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 可愛いアンを見つめていると、この部屋から追い出したくて仕方がない男の笑い声が聞こえる。

「ハハハハ、薔薇よりは控え目に咲いている花が好きだな。特にユーゴ、お前はそちらの傾向が強いよな」

「うるさいですよ。私が何の花を愛でようと、貴方には関係のない話です」

 しかも何故、花の話を此方に振る。勿論、派手な女性よりも控え目で可愛らしい女性が好みだ。

 だからこそ、姉の友人であり薔薇のようなトロント伯爵令嬢の見た目は好きにはなれないが、彼女の性格は嫌いではない。

 ただ、アンのような可憐な女性は中々いない。殆どが、薔薇のように派手か毒花ばかりみえる。

「ユーゴも花が好きだったのね。知らなかったは。何の花が好きなの?今度は、ハンカチに縫う刺繍は、ユーゴの好きな花にするわ」

 それにしても、アンの鈍さには頭を抱えたくなる。これでは、社交場に同伴してもらったときに、他の男に言い寄られるのではないかと心配で側から離れられない。元々、離れるつもりはないが、連れ出すことも躊躇ってしまうほどだ。

 溜息交じりに「僕は別に花など…」と、ボソッと呟いたつもりだったが、アンの肩が小さく跳ねた気がする。気のせいだといいが。

 何かを思い出したかのように、いきなり表情を明るくする。先程までは、少しだがぎこちなく感じていた。

「そう言えば、ユーゴのために沢山刺繍をしたの。渡す機会がなかったから、渡せなかったのだけれど、何時なら渡せる?」

 会う度にアンが渡してくれる刺繍入りのハンカチは、僕の携帯品のひとつになっている。いつでも、アンを感じられると思い持ち歩いているのだが、そのことを何故か殿下の執務室にいるメンバーが知っているのかはわからない。ひとことも、そのような話はしたことはないというのに。

 また、アンが僕のために刺繍入りのハンカチを渡してくれると思うと、明日アンを誘うおうとしていたから、丁度いい。

「明日なら、空いている」

 花が咲いたように笑うものだから、すごく幸せな気分だ。向かい合いながらしばらく互いに見つめ合っているというのも、何だか恥ずかしいな、と思っていれば「おい、二人だけしかいない空間ではないことを忘れるな」と、追い出す予定の男が話し掛けてくる。

 無視をしていれば、殿下の存在を半分本気で忘れていたであろうアンが謝りだす。

「あっ、大変申し訳ありません」

 謝ったのはいいが、今度は殿下の顔をずっと見ているのが面白くない。殿下と僕の顔は似ているとよく言われる。ふたりとも御爺様似だと言われたが、仮にも一国の王太子と顔が似ているというのは不都合しかない。

 何度、殿下に好意を持っている女性に言い寄られたか。

「私の顔に見惚れたか」

「えっ」

 何を言っているのだ。寝言は寝て言えと思いながら、アンの視界を遮るように前に立つ。

 同じような顔でも、全てが同じではない。ただ造りが似ているだけだ。

「あなたに、見惚れるわけはありませんよ」

「アンジュ嬢も、幼い頃にお前の顔目当てで声をかけたのではないか」

 きっぱりと告げれば、面白いものを見たときのように目が少しだけ細くなる。昔、シルビア様の遊び相手を決める茶会で会ったときですら、アンは殿下に目をくれずにお菓子を貪っていた。それを、この人は忘れたわけではない。

 それに、顔で選ばれたことは知っている。初めて会った時に、緊張しながらも話し掛けてくれるアンは、僕を目の前にしながら顔を真っ赤にしていたのだから。

「うっ、そそれは」

 動揺したようで、言葉に詰まってしまったようだ。背後にいるアンが気になる。

「そうだとしても、あの頃に話しかけてくれる令嬢は彼女だけでしたから」

「そうか。それで、彼女に婚約を申し込んだわけか」

 だから、何だと言うのだ。彼女は僕が侯爵家の人間で王族とも縁戚関係にあるなど知らずに話し掛けてくれたのだ。あの頃は、既に侯爵家や王家と繋がりを持ちたい貴族令嬢から話し掛けられることは多かったが、一睨みすれば消えていなくなった。

 そのことを抜くに初めて話しかけてきたアンの表情をみたときに、彼女は何も知らないのだと幼いながらにわかった。ただ、真っすぐに僕に話し掛けてくれた唯一の令嬢だ。

 そんな彼女の存在を、この男にとやかく言われる筋合いはない。

「あの殿下。私、飾る花を探して参りますね」

 気まずくなったのか、逃げだしてしまいそうな彼女を引き留めたのは、目の前にいる男だ。

「わざわざ、探さなくて構わない。アンジュ嬢、あなたを我が執務室にご招待します。是非、私にエスコートさせてください」

 婚約者である僕の存在を無視して、甘言を吐き出している。慣れていない彼女は固まってしまい動けないでいる。そんなアンに手を伸ばそうとするものだから叩き落してやった。


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