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観劇前の出来事

「明日、一緒に観劇に行こう」

 昨日の言葉が頭から離れない。

 出勤してみると、オリヴィア様がいたのでユーゴに観劇に誘われたことを伝えれば「あら、そうなの。なら、楽しみなさい。それに、本日は午前中だけだから安心して」と言われたので、本日も午前中で仕事は終了らしい。

 元々、最初の一カ月は詰め込んでも覚えられないからと、配慮されているみたいだ。

 初めてのことで覚えられるか心配していたので有難い。

 更衣室に向かい着替えて本日は父に渡された伊達メガネを着用する。それから、出勤している方たちと一緒に朝礼をする部屋へ向かった。

 朝礼も終わり、本日の業務開始となったのはいいが私はどうすればいいのだろうと、周りをキョロキョロしていると、「アンちゃん、今日はお客様の前で挨拶をしましょう」とオリヴィア様に言われる。

「挨拶ですか?」と、頭の中で「?」が浮かぶ。

「そうよ。アイリーン、あとは頼んだわよ」

 オリヴィア様の隣にいたアイリーン様が「わかりました」とにこやかに笑みを浮かべている。

「ほら、行くわよ。こっちに来て」

 言われるがまま、アイリーン様の後を着いて行けばグラッチェの店内に辿り着く。

 既に、何人かがテーブルクロスや食器類を整えていた。

 私はここで何をすればいいのだろうかと、前にいるアイリーン様を見つめてみる。

 視線に気づいたようで「アンちゃんには、まだ頼まないから大丈夫。そのうちお願いするよ」とウィンクされた。

 入り口の扉まで行くと、「ここでお客様のお出迎えをお願いします」と言われたので「はい」と返事をする。

 いよいよ、ここで働くと思うと緊張してしまい顔が引き攣ってしまう。そんな私の表情をみて、少し困ったように眉を下げる。

「まず挨拶は、“いらっしゃいませ”ね」

「はい、わかりました」

「まだ、開店時間まであるから少し練習してみましょうか。それに、笑顔を忘れないで」

 伊達メガネを外され、笑いかけられ、またそっと掛けられる。何だろう、その行為が恥ずかしいと思ってしまい俯いてしまう。

「もう、本当に可愛いんだから。変なお客さんに絡まれないでね」

「変なお客さん?」

「ええ、そうよ。たまに、だけれどね。固定のお客様っているの。纏わりつくわけではないのだけれど、お気に入り子がいる日だけに来て、お気に入りの子に給仕してもらいたいって。このお店は、指名とかそういうのはないんだけれどね…」

 そう言うアイリーン様の目は、何処か遠くを映しているようだ。きっと、アイリーン様自身が過去に起こったことのだろう。

「まあ、楽しくやろう。でも、そのメガネはどうしたの?」

「父様が伊達メガネをすれば、変な虫が寄ってこないと言って、渡して来たのです」

「伯爵様は面白い方ね」

 面白いというよりも、伊達メガネを渡された意味がわからなかった。

 確かに、変装して働くことになっていたが、交流範囲が狭い私のことなど知っている人はあまりいないだろうに。

 それとも、昨日王宮内を走り、父とグレン様の口論の場にいたから、それで目立ってしまったのだろうか。でも、こんなに平凡な令嬢の顔など覚えている人はそれほど多くないはず。

 やっぱり、父は少し過保護な気がする。

「でも、メガネ姿も可愛いわ。あなたの婚約者様がみたら、どう思うかしらね」

 ふふふと笑うその姿は、私のことを嘲笑っているわけではない。頭の中では理解しているけれど、どうしてもシルビア王女のあの表情や、たまにユーゴにエスコートされて参加する茶会で出会う令嬢の表情を思い出して固まってしまう。

「アンちゃん!!顔が白いけれど大丈夫?」

 心配かけてしまった。どうにか大丈夫だと伝えたいのに、うまく伝えられそうにない。

 やっと出た声で、「大丈夫ですから、気にしないでください」と伝える。

 アイリーン様はユーゴのことを狙う御令嬢ではないのに、どうしてもシルビア王女の表情が頭をチラついている。

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