第一話 第一話から鷹司が下ネタで飛ばしてしまったのは非常に申し訳ないと思っている
少女は椅子に腰かけた小さな体を
シーソーのように揺らし
頬を染め恥じらいながら
目の前の長机に、視線を落としていた。
おかっぱの髪を何度も撫でつけては、
熱い溜息をついてたまに机の下で手をこすり合わせて。
その姿を見て、俺は思う。
あぁ、まるで恋をしているようだ、と。
それもそのはず。この少女は確かに恋をしていて、恋の相談をしにきているのだ。特恋部に。
特恋部なのに。
「あ、あの……その、好きっていうか、なんていうか……」
「うん、うん。いいよねぇ、そういうの……!」
女の子の真っ赤に染まる頬を愛おしそうに見つめ、
対面で相談に乗りながらニコニコうっとりと応える彼女の名前は、姫野愛。
俺と同じ二年生。
背中に届くぐらいの真っすぐで綺麗な長い髪に、
ゆっくりと雪を解かす太陽みたいな、ランランとした大きく綺麗な瞳が特徴で
ピンク色の髪留めをいつも付けている。
俺の昔からの幼馴染だ。ちなみに胸はデカイ。ルックス偏差値は63。
この学校の中では割と可愛い方である。特恋部の副部長を担っている。
「それで、その男の子って言うのは、どんな子なの?」
「えぇと、それはぁ」と相談者の女の子が頬に手を当て目を閉じたところで、
姫野の後ろに控えていた別の部員から質問が飛んだ。
「君、おっぱいは何カップ?」
相談者の女の子は、ひっ……!と悲鳴を上げ、両腕で自分の体を抱き込み、おそるおそる彼の方を見た。
極めて冷静な声色、かつクールな表情で
顎に手を添えながら、突如ぶっこんできた彼の名前は、鷹司鉄之助。
彼もまた俺の幼馴染であり、特恋部、部員の一人である。
そしてこの男こそ、赤ん坊の頃から現在に至るまで、おっぱい一筋で育ってきたおっぱい職人。
女の子のおっぱいのサイズ、大きさに異常にこだわり、
そのカップはD以上でないと断固として認めない。
告ってきた相手がどれだけ可愛くても絶世の美女でも広瀬○ずでも
彼の認めるおっぱいの質、重さ、カップでないと誰が何と言おうとバッサリ断ってしまう。
細かいエピソードは余りあるほどあるので
物語中に改めて説明するが、とにかくキング・オブ・おっぱいがこいつだ。
しかもこの男、困ったことに、他を寄せ付けない程の超絶イケメンである。
さわやか黒髪で睫毛が長く、声も低く、性格も男らしい。
更にこいつの切れ長の瞳で2秒見つめられたら、一発ノックアウトである。
もしも俺が女子なら、1秒で片乳くらいは出している。
「え……えっと、そういうの……あんまり、関係ないかなって」
「いや、関係あるよ。君のおっぱいが実際何カップかで、相手の出方も変わると思う」
変わらねぇよ。いや、変わるのか? 変わっていいのか? と俺は首を傾げた。
「ちょ、ちょっと鉄君、やめて! 怖がってるよ! 怖がってるから!」
「そうよ。鷹司君。おっぱいなんかで、恋の行方はわからない」
「そうだよ、イチゴちゃん、その通りだよ!」
活気付きガッツポーズをする姫野。
そんなあんときの猪木さんよろしくの姫野に、イチゴちゃんと呼ばれた
部室の隅で黙々と携帯をいじっている彼女は、苺谷藍。
俺達と同じ二年生の特恋部、部員だ。
背が低く、華奢な体付きをしている小さな女の子。
彼女は周りのみんなと比べ、基本的に元気がなく、表情もそれほど豊かではない。
物静かだが、たまにとてつもない毒舌を吐くことがある。
首元まで降りた髪に、凪いだ海のように静かで穏やかな瞳。薄い唇に、白い肌。
ルックス偏差値は57。控えめな胸。
そして今まさに彼女がいじっている携帯もそうだが、
気が付くといつも何かを作っていたりする。
何かというのはつまり、ティッシュにチラシを詰めたり
裁縫をしたり、プラモを作っていたり。
在宅副業というやつだ。
「で、ですよね! 良かったです、そんなことないですよね」と相談者の少女はほっと息をついたが、
それも一息呼吸する程度の間だった。
苺谷は高速で携帯をピコピコ打ちながら、顔を上げずに言葉を吐く。
「えぇ、関係ない。あなたはね」
「え?」
「相手の男は? いくら持ってるの。現金は? 家柄は? とりあえずむしり取ればいい。すぐになければ親の財布から……」
「イチゴちゃん!!!!!!!」
ふむ……と俺が息をついたところで、
姫野が「もう、あかんでこれ……」といった表情で、椅子からずり落ち
その大きく綺麗な瞳をきらきらと潤ませ、助けを求めるような子犬の目で俺を見つめてきた。
俺を頼っているのだ。
姫野を安心させる為、俺はフッと彼女に優しく笑いかけ
暗黙の了解を示してゆっくりと頷く。
信頼を示してくれたのだろう、
姫野の瞳はうるんだままだが、
意思が通じたのか表情はパァッと明るくなり、大きく彼女は頷いた。
結局、この部活を救えるのは、部長である俺しかいないということなのだ……。
俺は相談者の少女に言った。
「おっぱい大きくして、ルックス偏差値70以上にして出直してきな。それから金をゆすれ」
「う……う……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
彼女は突如堰を切ったみたいに立ち上がり、
椅子を放り出して部室の扉を開けると廊下に駆けて行ってしまった。
あぁ、お客さんが、と姫野はガックリとうなだれ、机に突っ伏して深いため息をついた。
「まぁ! 普通の恋の相談だったったしな!」と俺は声を張って彼女を慰める。
「普通で良いよぉ」
「良いわけないだろ。ここは特恋部だからな」
「まぁ、そうかもね」と、鉄が部室のやかんで麦茶を入れ、優しく姫野に手渡しながら話した。
姫野は鉄から麦茶を受け取り、紙コップに口を付けて肩を落とした……と思ったのも束の間
急に部室の入口が半壊してしまいそうなくらいの大きな音を立て、部員全員が入口の方を見た。
スライドした扉の向こうから、とんでもなく濃ゆい男の髭面が、ニュッと顔をのぞかせて破顔した。
「みんなー! トックレンしてるー!?」
身長190センチはある、巨大な大男がブンブン両手を振り回しながら、
暴れるアフリカ象みたいな足音を立てて部室に入ってくる。
突如現れた彼の頭髪は短く、二重のくっきりした瞳に、太い眉毛。
分厚い唇に、周りを覆う薄っすら残る青髭。筋肉隆々としたがっしりとしたガタイに、
赤いジャージをまとっている。
東日本レスリング大会三位の実力を持つ、特恋部顧問、岩田隆之先生とは彼のこと。
そしていわゆる、オカマと呼ばれる類の方だ。
「ゆきちゃん先生!」
姫野は声高々と、とても嬉しそうに顔を上げた。
「どうもー、ゆきちゃん先生でーす! 姫ちゃん元気してたー?」