちをしたのは、自社が我先にスクープを得たいためだったのだろうが、その思惑は早々に潰えた。


「なに!?召喚された!??」


耳打ちされた男は、思わず大声を出した。その瞬間、しまったという表情になる。

周りの記者たちも、自体を把握し、席を立ち始める。


「皆様!落ち着いてください!確かな情報が入りましたら、広報課からお伝えいたしますから!」

オリベはざわつき始める記者席に向かって叫ぶが、記者たちの声にかき消されていく。


「どこだ!」

「第二試験場らしいぞ」

「こうしちゃいられん」


ぞろぞろと会見の場を離れる記者たちに、オリベは懇願した。

「どうか、どうか召喚の義を刺激なさいませんように!先程も申し上げましたように、これは非常にデリケートな問題なのです!救世主様と通じても、それで成功というわけではないのです!」


-------------------------------


-ピピピピッ ピピピピッ

「んー」


タオルケットから手を伸ばし、明石めぐるは目覚まし時計のアラームを手探りで止めた。

目は閉じたまま、アラームを止めたその手で枕元のスマートフォンを探し始める。


朝5時半、普段よりずいぶんと早い時間に、明石は起きた。

今日は家を出る前に風呂に入ったり家の前を掃除したりと、いろいろ用事がある。


明石の家は、2階建ての一戸建て住宅だ。1階にリビングがあり、2階に寝室や子供部屋がある。

明石は寝室から出ると、目をこすりながら階下の洗面所に向かう。

寝室や廊下の窓からは明るい日差しが差し込んでいる。外も静かだ。


(予報通り、台風は過ぎてったようだな。午後には電車も動いているだろう。)


洗面所で歯を磨こうと蛇口のレバーを上げるが、水が出ない。

「あれ? あ、断水? しまったなぁ」


「おはよ、どうしたの?」

後ろから、寝起きの妻、のり子が話しかけてきた。


「ああ、おはよう。水が出ないんだよ。断水したみたいだ。」

「ええ?台風のせいかしら、困ったわね。歯磨き?」

「うん」

「冷蔵庫にミネラルウォーターが入ってるから、一旦はそれを使って」

「ありがと」

歯ブラシと歯磨き粉を持って、明石が洗面所からのそのそと出ていく。


「ああ、ちょっと」

「ん?」

廊下に出た明石を、のり子が呼び止める。


「断水、いつまでするか分かんないし、水は大事に使ってちょうだいよ」

「んー、わかってるよ」


二人はリビンクに上がる。

雨戸が閉まっているせいで、リビングはほの暗い。

明石は壁のスイッチを押して、明かりを点けようとしたが、暗いままだ。


「んぁ?あー、停電もかー?」

「え!うそ!」


のり子は急いで冷蔵庫を開ける。普段であれば庫内がLEDで白く照らされるはずだが、こちらも暗いままだ。庫内にひんやりとした冷気はなく、ほんのり冷たい空気が、生臭い臭いとともに弱々しく流れ出るだけだった。


「あー、やだぁ、週末に買いだめしたばっかりだったのに」

「意外と、深刻な被害だったみたいだな」


明石は、嘆く妻の横から冷蔵庫内のミネラルウォーターを取り出してコップに水を注ぎ、歯磨きを始めた。ミネラルウォーターにも、もう冷たさはほとんど残っていない。

歯磨きをしながら、手元のスマホで台風の被害状況を調べようとしたが、電波マークの欄には「圏外」の文字が表示されていた。


「のり子のスマホも圏外か?」

「え?あ!ホント、どうなってるの・・・」

「基地局も停電したんだろうな」

「外の様子はどうなのかしら」


のり子は、雨戸のないはめ込み窓から外を見ようとしたが、外側に障害物があるようで、様子を見ることは叶わなかった。


「あれ、何これ」

「トタンか何かが飛んできたんじゃないか?」


明石は、口を濯いで、パジャマからジャージにさっと着替えた。


「外の様子を見てくるよ。ついでに、掃除も済ませてくる。」

「あら、助かるわ。気をつけてね。」

「週末に買いたてのアレも使いたいしな。」


明石はフフンと笑うと、玄関へ向かう。

明石の背中越しに、のり子が話しかける。


「あれ、水とか電気とか必要なんじゃないの?」

「なんと新型はコードレスなのであった」

「あっそ」


明石はつっかけサンダルを履き、玄関の棚から新品の高圧洗浄機を取り出す。

前の土曜日にホームセンターに出かけた際に、衝動買いをしたものだ。明石は、掃除好きというわけではなかったが、洗練された黄色いボディ、最新型というポップ、様々な掃除モードというウリ文句に購買意欲をくすぐられて、まんまと買ったものだった。


まさか早々に活躍する場面が来るとは。


明石は、片手に長く伸びた洗浄水噴出ヘッドの取っ手を持ち、もう片手に水タンクを持って、玄関のドアを押し開けた。


------------------------------------------------


石造りの壁に囲まれたバスケットコートほどの大きさの広場には、心地よい陽の光が差し込んでいる。

そこには、3つの人影が見える。


一人は、救世庁救世準備室の室員、ベルという男性だ。頭の上にまで伸びる尖り耳と白い肌、淡い緑色の髪はオールバックにして肩甲骨のあたりまでまっすぐに伸ばしている。足元まである黒いローブを羽織り、首元にはY字状の意匠が刻まれたワッペンでローブを留めている。白いゆったりとしたズボンと、深緑色の先の尖った靴を履いている。年頃は20代後半のように見える。


