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「ねえ、クリス兄様この子をエスコートしてくださらない。それとも、あなたはジェード兄様の方がいいかしら?王太子にエスコートしてもらえることなど、なかなかないことですしね」
この方は姿だけは御伽噺のお姫様そのものだけれど、中身は違う。
お姫様はもっとふわふわしていてみんなに優しい人なのに。クリス様みたいにいつでも周りを笑顔に出来る人だと思っていた。
だから、兄があのとき「バカか」という視線を浴びせてきたのか。
私は何も知らないバカなのだろう。
「いえ、殿下方のお手を煩わせるわけにはいけません。アンジュは僕の婚約者ですので、僕が連れて行くのが筋です」
「私がユーゴにここにいて欲しいと言っているのよ。何故、伯爵家ごときの令嬢を気に掛けるのよ」
ユーゴがシルビア王女の提案を断ってくれることが嬉しかった。ここで、私が嬉しそうな表所を浮かべれば、火に油を注ぐのは目に見えていた。
どんな表情をすればいいのかわからず、困ったような顔を浮かべるか悩む。
「シルビーやめなさい。ここで、癇癪を起すな」
シルビア王女の後ろからジェード殿下が現れた。ほっとしたような気持になった。
妹の危機だというのに兄はいまどこで何をしているのだろう。心で兄に悪態がつけるくらいには安堵している。
「…ジェード兄様。ユーゴは私の物なのに何故?このような礼儀もなっていない子を」
「それ以上はやめなさい。今日は、シルビーが主役だ。ここで不本意な注目を浴びたいのなら続ければいいが、そうではないだろう」
諭すように咎めることが出来るのはやはり王族のみ。
王族をとめることができるのは王族のみ。
だから、このような場に年長者であるジェード殿下が参加していたのか。
「ユーゴとご令嬢には不快な思いをさせてしまったね。私も休憩室まで共に向かおう。そちらの御令嬢にきちんと謝罪させてほしい」
「あの王太子殿下に謝罪していただくほどのことでは」
「アン、謝罪くらい受け取ればいいよ」
「でも…」と口籠れば腰を引き寄せられ抱きしめられ旋毛にキスを落とされる。
「控え目なところも可愛いよ。折角だから、休憩室に向かおうか」
されるがままというのは、こういうことを言うのだろう。
ここを離れるなら兄にひとこと言わなければと思っていると、「ケイが僕のそばを離れなければ自由にしていいと言っていたよ」と既に先手を打たれていた。
もう、これは休憩室に向かわなければいけない運命なのですね。
***
休憩室までの道のり、ジェード殿下とユーゴを両脇に侍らせている私はどこのお姫様だ!というくらいの視線を受ける。
きっと、ジェード殿下狙いの御令嬢とかいたのだろうな。突き刺さるような視線が痛かった。
用意されていた部屋に入室し、すぐにソファーに座らされた。過保護すぎる。
「紅茶を用意させる。あと、菓子もか」
「殿下、ありがとうございます。お菓子楽しみです。ご挨拶が遅れましたがグレアム伯爵家のアンジュになります」
「そうか、それはよかった。それにしても、クリスの悪友であるケイの妹があなたか。会えて嬉しいよ」
にこやかに対応するジェード殿下に対し「アン」と兄のように咎める声が聞こえる。
やはり、王族に対して少し馴れ馴れしかったか。
「兄のことをご存じで?」
「直接の知り合いではない。クリスから話を聞くだけだがね」
不機嫌なユーゴと楽しそうなジェード殿下の姿が重なる。何故、ふたりはこんなにも似ているのだろうか?
「あまり不機嫌な顔をするな。隣にいるアンジュ嬢が困っているじゃないか。それにしてもお前が独占欲を表すとはな。面白い」
「こちらは面白くない」
「あの失礼ですがおふたりの御関係は?」
「ああ、従兄弟だよ。」
従兄弟ですと!!!初めて聞きましたよ?えっ、この国に住んでいて知らない人がいるとは思わなかった?
外の情報なんて殆ど頂いていませんでしたので、そんなこと知らなかったですよ。
ユーゴに話しかけたのだって、王族と縁続きになりたいとかじゃなくて、ただただ将来素敵な紳士になる人物に声を掛けただけなのに。
それが王太子殿下と従兄弟だと。
野心を疑われたらどうしよう。そんなもの持ってないけれど。
「黙っていたわけではないんだ。ただ、アンも知っていると思って。王妃様がハミルトン侯爵家の出身で僕とジェード殿下は祖父似だから顔が似ているんだ」
衝撃の事実、ジェード殿下とユーゴはハミルトン前侯爵様似だったとは。
苦笑気味に説明してくれるユーゴを横に頭がくらくらしてきた。