93.格上
めっちゃ更新空いててすみません……。
リースは槍をフレメアに向け、低く構えた。
対するフレメアは、特に構えを取らない。
だが、『禍々しい』と言えるほどの魔力を放っていた。
レインの師匠、フレメア・コルトゥ――《狂気の魔女》と呼ばれた彼女は、レインの実力から見ても、単純にリースより高い実力を持っていると考えていいだろう。
一番近くにいるSランクと言えばセンだが、彼女ともまた違った方向の強さになる。
リースが得意とするのは近距離から中距離での戦闘で、魔導師は基本的に中距離から遠距離にかけての戦闘を得意とする。
フレメアの動きを見るに、彼女も例に漏れることはないだろう。
(なら、距離を詰めるのが理想だが……)
長距離での戦闘では、リースにまず勝ち目はない。中距離でも同様で、魔法を得意としないリースが行える攻撃は投擲――すなわち、槍を相手に投げ飛ばすことだ。
素早い動きができるリースだからこそ、武器を手放すという攻撃方法を取ったとしても、すぐにリカバリができる。
しかし、今回はさすがに相手が悪いと言わざるを得なかった。武器を手放してしまえば、あるいは回収することは不可能な状況に陥る可能性がある。
「来ないのなら、こちらから行くわよ」
「っ!」
先に動いたのはフレメアだった。言葉と同時に、彼女の周囲に水が発生し、うねりながらリースの方へと向かってくる。
「レイン! 君は守りを固めろ!」
「わ、分かった!」
リースはレインに指示をして、後方へと跳躍した。
レインは氷の魔法を得意としている。属性として分類するならば、氷魔法と水魔法は同系統だが、氷魔法の方が有利になる。
少なくとも、防御を固めたレインが簡単に突破されることはないだろう。
リースを追いかけるように、水がまるで生きた触手のように向かってくる。動きはそれほど速くない。
リースはフレメアと距離を取りながら、周囲を駆ける。
時折、『投擲できる』タイミングはあるが、リースはあえて投げることはしない。
(あえて誘っているな。悪いが、簡単に乗る私じゃない)
このわずかな交戦の間に、すでにフレメアという女性の性質を理解し始めていた。
彼女は高い実力を誇りながら、かなり狡猾だ。
リースが逃げられる程度に、かつ自身を狙える隙を作る。だが、決して近づけるような隙はない。
踏み込めば、すぐにあらゆる方向からフレメアの放つ水がやってくる。
「水魔法――《オロチ》。蛇のようにうねり、自在に動かすことができるものだけれど、これが結構使いやすいのよね」
「ふっ、『結構』か」
そんな物言いのレベルではない。そして、これは中級程度の魔法だ。
フレメアはまだ本気を出していない――
「……それは私も同じだがな」
瞬間、リースが動いた。
「!」
ギリギリのところで《オロチ》をかわし、距離を詰める。
誘っているならば、その誘いに乗ってやる。ただし、相手の予想を上回る動きで、だ。
リースの本気ならば、すぐにフレメアとの距離を詰めることができた。追いかけるように水が動き始めるが、ここはすでにリースの間合い。
狙うはフレメアの水着。これは殺し合いではなく、あくまで試合だ。
リースがフレメアに向かって突きを放とうとして、
「――っ!」
そのまま、水を避けるようにして再び距離を取った。
パァン、と何かが爆発するような強烈な音と共に、フレメアの目の前に水で作り出された大きな刃が振り下ろされた。
「あら、残念。もう少し深く来てくれたら、槍を切断できたのに」
「今の距離は、私の腕を落とす可能性もあったと思うが」
「それくらいは避けられるわよ――ね?」
くすりと笑みを浮かべて、フレメアは言う。
リースもまた笑って返すが、内心では穏やかではなかった。
彼女は本気を出していない――だが、本気で勝つつもりだ。そのためなら、リースに大怪我を負わせる程度のことは、平気でやってのけるだろう。
「面白い」
その上で、リースは改めて構えを取った。格上との本気の戦い――もとより、戦うことが好きなリースにとっては願ってもない状況だ。
「今度はこちらから行かせてもらおう」
「ええ、どこからでもどうぞ」
フレメアが挑発するように手招きをし、リースはそれに応じる形で駆け出した。