第三話 邪悪な血は受け継がれていく
「Gの人達のことかな?」
「Gの人?」
「Gの悲劇」と苺谷がその重い口を開いた。
この部活には『Gの悲劇』という忌むべき始まりの歴史がある。
Gとはつまり…
『がっかりよ! 十文字君のこと私結構好きだったのに、地下アイドルのあんちきしょうと付き合ってるなんて、私絶対に許せないんだから! もう!』
のGではなく、『ゲイ』のGである。
特恋部発足の歴史は今から丁度一年前。
岩田先生が俺と鉄を引き込み、彼女もとい彼が半ば無理矢理、部活動を始めたのだが、
さすがに部員数も少ないし、なおかつ『特殊な恋愛をサポートする』
等というなんとも不明瞭で需要の無さそうな部活は必要ないと、
部自体の存続を、当時の教頭に拒まれてしまったのだ。
しかし岩田先生はどうしても諦めきれず
それならと春ケ丘高校の生徒ではなく、校外からの相談者を募った。
実はもともと創部の趣旨として、他校や、地域の方々からの相談も請け負えるというのは
地域密着、心の成長という理念の元で、特別に校長が許可していた為、そこに文句は来なかった。
しかし誰もが予想外だったのは、
岩田先生がわんさか引き込んできた相談者というのが、
彼が教師をする前に務めていたゲイバーの従業員や、
そういうお知り合いの方々ばかりだったということ。
おかげで特恋部には、主に新宿二丁目を拠点とする、
いわゆるオカマと呼ばれるたくましき戦乙女達が毎日のようにキャハハ、ウフフと
筋肉隆々のキャミソール姿で出入りしまくった。
ガールズトークならぬボーイズラブトークを繰り広げ、俺と鉄は彼女達の接待に大忙しとなった。
そうして、あっという間にその様子は全校生徒の知るところとなり
『特恋部がヤバイ』とか『特恋部が第二の扉を開こうとしている』とか、
それはもう物凄い噂になった。
噂を聞き付けた教頭が、そういう方たちは……と部室に訪れちょっかいを出したところで、
男女差別だと岩田先生もとい戦乙女達、地域の方々も協力して立ち上がり、
数日に渡って教頭に機関銃の如く猛非難を浴びせ、
なんやかんやでちゃっかり特恋部は存続することとなったのだ。
ちなみに姫野は、Gの悲劇で忙しくなり始めた辺りで俺が引き込み、
事態が収拾した後くらいに苺谷が入部した。
今となっては、部の存続が危ぶまれるような状況を過ぎたので、
あのたくましき戦乙女達は、岩田先生を除き余り出入りしていないが、
まさにGの悲劇と呼ぶに相応しい一揆だった。
「もぅ! 悲劇だなんて、大ちゃん酷いー!!」
悲劇だろ、どう考えても。
「とにかく、この部活は特殊な変態をサポートする部活ではない! サポートされたいなら、そういうお店に行きなさい!」
俺はブレザーのポケットに手を入れ、
仮面を付けたSM美女が鞭を持って「アー!」っと叫んでいるチラシの付いたポケットティッシュを
七瀬川に突き付けた。
朝、俺の自宅のポストに入っていたやつだ。
「いらんわ!! それに、私の後輩の相談だって言ってるでしょ!」
七瀬川は俺の差し出したポケットティッシュをはたき落とし、部室の入り口に向かって人を呼んだ。
「和樹、入ってきなさい」
部室の扉が開き、今度は背の低い、華奢で気弱そうな少年がオズオズと怯えた表情で入ってきた。
部の雰囲気に怯えているのか。いや、これはたぶん七瀬川の放つ野人のオーラに怯えてるんじゃないだろうか。
可哀想に。本当に友達か? 友達というより……狩人と森で狩られた獲物の関係のように見えるのだが。
それに二年である俺達と違って、ブレザーの色がカーキでなく紺色なので、おそらく一年生だ。
七瀬川みたいなアマゾネスと、一体どんな繋がりがあるんだろうか。
まぁ、どうでもいいが。
