96.集結
「レイン、いけるか!?」
リースの問いかけは、上空にある『水の塊』をどうにかできるか、という確認だ。
レインは咄嗟に、手をかざして凍らせる準備に入る――だが、すぐに理解する。
(……っ。ダメだ、あれだけの量は凍らせれば、ただの氷塊になってしまう……!)
とんでもない水量であったとしても、今のレインなら凍らせるだけなら簡単だ。
けれど、あれはレイン達を完全に巻き込む形になるもの。レインの魔力のコントロールが不十分であることをフレメアは分かっている。
だからこそ、あえて広範囲を巻き込む魔法を使ったのだ。
落下すれば、その時点で敗北が決定する。あれほどの水量を受けて、会場に残れる者はいないだろう。――一人を除いて、だ。
「ど、どうしよう!? さすがにあれは無理だ!」
「ちっ、ここからでは回避も間に合わない! 突っ込むしかない!」
レインの言葉を受けて、リースの判断は早かった。迷うことなく、フレメアに向かって真っすぐ突進するかのように駆ける。
「水が落ちてくる前に私を倒そうってこと? それは――無理ね」
「!」
リースは何かに気付き、後方へと下がった。フレメアの周囲に突如、『水の竜巻』が発生し、リースの進路を塞いだのだ。攻めの勢いを殺された――今から全力でかけたとして、フレメアまでは届かないだろう。
「さあ、どうするのかしら?」
フレメアは妖艶な笑みを浮かべて、ただレイン達を眺めるだけだ。今の状況を、彼女は楽しんでいる――このまま楽しませてやるつもりなど毛頭にないが、レインにできることはなかった。
(いや、防御を固めればなんとか流されずに……けど、あの水量は……!)
耐えられない――理解はできているが、守りを固める以外にできることはない。
レインはそう判断して、地面に手を触れて魔法を発動させようとする。その時、
「今すぐ凍らせなさい! あたしが何とかする!」
後方から、少女の声が耳に届いた。
半ば反射的に、レインは上空に向かって手を伸ばし、可能な限り弱めて凍らせる。
けれど、離れた距離で凍らせるには慣れておらず、一部を凍らせてもこの一帯を丸々潰すような氷塊が出来上がった。
「いくわよ、《イフリート》!」
巨大な氷塊に対し、炎の魔神が立ち向かう。姿はいつもに増して大きく、氷塊をがっしり両手で掴んだ。一気に周囲を水蒸気が包み込み、視界が真っ白に染まる。
「ギリギリですが、間に合ったというところでしょうか」
「そうね。ヒーローは遅れて登場するってわけ」
「君の場合はヒロインじゃないか」
「どっちだっていいのよ!」
「……! シトリア、エリィ!」
分かれて行動することになっていた二人が、追いついてきたのだ。
エリィのイフリートは見事に氷塊を掴み取り、力のままにそれを砕く。
その後、すぐに萎むようにサイズが小さくなっていった。
「っ、さすがに大きくすると魔力の消費が激しいわ。使えてもあと数分程度」
「さすがに大勢の相手をしすぎてしまいましたね」
見れば、二人とも水着の一部が破かれてしまっている。ここに来るまでに、多くの者達と戦って、倒してきた証拠だろう。
「ほ、本当に助かったよ……」
レインは安堵するように、その場にへたり込んだ。さすがに今の攻撃は詰んだと、レインは思っていたからだ。
そんなレインを叱咤するように、エリィが背中を叩く。
「何を終わったような顔してるのよ!」
「痛いっ!? ちょ、素肌はやめてっ」
「気合を入れ直してあげてるの。ここからが本番じゃない」
「――ええ、そうね。これで終わるくらいなら、わざわざこんな舞台で戦ったりしないもの」
エリィの言葉に答えたのは、フレメアだった。サッと手を振るえば、水蒸気はあっという間に晴れていく。
四対一という状況においても、フレメアの余裕の態度は全く変わらない。
「ふふっ、あなた達全員を完膚なきまでに叩きのめせば、もう文句はないものね?」
「……いい趣味してるじゃないか。そのために、わざわざ観客のいるこの舞台を選んだのか」
「し、師匠のやりそうなことだ……!」
「あら、提案したのはそっちじゃない。ま、なかったとしてもこうするつもりだったけれど……まさか、たった四人で私に勝つつもり?」
「――四人じゃないわ、五人よ」
「っ!」
言葉と共に、フレメアの後方から姿を現したのは、刀を構えたセンであった。
すぐにフレメアが反応して、水の壁を作り出す。
センはさらに早く反応して、壁の裏から回るように刀を振るった。
ほんのわずかにフレメアの肩を掠め、勢いのままセンがレイン達の下へとやってくる。
「あら、もっとはだけさせるくらいのつもりだったのに」
「セン!」
「レイン、元気そうでよかったわ。お姉さんが戦ってる間に、さっさと落ちてリタイアしてたらどうしようかと思ってた」
「そう思うなら離れないでよ!?」
「お互い事情ってものがあるじゃない? ま、わたしの方は終わったから」
ここにセンが来たということは、彼女の決着はついた、ということなのだろう。残るは、レインの戦いだ。
フレメアは自身の肩の傷に目をやりながら、
「攻撃を受けたのは久しぶりね」
そう、少し嬉しそうに言った。
「弱い相手しかいなかったんじゃない?」
「――ふふっ、いいわね。あなたみたいな子、好きよ」
「わたしは嫌いだけど」
「ちょ、セン! あんまり煽らないで……!」
レインの方が、この状況に怯えてしまう。
フレメアは至って冷静に見えるが、彼女を怒らせるのは本気でよくない。
「いいわ。別に、一人増えようが二人増えようが――何人いようが同じこと。私があなた達に教えてあげる。絶対に、超えられない存在がいるってことをね」
「ええ、教えてもらいたいわね」
「さて、これで全員揃ったな」
「五人どころか、あたし一人でも十分よ」
「それはさすがに無理だと思いますが」
「ちょっと辛辣なのやめなさいよ! ほら、レインもあいつになんか言ってやりなさい!」
「え、僕?」
いきなり振られて、思わず驚いてしまう。
「あんた以外に誰が言うのよ」
「そうね。士気も上がるし」
「気合の入る一言を頼む」
「レインさん、どうぞ」
「え、え? えっと……が、頑張ろう!」
「お前がな!」と全員から突っ込みを入れられて、フレメアとの戦いが再び始まった。