90.残虐非道なリバース
「おらおら行くぞぉ!」
「逃がすなぁ! 水着を剥ぎ取ってやれーっ!」
「ひゃっはー! ぶち殺せー!」
「今のみんな女性だよね!? なんでこんな殺気立ってるの!?」
「分からないが、やる気に満ち溢れるのはいいことかもしれないな」
「殺る気だよね? 字が違うよね!?」
レインは怯えた様子でリースに問いかけた。
だが、リースは至って冷静な表情だ。
レインを抱えたまま、リースは駆け巡る。高い脚力もあって、リースはレインを抱えたままでもなんなく会場内を移動していた。
明らかに殺気立った参加者達を尻目に、軽々と移動を繰り返していく。
「――って、エリィとシトリアは!?」
「全員を抱えて逃げるのは無理だ。エリィとシトリアには、少なからず足止めをしてもらうほかない」
「足止めって言ったって……あの人数相手にできるのか……!?」
「エリィは私の妹だぞ? それに、シトリアだって戦闘力は決して低くはない。少なくとも、参加者に遅れを取ることはないだろう」
「それはそうかもしれないけど……」
心配ではない――と言えば、嘘になる。
たった二人で、どれだけの人数の参加者を相手にすることになるのか――Sランク相当の冒険者は決して多くはないが、それでも実力者は数名紛れている。
「……というか、これって逃げてるだけで勝ち目あるの!?」
「ほほう、君にしてはいい質問だ。つまり私と共に戦おうと――」
「そんなことは一言も、全く思ってない! マジで! でも、逃げてるだけで終わるのかなって話!」
「あれを見ろ」
「どこ!?」
「あっちだ。私が指差している方」
「いや、抱えられてるから見れないんだけどっ」
走り回るリースに抱えられる形のレインでは、リースの指し示す方向を確認できなかった。……それに、走り回る『揺れ』でだんだんと吐き気もしてきている。さすがに、こんな人前で吐くわけにはいかないと、レインはひたすらに耐える。
「うっ……それで、なにが見えるのさ!」
「時計だ。制限時間が設けてある。どのみち、逃げ回っていれば失格になることはない」
「な、なるほど。リースの機動力なら、逃げ切れるかも――」
「逃がさないわよッ!」
「!?」
レインの言葉を遮ったのは、会場全体に轟くほどの大声。
声の方角を見ると、追いかけてきた参加者達を吹き飛ばすようにしながら、真っ直ぐレインとリースを追いかけてくる『男』の姿があった。
「あ、あいつは……!」
「マクス……だったか。あの男とは少しやり合ったが、見た目はともかく実力は本物だ。君を抱きかかえたままだと、追いつかれるな」
「え、ええ!? じゃあ、どうする!? やっぱり止まって戦うしかないかな! いや、やっぱり頑張って逃げよう!」
「いや、いい考えだ」
「ちょ、ちょっと待った! 戦うのは口を滑らせただけで……!」
「心配するな。足を止めて戦うのは悪手なのは私にも分かっている。だから、こうやって――」
「へ……?」
レインを抱きかかえていたリースは、レインの持ち方を変えた。
肩に荷物でも乗っけるかのようにして、後方にレインの頭がくるように持ち上げる。
「レイン、君が魔法で迎撃しろ。私は走ることに全力を尽くす」
「な、なるほど――おふっ」
お腹の部分が肩にくるために、リースが跳躍して着地をすると、ダイレクトに刺激が腹部に直撃する。そこそこ吐きそうだったレインは、またしてもリバースを仕掛けてしまう。
「う、うぐ……」
「……? どうした、レイン?」
「い、いや、なんでもない――やっぱり、吐きそう」
「……なに? またか?」
「え、またって……?」
「いや、何でもない。とにかく我慢してくれ。最悪吐いてもいいから、後ろの奴らの迎撃を頼む」
「吐きたくはないんだけど……! くそっ、やればいいんだろ、やれば!」
レインは構えを取る。
狙いは床――氷の魔法を直接当てる必要などない。
できる限り弱くした冷気で、レインは水に濡れた床を凍らせた。
「これで足を滑らせれば――」
「ぎゃああああっ!」
次に聞こえてきたのは、マクスの断末魔だった。
見ると、レインの作り出した氷の道――狙いが定まらなかったせいか、ところどころに針のような物ができている。勢いのままにそれを踏んだのだろう。
そして勢いのままに滑り、レインの作り出した氷の道は、鮮血に染まってしまっていた。
「な、なんて残虐非道な……!」
「わ、私達はとんでもない相手を追っていたようね……」
「怖い……」
「ちょ、違――」
「レイン、喋るな。大きく跳ぶぞ」
「あ――」
言い訳をする間もなく、リースが大きく跳躍する。
滑らせるだけだったつもりのレインの魔法は、『あーっと! レイン選手の氷魔法によって血の海が出来上がっているっ! あまりに非道! 見た目の可愛さに反して容赦は一切ないぞーっ!』という実況の煽りによって会場は大いに盛り上がる。
そして、参加者達の多くはレインの攻撃に怯え、追撃する数は減った。
着地後、レインは少しリバースした。
勢いのままに90話を更新しました。
レインちゃんに残虐属性が追加されたぞ!




