過去を少し思い出してみます
思考がショート寸前だった私は兄に無理矢理、待機していた馬車に押し込まれ強制的に押し込まれた。
行者に兄が何かを伝えていたが、そんなことはどうでもいい。
兄の行動はどう見ても紳士の行うものではない。それだけは、はっきり言わせていただきたい。
妹だから良いものを、これを他の令嬢にしてみれば、野蛮だと言われるだろう。
でも、きっと兄のことだから「男らしくて素敵」で片づけられてしまうと思うと愉快ではない。
帰宅の道のり、見なれた風景を眺めながら物思いに耽るように、5年前の出来事を思い出す。
あの日は、シルビア王女の話し相手や婚約者を決めるために年の近い伯爵家以上の子ども達が王宮の庭園で開かれた御茶会に集められた。
建前上は、社交界デビュー前の貴族として教育が行き届いているか見るためだと家庭教師に教えられていたが、行きたいとは思えなかった。
元々、兄がクリス様の側近兼学友となっている我家は、無理にシルビア王女に無理に気に入られ必要はないと、説得してくる父の言葉を当時の私に理解できずにぽかーんとしていれば、そんな私を見かねたお母様は「楽しめばいいのよ。ユーゴ様もきっといらっしゃっているはずだからね」と優しく微笑んでくれる。
ユーゴが来ると聞いた途端に、あまり興味のなかった御茶会に興味を持つ。
我ながら単純な思考をしている。
その反応をみて、面白くなさそうな顔をする兄と父、嬉しそうな母。
ユーゴと出会った御茶会以来、友人の御茶会以外に参加することがなかったためひとりで興奮する。そんな私と対照的に兄がひとりで行くのを嫌がっていた。
何故だかわからない。きっと、シルビア王女は物語から抜き出てきたようなふわふわしたお姫様なんだろうと想像すれば、するだけ兄は王子さまとは程遠い存在でせいぜい騎士に当てはまるかくらいの位置にいるのだろう。
逸れたら困ると言われ庭園に入ってから繋がれた手をじーっと見つめ、兄の反応を見たいがあまりに何気なく手を引っ張ってみれば、何かを察したようだ。
引っ張れば、屈んでくれる。いつもながら、妹の私が何をしたいのか心得ているようで満足して笑みが零れる。
そっと耳元で囁こうとすれば、「何だ、アン。まだ御茶会は始まっていないからお菓子は食べちゃダメだぞ」と、食いしん坊みたに扱われて心外だと憤慨してみた。兄は私が何を言いたいのかは察することは出来なかったみたいだ。流石、本能で行動するバカ。
淑女としての私を貶している。
「私、そんなに食い意地ははっていません。お兄様のような大食いではないのです。それよりも、シルビア殿下ってふわふわしていますね」
貶したことは忘れないが兄がシルビア王女をどう思っているのかが気になり、目をキラキラして語ってみるが、「バカか」みたいな目で見てくる。そんな兄を不審に思いながら、目の前のマカロンに視線を落とす。
「お前はシルビア殿下よりマカロンにでも夢中になっていろ。涎だけは絶対に垂らすなよ。今日はシルビア殿下以外も来るのだから」
「シルビア殿下以外というとクリス様もいらっしゃるのですか?」
「ああ、だがここでクリスの愛称を気安くお前が呼ぶのは止めろ」
慣れとは恐ろしいもので、クリス様のことをクリストファー殿下と咄嗟に出て来なかった私は周囲に人がいることを忘れていた。数人の令嬢方たちから鋭い眼差しを向けられているなんて。
兄がそばにいることに安心しきっていたのだ。クリス様は兄の学友だから。
その後も兄からユーゴと自分以外にカロリーナとミーシャ以外とは近づくなと注意を受けるがあまり聞いていない。
それよりも、シルビア王女を間近で見られるという一種の興奮状態に陥っていた。
目の前のマカロンとシルビア王女を楽しみにしていれば「アン、久しぶり」とユーゴの声が後ろから聞こえる。
振り返れば、数か月ぶりにみる愛しい婚約者が立っている。それが嬉しくて屋敷で会うように、跳びつく。一瞬ふらっとよろけたみたいだが、すぐに重心を戻したようで支えてくれる。
「ユーゴ、久しぶり」
「ええ、アンの御転婆は健在ですね」
「こうみえても、ひとりの淑女として参加したのよ」
御転婆という言葉が気に入らず、ユーゴの目の前で回ってみればクスクスとした笑い声と共に「似合っていますよ」と言われるが、可笑しければ耐えないで笑ってしまえばいいのに。
「不貞腐れないでください。僕の可愛いお姫様」
いつも通りに右手をとられ、甲にひとつだけキスを落とされた。
その瞬間が好きな私は満面な笑みを浮かべる。幸せな気分に浸っていると横から不機嫌そうな面白くなさそうな声がする。
「おい、ユーゴここに俺がいること忘れているだろう」
「ああ、ケイがまだいるなんて。気を遣ってくれていいのですよ」
挑発するユーゴの態度を横目に、ユーゴとはやくふたりになりたいと思ってしまう私はきっとふしだらだろう。
でも、ユーゴも同じ気持ちだと嬉しいな。