80.船作り
「さーて、気合い入れて泳ぐとしましょう!」
「ねえ」
「幸い私達はパーティで参加しているからな。協力関係を組めるのは有利だと言えるだろう」
「ねえってば」
「どうしますか? レースということはやはり魔法で行くべきだとは思いますが」
「そうなるとやり方は絞られるんじゃないの?」
「聞いてよ!」
「もう……レインったらうるさいわね。作戦会議の途中よ?」
ようやくレインの言葉が届いたのか、《紅天》のメンバーが一様にレインを見る。
サッとレインが自身の身体を手で隠しつつ、少し恥ずかしそうにしながら尋ねる。
「あの、さ。どうしてレースなのさ?」
「どうしても何も、今年はそういうものってことでしょ?」
「第一のゲームみたいなこと言ってたけど……第二第三もあるってこと?」
(何か魔王みたいな話だけど……)
「魔王みたいだな。だが、その認識で間違いないだろう」
レインの思っていることをリースはそのまま口にして、そして肯定する。
水着大会という名のレースもとい、様々な競技で競い合うゲームが開催されるということだ。
すなわち、あまり水着であることは関係ないのでは? というのがレインの意見である。
だが、そんなレインの意見など誰にも通るわけもなければ、気にしているというわけでもない。
「この後水着も関係ある競技もあるわよ。何だったら、水に関連するレースなんだから水着関係あるんじゃない?」
「まあ、それはそうかもしれないけどさ……」
「今更何言ったってわたし達は勝つしかないのよ、レイン!」
「そうですね。もうすぐレースも始まります――私達の考えるべきはどうレースに勝つか、ですね」
センとシトリアの言うことは正しい。
レインが何を言おうと、もうすぐレースが始まるのは事実だった。
実況席からレースについての説明の声が響き渡る。
『はいはーい! 参加選手は準備をお願いします! 今回はこの会場を流れるプールでのレースからスタートです! 上位十五名までにポイントが加算されることになっていまーす!』
『水着姿でも如何に素早く行動できるか……そこも評価されるということを忘れぬよう』
『トキゾウ氏の言う通りです! 水着の機能性についても評価される、ということですね!』
(……こじつけじゃないの、これ)
レインだけは納得いかない、という様子だったが他の選手達はノリノリだった。
勝ち負けについて特にこだわっているレインだからこそ、このレースのシステムに納得できない部分があるのだ。
だが、こうなってしまった以上はレインもレースに集中しなければならない。
コースは会場の周辺に用意された流れるプール――移動する方法は自由とのことだ。
すなわち、魔法を使ってもいいし泳いでもいい。
できるのなら、水の中を歩いてもいいということだ。
ほとんどの出場者は魔法を使うのだろうが――
「まあ、うちのメンバーだと唯一船っぽいの作れそうなのってレインよね」
「え、僕?」
「そうね。あたしは炎の魔法がメインだし……」
「聖属性にもそういう類のものはありませんね」
「私とセンは魔法についてはダメだからな。レイン、船みたいなものは作れるか?」
「き、急に言われても……」
相変わらず、レインは魔力のコントロールに関してはまだ満足にできていない。
それに、何かを作り出す類の魔法は、今のレインにとってはもっともコントロールの難しいものだった。
だが、センはレインの肩を掴んで揺らす。
「大丈夫よ! 箱みたいなのでもわたし達なら乗っていられるから! 氷塊でもいいから!」
「わ、分かったから揺らすな! あと触るな!」
「なによ、レイン。触られるの嫌なの?」
にやりと笑うセンに、レインは一歩後退りをする。
間違いなく触りまくる気――
「ほらほら、お姉さんと戯れましょう?」
「や、やめろ!」
ガッとセンと手を握り合い、力勝負に持ち込むことになるレイン。
そして速攻で負けて抱きつかれることになった。
「ちょ、ほ、本当にやめてって……!」
「いいじゃない。女同士なんだから」
「僕は男だ!」
「その設定まだ引っ張る?」
「設定じゃない!」
紅天のメンバーの中で、唯一気付いていないのは未だにエリィだけだった。
そして、レインについてはシトリアとリースにしか気付かれていないと思っている。
ある意味、センが一番楽しめる状態なのであった。
「一先ずレイン、何か作ってみてくれ」
「わ、分かった」
何とかセンを引きはがして、レインは魔法を発動する。
単純に氷で造形を作り出す魔法――ゴーレムのように自律行動をする必要もないものだ。
簡素な物を作り出すだけでいいのだが、レインの目の前に現れたのは十数メートルにもなる巨大な氷の船だった。
「うわ、何だあの大きさ……!?」
「レース場に入らないだろ!」
(ぐっ、仕方ないだろ……コントロールが難しいんだから!)
会場からそんな声が聞こえ、無駄に目立ってしまうレイン。
紅天のメンバーもレインがこういう物を作ってくるとは予想していたようで、
「あたしが少し溶かすわ」
「じゃあわたしは良い感じになるように削ろうかなー」
「私も手伝おう」
「レインさん、大丈夫ですよ」
「……うん、ありがとう」
唯一励ましてくれたシトリアにお礼を言って、レインはその場で体育座りをして待機する。
レース開始までには、何とかそれ相応の大きさの船に改良されるのだった。