少年が部室に入ると、岩田先生は今から職員会議があるからと、彼と入れ替わりで部室から出て行った。部員全員にエールと熱い投げキッスを送ったが、誰一人として岩田先生の方を見ようとはしなかった。
姫野が相談を受ける定位置に座り、「そこに座って」と優しく椅子を指すと、
少年は、ありがとうございますと礼を言って、ちょこんと腰掛ける。
「あ、あの。お願いがありまして」
「特殊な変態になるサポートか?」
「大ちゃん!」と姫野が振り返って俺をいなすと、七瀬川が更に追い打ちをかけキッと睨み付けてくる。
「冗談だ。続けて」
「その、好きな人が出来て。でもどうアプローチして良いか、わからなくて……ここって、相談に乗ってくれるんですよね?」
「普通の恋愛相談かな」
「……相手が問題なのよ」と七瀬川が頭を抱えた。
「その相手って、どんな人なの?」
「二年六組の白咲絵梨香さん」
「えぇと、白咲さんって確か……」
姫野が記憶の中の彼女を思い出そうと天井を仰いでる間、
俺は自らの頭の中にある、
大ちゃん脳内美少女図鑑ver.3 ~もしもあの子と制服デートができたなら~を今一度読み返す。
そうだ。俺は、白咲絵梨香を知っている。知らないはずがない。
なぜなら彼女は、ルックス偏差値レベル55であるこの春ケ丘高校において
数少ない最上級ルックスを誇る、偏差値67の超化け物級美少女だからだ。
青眼の白竜にも匹敵する。
この俺がチェックしていないはずがない。
更に、白咲絵梨香は読者モデルもやっているというおまけ付き。
しかし俺の知っている白咲絵梨香は確か……。
「死ぬ程性格悪い」と苺谷が顔を上げずに言った。
「えぇと……可愛いけどね。確か」
姫野が顔を引きつらせ、あははと、震える声でフォローする。
「どっちも正解ね。あの子、SNSに人の悪口めっちゃ書くし、そこそこ可愛い子パシリに使うし」
「気に入らない子の上履きとか隠すらしいね」
「おいおい、そこまでかよ」
減点100だなこれは。
「……それでも良いの? えぇと」
「小林です。小林和樹です。それでも構いません、僕は。僕は……」
「?」
小林は一瞬、腹痛に耐えるようにして頭を下げ、
心配になった姫野が覗き込もうとしたところで、再び顔を上げた。
「顔さえ良ければ誰でも良いんです! 性格なんかどうでも良くて、とりあえず可愛い子とさえ付き合えればオールオッケーなんです!!!」
うわ、マジかよ……と思った時には、七瀬川以外の全員から一斉に俺へ視線が集中していた。
「大ちゃん、弟いたの?」と鉄。
「似たような人がいるもんだねぇ」と姫野。
「邪悪な血は受け継がれていく」と苺谷。
それぞれ勝手に納得すると、その後パラパラと視線を逸らしていった。
「……何? あんたやっぱりそういう人間だったの? 最低だと思ってたけど、本当に最低だったのね。最低」
「さ……最低最低言うなよ! 最低じゃないですぅ!! こだわりが強いだけですぅ!!! お、お前の友達? 後輩だって同じだろうがこのクソビッチ!!!!」
「バカじゃないの? 和樹はあんたとは違うのよ。あんたと違って頭も良いし、こっちから選ぶ権利があるの。放し飼いのゴリラみたいなあんたと一緒にしないで」
七瀬川は小林の頭にスリスリ抱きつきながら、俺のことをまたもキッと睨み付けてきた。
よほど彼の事が気に入ってるのだろう。
しかし、こんのやろう……調子に乗りやがって。
さっきのティッシュに入ってたSM嬢の格好をさせて、ヒィヒィ言わせてやりたいぜ。
いや、駄目か。そんなことをすればむしろ俺がヒィヒィ言わされてしまう。
まぁ、この小林って子に罪はないが。むしろ同志と言えようか。
「よし、姫野。代われ。この案件は部長であるこの俺が担当しよう」