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態勢がつらい中、音もなくこの部屋にワゴンを運んできた侍女に驚く。
ゴホンッと咳払いをしてくれる屋敷の者たちを思い出してしまった。
いま、目の前でお茶を淹れてくれている者は、此方とは目を合わせようとしない。やはり、侯爵家の侍女にもなると、意識が高いのだろうか。屋敷の者たちが低いと言うわけではないが、何だかやっぱり注意するべきところは注意して欲しい。
じーっとその侍女を見つめていると、一瞬だけ目が合い溜息を吐かれた。
えっ、そこで溜息吐くって失礼じゃないですか?私は、ただ助けて欲しいだけなのに。
暴言を心の中で吐き出していると、「ユーゴ様、扉は完全に締めないでください。まだ、婚約段階なのですかね」と、無表情のまま忠告し去っていく。
その言葉に救いを感じながら、開かれた扉に満足する。
ユーゴはその言葉を気にしていないようで、私を抱き込んでままでいる。そして、反応しないのをいいことに、くんくんと犬のように人の匂いを嗅いでいる。先程までの真剣な話をしていたことを忘れたのか。
恥ずかしいことをされているため、身体が火照りはじめて、少なからず汗をかきかけているので、香水と匂いが交ざってしまう。
突き放したいけれど、捻っている腰のあたりが悲鳴をあげているので無理だ。
「あのユーゴ?私は、貴方のことを信じていればいいの?」
「何があっても信じて欲しい」
「でも、何かあれば不安になるわ」
「ごめん、君の不安を取り除けない僕なんかよりもグレンみたいな男の方がいいのかな…」
ん?どうして、そこにグレン様の名前が出てくる?
頭をフル回転させるが、何処で結び付いたのかがわからない。
そして、グレン様の名前を出した途端に、またぎゅっとされるから逃げられない。
先程の忠告をこの人は聞いていたのだろうか。
「昨日、グレンと一緒にいただろう。何処でアンが彼奴と知り合ったのかは知らないけど、最近アンに一緒にいられなかったから、それで彼奴と仲良くなったのかと思った」
語尾が段々と小さくなるから拗ねているのかもしれない。
でも、グレン様との出会いは元を正せばユーゴのことを知りたいと思ったからであって…全て話すにはまだ早いかもしれない。
ごめんなさい、と心の中で謝りながら嘘をつく。
「グレン様は、兄様の級友でその関係で知っているのよ。あの日もたまたま父様を驚かせたくてグラッチェに行ったら、グレン様が城まで送るって言ってくれたから、一緒にいただけ。兄様の妹だから、優しくしてもらっているだけなの!」
勘違いしないで、と念を押して伝える。表情が見えないから声で判断するしかないのに、声すら出してくれない。
はじめて、ユーゴに嘘をついた。そのことで、私の心臓はうるさいほどドキドキしている。
この嘘がいつか知られてしまったら、彼はどういう反応をするだろう。
困った顔をしながら許してくれる?それとも、怒る?
わからないけれど、未来の反応を考えただけで、自身が愚かだったと感じた。
「本当にそれだけ?」
「うん、本当だよ」
それ以上は、何を話したくない。兄様とクリス様との仲を取り持ちたいと思ったことも話したくない。
だって、ユーゴも全てを話してくれたわけでない。
一方的に信じて欲しいと言われて「はい、わかりました」と、言えるほどお人好しでもない。
「折角、淹れてもらったお茶が冷めてしまうから、いただきましょう。本当は、ちょっぴりお菓子も食べたいのだけど」
話題を変え、この心のモヤモヤを消してしまいたい。
「そう、だね。お茶でも飲もうか。それと、この部屋にはマカロンを隠してあるから一つくらいなら大丈夫だよ」
そう言って、私を解放してくれたユーゴは写真が飾られている棚に近付き、写真立ての後ろから小さな箱を取り出す。
その箱には「マプリン」の文字が書かれていた。
王都で有名なお菓子屋さんではないか!そのマカロンが食べられるなんて嬉しい。
先程までの気持ちを全てマカロンで吹き飛ばされた。
箱から1つのマカロンを取り出し「はい」と差し出してくるものだから、手で受け取ろうとすれば「違うでしょ。口を開けて」と、悪戯をする子供のような顔をしている。
お菓子の誘惑には勝てないために、口を開けてマカロンを入れてもらう。
複雑な気分だったが、口に入れたマカロンの甘味が広がった瞬間に、そんなことどうでもよくなってしまった。
やはり、私は単純なようだ。




