94.決意(やや弱気)
リースとフレメアの戦いが激化していく中――レインは一人、小さな氷のドームを作り引きこもっていた。
ようやく酔いも治ってきたところだが、現状はリースに言われた通り、守りを固めている状況だ。
(リース、一人で勝てるのか……?)
加勢した方がいいことは分かっている。
けれど、先ほど見たフレメアは、レインと戦うとなれば、間違いなく本気になるだろう。
レインとしては正直、直接彼女と戦うのは避けたいというのが本音だ。
弱虫とか卑怯と言われたって構わない。苦手なものは苦手だし、ここでレインがフレメアに負けることがあれば、今後は一生フレメアの下僕として生きていくことになるかもしれない。
あるいは、『女の子になった』身体を何かの実験に使われるかもしれない。考えるだけで身体が震えてしまう。
(くそっ、どうしてこんなことに――って、僕のせいだよ……)
いつものことながら、大体墓穴を掘っているのは自分だ。
センは今頃、エイナと戦っているところだろうか。センが負ける姿は想像できないが、エイナもかなりの実力者のようだ。
エリィとシトリアは、大丈夫だろうか。二人が無事なら、ここに来てくれるといいのだけれど。
「……」
リース一人で戦うよりは、レインがいた方が絶対に勝率は上がる。下手をすればレインがやられてお終いという可能性はあるが、一対一になるよりはずっといい。
「そうだよ。いつまでも逃げてたら――男らしくない……!」
レインは決意に満ちた表情で、拳を握り締めた。
もちろん、スク水を着た状態で、しかも若干破れた状態のレインがこんなことを言ったところで、全く男らしさなどないのだが、今は突っ込む者もいない。
レインは自らの意思で――氷のドームを解除する。
「あら、ようやく『お姫様』が戦う気になったのかしら」
挑発するように、笑みを浮かべてフレメアがレインを見据えていた。
「レイン!? どうして出てきた?」
リースがすぐに、レインの方へと下がってくる。
すでに上の水着は破かれたようで、上半身は裸の状態で戦っていたようだ。
「――って、少しは隠しなよ!?」
「こら、目を隠すな。君が恥ずかしがる必要があるか」
「あるよ! むしろ少しは羞恥心を――」
「レイン、私から目を逸らすなんて、随分と余裕じゃない?」
「……っ!」
言葉と共に、レインはすぐにフレメアの方に向き直った。――とんでもない威圧感。やはり、出るべきではなかった、と後悔してしまうほどに。
「ねえ、レイン。姿を見せたってことは、私と戦う気になったってことよね?」
「それは……」
「レイン、一応言っておくが、水着が全部脱がされたら負けなんだぞ。君が、彼女との戦いで水着を守り切れるのか?」
――水着を守る戦い。そう言われると、途端にふざけた物のように感じてしまうが、これがルールなので仕方ない。
実際、魔法的な相性で言えばレインが有利と言えるが、彼女はどこからでも水を発生させられる。下手をすれば、今だってレインの足元から水魔法によって、水着を切り刻まれてもおかしくはない。
その上で、レインは二人の言葉に答える。
「師匠、僕は……あなたと戦います。リース、一人より二人の方が、勝てる可能性があるよ」
「レイン、君は……」
「ふふっ、いい返事ね。私、反抗的な相手ほど――本気で潰したくなるのよね」
フレメアの笑みが消えた。
僕はゆっくりとリースの方を向いて、
「……ごめん。無理かも」
「うん、君はいつも通りだな」
「ほら、いくわよ」
「わっ!」
瞬間、フレメアの操る水がレインに向かって一斉に動き出した。
すぐにリースがレインの水着を掴んで、後方へと下がらせる。
「いたたっ! ちょ、乱暴すぎ……!」
「我慢してくれ! 君の機動力では避けられないだろう!」
「ま、魔法で何とか……!」
「反応できていないから言っている!」
面目ないというか、魔法の実力では当然ながら、フレメアの方が上だ。
元々、純粋な実力だけで言えばレインはBランク程度の冒険者。フレメアとは、二段階ほどレベルが違う。
あくまで、魔法の威力が上がっただけに過ぎないために、フレメアのように魔法を上手く使うことが、今は出来ない状況なのもあった。
フレメアの魔法から逃げていると――ビリッ。
「ちょ……! ちょっと破れた! やばいって! 僕の水着は上下とかないから!」
「半分切った方が動きやすいかもしれないな」
「!? それは絶対ダメ!」
レインは別に女の子になったと言っても、胸がある方ではない。
だが、見れば間違いなく『女の子』であることはバレる。
それは、レインにとっては絶対に避けなければならないことだ。
「どうあれ、逃げてるばかりは性に合わないな。レイン、態勢を整えるぞ」
「へ?」
リースは言葉と共に、大きく跳躍した。
ふわりと身体が浮かび上がり、リースはレインを背負うようにして、
「君は氷魔法でフレメアの水魔法に対抗してくれ。私は隙を見ては攻撃を仕掛ける。まさに共同戦線というわけだ」
「わ、分かったけど……!」
背負われる形で戦うというのは、とても情けないのではないだろうか――そんなことを考えつつも、背に腹は代えられない状況などは違いない。
迫る水を、レインは氷の魔法で迎撃する。
「!」
フレメアが、少しだけ驚いた表情を浮かべた。彼女の操る『オロチ』が凍り、その上をリースが駆ける。
「いい足場を作ったな、レイン!」
「ちょ、速いって……!」
「ふふっ、本気で私と戦う気になったみたいね。なら――これはどうかしら?」
突如、周囲が暗闇に包まれる。見上げると、そこにはあまりに巨大な『水の塊』があった。