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「君たち、はやく店に入りなさい」

 知った声が後ろから聞こえて来たのが救いだ。

 グレン様が呆れた顔をしながら此方に近づいてくる。

「ほら、そこのあなたも。私も暇ではないのですから」

 腕を引かれれば、そのまま前に転びそうになる。

 そんな私を受け止めてくれたのは、腕を引いた張本人であるグレン様だ。感謝を述べるより先に出てきた言葉が「不純です」なだけに、店に入ろうとしていた人たちが、此方をチラチラと見ている。

 グレン様の身分などを考えたら、そんな発言する者は此処にはいないだろう。此処が御茶会や夜会なら顔を真っ赤にしながらお礼をいう令嬢か悲鳴のような声を出す令嬢がいたかもしれない。だが、いまここは王国の大通りで貴族の世界ではないのだ。

「グレン様、アンジュちゃんのことが可愛いからって手を出しては駄目ですよ」

「婚約者がいる令嬢に手を出すほど落ちぶれていませんので。それに、彼女の兄とは級友ですから」

 茶化すようなアイリーン様の発言をサラッと交わしている。その間も私はグレン様の腕の中にいる。どうやって脱出すればいいのだろう。

 婚約者以外の者の腕の中にいるなんて考えたくもない。

「ふふふ、そんなことは誰でも知っていることですよ。それにしても、グレアム家の宝がよくこのような場所にいますね」

 宝とは何のことだ?

 それよりも、腕の中から解放して欲しい。身体から変な汗が出てきて仕方がないのだから。

「これから、話します。それにしても、アイリーン嬢と面識があったのですね」

「まあ、こっちの世界は狭いですから」

 小声で話しているわけでもないので他の人にも丸聞こえになっているはずだ。

 契約書には、「家名を名乗るな」と書かれていたのにいいのだろうか。

「そうですか。では、彼女のことを本日は頼みます。私も朝礼が終わり次第、城に行かなくてはいけないので」

 そう言うと、アイリーン様に私を預け中に入っていく。

 やっと離してもらえ、ほっとしているのも束の間で、今度は手首を掴まれ引きずり込まれるように店内に入れられた。

 店内には既に給仕服に着替え終わっている者などが、テーブル掃除や小物の整頓などをしていた。その姿を見ながら奥へ連れていかれ、一つの扉の前に行きつく。

「ここが更衣室よ。本当は自宅から着てくるのがいいのだけれど、私みたいに屋敷で着替えることも出来ない子が使っているの。もう、給仕服の採寸は済んでいるのよね」

「は、はい」

「そんなに、緊張しないで。ここにいる人たちは、みんなあなたのこと、歓迎しているから。ほら、どうぞ」

 緊張しすぎて、ぎこちない笑みを浮かべてしまう。

 貴族令嬢として、優雅な笑みを浮かべなくてはいけないのに、基礎が出来ていないと思い知らされ軽くショックを受ける。

「ほらほら、笑顔。笑顔。此処は、社交場ではないから、淑やかな挨拶はダメだよ。元気に挨拶してね」

 落ち込んでいる隙はないようだ。

 もともと、頼りになる女性だと思っていたが、ここまで世話焼きだとは知らなかった。

「おはようございます」

 挨拶を交わしながら、中へ進む彼女に習い挨拶をする。

 そうすると、「おはようございます」と笑顔で返ってくる。

 優雅な笑みとは違う、その表情はどう作ればいいのだろう。

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