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9.歓迎会(前座)

 北方の森――ウィレスの森。

 この先は未開拓の地であり、どのような大地が広がっているかは誰も知らない。

 向こう側には大きな山が見え、時折やってくる魔物は最低でもあのワイバーンのようにB級以上の魔物ばかりだ。

 超えてこられる魔物がそのレベルしかいないのか、それとも向こう側にはそのレベルの魔物しか存在しないということなのか――それは誰にも分からない。

 ランクAを超える冒険者が森の先を目指して帰ってくることがなかった、そういう話は珍しいことではない。

 皆が皆、新しい地に期待しているわけではなく、レインも未開の地への興味よりも将来の安定の方が重要だと考えていた。

 そんなレインが今、森の近辺までやってくることになるとは、夢にも思わなかったことだろう。


(ここにはあまり来たことないんだよね……)


 冒険者の稼ぎには迷宮での遺物の探索と魔物の討伐の二種類がある。

 異例でいえば冒険者稼業をしつつ、冒険者になる者の師となって稼ぐ者もいる。

 レインは魔道具を見つけてそれを売りに出すというのが基本的な稼ぎであったが、紅天に入ってしまったからにはそれは難しい。

 何せ、仮にも監視という名目でここにいるのだから。

 森に来るまでにすれ違う人々が皆、レインのことを見ていた。

 町ではすでに《紅天》のパーティメンバーに男のレインが参加したという噂が少しずつ広まりつつあった。

 レインはまだそれに気付く事もなく――二人の高ランクの冒険者の無双振りを見ていることになっていた。


「これで、二十体目だ!」


 森を駆け巡り、リースは槍を振るった。

 《ゴブリンの軍勢》と呼ばれるものがまずこの森の入口近辺には存在している。

 ゴブリンは基本的な大きさは子供の人間くらいだが、腕力は大人の人間よりも高く、緑色の肌をしている。

 にやりと笑ったような顔はよく、悪魔にたとえられた。

 女性がゴブリンに捕まってどうにかされる、というのはよく聞く話だが、冒険者にとってゴブリンはランクEからD程度までしかない相手であり苦戦することはない。

 ただ、ここにいるゴブリンの軍勢は別だ。

 異常な大群が森の中に潜み、一度はいればその猛攻に晒されることになる。

 ここを通るには少なくとも、常に狙われている状態でも戦い続けることのできる実力が必要だった。

 およそここを通るために最低でも必要なランクはBとされ、ゴブリンの軍勢を殲滅するとなればAランクの冒険者が数十人は必要とされる。

 そんな森の中で、リースはすでに二十体のゴブリンを討伐していた。

 飛んでくる矢を避け、近づいてくるゴブリンがいればすれ違い様に斬り、そして突く。

 ワイバーンのように空を飛んでいる相手でもなければ、リースはやはりその実力を存分に発揮できるというわけだ。


「どうだ、セン。私は二十を超えたぞ」

「あら、わたしは三十よ?」

「なっ、嘘をつくな。多くても五体くらいだろう」

「うふふっ、多いことには変わらないでしょう?」


 センはリースの上をいく。

 すれ違い際に左右の二体を同時に斬る、矢を避けるだけでなく掴む。

 その矢を投げ返してゴブリンを討つなど、とにかく常識外れた戦い方だった。

 Sランクの冒険者とはこうもレベルが違うのか、とレインも息をのむ。

 ただ、レイン本人もすでにSランク相当の力を持っていると思われており、実際に魔法だけでいえばそれを凌駕するレベルに達している。


「元気ですよね、あの二人」

「そうだね……シトリアはいつもこんな感じで見てるの?」

「はい、特別強い相手でもない限りはあの二人が何とかしちゃいますから」


 レインの隣で、シトリアがはしゃいでいる子供でも見るように言う。

 白衣のような服装をしているのは聖職者としての活動もしていた名残らしく、そういう格好の方が落ち着くらしい。

 後衛であるレインとシトリアは戦う二人を見学していた。

 シトリアは直接戦闘に参加することはあまりないらしい。

 こうした小型の相手ならば基本的にはあの前衛二人で事足りるからということだ。

 そんな二人の戦闘を見ていると、ふと木の陰からゴブリンが飛び出してくる。


「ギギギッ!」

「っ! 氷よ――」


 詠唱の前に、シトリアがヒュンッと十字架を象った槍状の武器を振るった。

 ゴブリンの頭部に突き刺さり、そのまま横へと流れていく。


「レインさんは近接武器をお持ちではないのですか?」

「え、短刀ならあるけど……戦いでは使わないかな」

「森のような視界の確保できない場所での戦闘では重宝しますよ? レインさんくらいだと魔法で何でも片づけられるのかもしれませんけど」


 シトリアの言葉に、レインも苦笑いで返すしかない。

 彼女の得物の使い方もかなり慣れた感じだった。

 補助魔法がメインな分、近接戦闘もそれなりにできるということだろう。

 ここまでで、レインが思ったことは一つ――


(やばい、めっちゃ帰りたい……)


 前衛の二人は言わずもがな、後衛であるシトリアの発言からも察してしまう。

 このパーティは基本的に戦うことを楽しんでいる。

 森の向こう側に何があるか、まだ見ぬ果てを目指しているパーティだ。

 パーティというのはその方針に左右されることになる。

 将来は早い段階から引退して、安定した生活を送りたいレインの性格には合わないパーティであることには明確だった。


「あ、ちなみに本物の歓迎会は今日の夜からギルドの酒場でやりますよ? お酒は飲めますよね?」

「……まあ、好きだけど」


 レインは正直に答えた。

 捕捉情報のように本当の歓迎会とやらがある事実を言われる。

 それならここでの戦いを早く終わらせて、そっちで飲んでいたほうがまだいい。


「今日の飲み代を稼ぐための戦いでもあるからな」


 リースがそう言いながらやってくる。

 ゴブリンの軍勢は劣勢を判断して距離を取ったのだろうか。

 周辺にはすでにゴブリンの姿はない。

 それくらいで退くような魔物達ではないはずだ、とレインは考えていた。


「の、飲み代って?」

「せっかくならいいお酒でいきたいじゃない? だからそれ相応の魔物を討伐しにいこうと思って」

「それってどんな――」


 レインが言いかけたところで、少し奥の森の方から鳥が飛んでいくのが見えた。

 それも複数だ。

 何か大きなものでもやってこない限り、通常ではありえない数の鳥が羽ばたいていく。

 ゴブリンが距離を取ったのは、劣勢を判断したからではなかった。


「なかなか面白そうなものがやってきたわね」


 楽しそうに言うセンに対し、レインは青ざめる。

 本来この場所には現れるはずのない黒色の魔物――《アラクネ》が目の前に現れたのだから。


「さて、ようやく歓迎会の意味が出そうな相手が出てきたな」


 意気揚々と槍を構えるリース。

 シトリアはレインに微笑む。


「頑張ってくださいね。あ、私もがんばりますよ?」

「あ、はは……」

(……めっちゃ帰りたいっ!)


 そんなレインの気持ちをよそに楽しそうな三人は巨大なクモの魔物、アラクネを見据えていた。

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