いわゆるエルフのような出で立ちの彼の隣には、女性が1人と、ロボットが1体。


そして、彼ら3人の前には、2階建ての家屋がポツンと佇んでいる。

しかし、彼らにとって、「それ」は見慣れた家屋ではなかった。


彼らにとって、家といえば石造りかレンガ造りのそれで、目の前の藍色と白色の壁で作られたモダンな家屋は、彼らには真新しいものであった。


「また新たなパターンね」

女性が、ベルに話しかける。

「これは・・・建物?これが救世主様なの?」


ベルは、家屋から目を離さずに、女性の問に答える。

「申し訳ありませんが、現在確認中なのです。ラグナさんをお呼びしたのは、尚早でしたでしょうか?」

「そんなことはないわ。救世主様の召喚に成功した場合、管轄はこっち、救世支援室に移るわけだし。」


ラグナと呼ばれた女性は、救世庁救世支援室の室員だ。黒い瞳に黒い髪をし、両の横髪を頭の後ろで束ねて、後ろ髪は腰のあたりまで伸ばしている。顔立ちは、どこか冷たさを感じるほどに整っており、近寄りがたい美女という感じだ。


ラグナは、黒いドレスの上から、ベルと同じ黒いローブを右肩に袈裟懸けに羽織り、左肩は肌があらわになっている。首には赤黒いチョーカーを付け、その喉元のあたりにはベルのワッペンと同じY字状の意匠が刻まれたエンブレムが光っている。


あらわになっている左腕は、二の腕から指先までを純白のストッキンググローブで包み、右腕は指先よりも長く垂れた黒いローブによって隠されている。ローブの裾からはドレスのスカートが覗いており、ほっそりとした両足がそこから地面へすらりと伸び、黒いブーツを履いている。


「前回や前々回の召喚時も途中から立ち会ったけれども、そのときは救世主様がおひとり、魔法陣上に降り立たれたのよ。さらにその前は、私の前任者の時代だから・・・直接見たわけじゃないけれど、同じくおひとりだけで現れたと聞いているわ。ベル、回線は通じたの?」

「ラグナさんも初めてのケースなのですね。私は今回が初めての召喚の儀ですから、前回と同様の回線開通かどうか、確かなお答えはできかねます。しかし、救世主様よりご許可いただいたのは、確かです。確かに、『行きます』と。その後、このように召喚魔法の陣上に建物が。」

「分かったわ。回線は、今は?」

「もう応答がない状態で」

「そう、なら、救世主様がお現れになったことを前提に動くべきね」

「ラグナさん、それでは、どのように?」

「まずは救世主様への刺激を避けることよ。異世界に初めてお越しになったのですから、最初に私達への警戒心を解いていただくことが重要なの。もし、あの建物の中に救世主様がいらっしゃるとすれば・・・」


ラグナは、建物に設けられた窓に視線を移した。


「窓から我々を見て警戒なさると、出てこられないかもしれないわ。ココ、1階のあの窓を塞いでくれる?私は2階をするわ」

「ハイ、カシコマリマシタ」


ラグナはロボットに声を掛ける。ココと呼ばれたロボットは、二足歩行の人間様の形態をしており、ずんぐりとしたメタリックなボディには、胸元に赤色のK字状のマークが描かれている。顔にあたる部分には、赤く大きなレンズがひとつ設けられ、頭からはアンテナが角のように2本突き出ている。


ラグナはロボット・ココに黒い幕を渡すと、ココはその幕を小脇に抱えて建物の方へ歩いていった。ラグナは、白いグローブを付けた左手を人差し指と中指だけ立てて、その指を2階の窓へ向けながら、呪文を唱えた。


「ホワイト・アウト」


ラグナの指先から白いモヤが吹き出し、建物の2階部分は、たちまち霧に包まれた。

ココは、幕を家の前で広げると、1階部分に巻き付くように幕が広がり、窓や壁が黒く覆われた。


「お見事です」

ベルは、ラグナに一礼した。


「お世辞はいいわ。ベル?あなたもよ。その耳は救世主様の世界では珍しいものなの。少し隠すから横を向いてくれる?」

「はい」


その瞬間、彼らの後ろの方からざわめきが聞こえてきた。


ラグナ・ベル・ココの3人が振り向くと、広場と外とを隔てていた門が開き、ぞろぞろと記者たちがなだれ込んできた。記者のほか、騒ぎを聞きつけて駆けつけた野次馬たちも紛れているようだ。100人を超える人の波が、まるで新年の福郎選びのようにラグナたちの方へ押し寄せてきた。


「・・・オリベのアホめ」


ラグナはボソリと呟いた。


-------------------


明石は、高圧洗浄機を手に、玄関のドアを開いた。

いい天気だ。眩しい日差しに、明石の視界が一瞬白んだ。しかし、すぐに周りが見えるようになった。


向かいのトシちゃん家も、斜向かいの山口さん家も、遠くの方に見えるはずの播磨灘や明石海峡大橋も、忽然と姿を消していた。


その代わりに見えたのは、押し寄せてくる軍勢。人間ではない見た目の「何か」も、紛れている。


「%&$@*!!」

しかも何語か分からない言葉で、興奮した様子で明石の方に向かってくるときた。


「うわぁぁぁ!!」

明石は、手に持った高圧洗浄機のヘッドから、群衆に向けて水を噴出した。



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