8.《紅天》のメンバー
荷物は完全にまとまったわけではないが、紅天のメンバーに紹介するとのことでレインはその拠点までやってきた。
町の北側、現在は四人のメンバーでパーティを組んでいるという紅天の拠点は、一言で言うならば普通の宿のようだった。
木造建築の二階建て――実際、四人で住むというのなら大きくはある。
リースがわざわざ迎えに来て、レインをここまで案内してくれた。
「ところでレイン、何でフードを被っているんだ?」
「いや、特に意味はないけど……」
「だったらいらないだろう」
「あ、ちょっと……!」
バサッとフードが取られてしまう。
特徴的な銀髪が露わになり、レインは恥ずかしそうに頬を染めた。
「なんだ、緊張でもしているのか? 心配するな、大体いい奴らだから」
「べ、別に緊張はしてない」
緊張ではなく、この状態で見られることがそもそも恥ずかしかった。
レインはこの姿になってからまともに人に見られていない。
隠す理由はもちろんばれないようにするためだったが、まともに視線を向けられるとなぜか恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
(落ち着け、僕。堂々としていれば問題ない)
軽く深呼吸をして一歩前に踏み出す。
そして、ローブの先を踏んで転びそうになるのを、またリースに支えられた。
「君、転ぶこと多くない?」
「……っ! そ、そんなことないよ」
「私だけでもう三回も見ているんだが……ローブのサイズが合ってないんじゃないか?」
そう言ってリースはペラペラとローブをめくろうとする。
「め、めくるなっ!」
「いちいち転ばれたらこっちの方が心配になるんだよ。やっぱり少し長いかな」
「いいからっ! 今度新しいの買うからっ!」
出鼻からすでに冷静な状態を保てなくなりつつ、リースに連れられてようやく中に入る。
さすが女性だけ住んでいるというだけあって中は綺麗――というほどではなく、割と生活感にあふれていた。
ただ女の子っぽいものではなく、剣や盾――鎧といった明らかに冒険者用のものが多かった。
「さ、こっちだ」
そのまま一階の右側の部屋へと案内される。
リースが扉をあけると、そこには三人の女性がいた。
レイン自身、紅天のメンバーについてはそれなりには知っている。
それぞれが実力者だからだ。
「私の紹介は不要かな。まず順番にいこうか」
紅天のリーダーはリース。
使用する得物は槍で近距離から中距離の戦闘を可能にする。
魔法はあまり得意ではないらしいが、ワイバーン戦でも見せた空中での戦いのように、かなりの敏捷性を持つ。
Aランクの冒険者としてこの町でも上位の冒険者だ。
「ふふっ、お姉さんの名前はセンよ、よろしくね!」
ひらひらと手を振って笑顔で挨拶するのは黒髪の女性。
見た目からは想像つかないが、紅天に所属するSランクの冒険者であり、《剣姫》と呼ばれている。
凛とした顔立ちをしていて、同じ女性からもかなり人気がある――という話も聞いたことはあるが、こうして会ってみるとかなりフレンドリーな性格をしている。
リースと同じく魔法は得意ではないらしいが、ある程度までなら使えるらしい。
『お姉さん』と自称しているが、確か年齢はかなり若かったはず。
「私はシトリア。よろしくお願いしますね」
おっとりとした口調の翡翠色の髪の女性は、《聖属性》という《光属性》の上位互換と呼ばれる魔法を使用できる上級の魔導師で、Aランクの冒険者だ。
これについては才能であるとしか言えないが、光のさらに上である聖属性の魔法は攻撃特化ではなく、魔法への耐性を強めたり、あるいは呪いに対しての抵抗力をあげたりする補助魔法が多いらしい。
レインは表立って相談することはできないが、彼女ならばひょっとしたら自身にかかっている魔道具の効果を消せるのではないか、と少し期待していた。
何より優しげな表情が心を落ち着かせてくれる。
「さて、それともう一人――」
「リース! あたしは許可しないと言ったはずなのだけど!」
開口一番――紹介ではなく噛みつくように声を荒げたのは、リースと同じく赤い髪を後ろで結んだ少女、Bランクの魔導師のエリィだった。
どちらかといえばAランク寄りの冒険者とも呼ばれており、本来の実力でいえばレインより上になる。
炎を扱う魔導師であり、噂によると確か――
「エリィ、実のお姉さんを呼び捨てにするのは感心しないわ」
「そうだぞ、お姉ちゃんと呼べ」
「この場でそういう話はいいでしょ!」
リースとセンの言葉にも怒りの声をあげる。
エリィはリースの妹だった。
紅天は元々、この姉妹が始めたパーティらしい。
そのうちの一人、エリィには明らかに歓迎されていない雰囲気だった。
「大体、紅天は男はいれないっていうルールだったじゃない」
リースは全員から許可を取ったわけじゃなかったのだろうか。
レインはちらりとリースの方を見ると、ため息をついて肩をすくめていた。
「いいじゃないか、どう見ても女の子だろ?」
「ガバガバすぎでしょ!?」
うんうんと頷くレイン。
今、レインには一つの考えが浮かぶ。
このままエリィが拒否してくれればパーティに入らなくても済むのではないか、と。
後々シトリアには個人的に話に行けばいいだけだ。
「他の二人は嫌じゃないの?」
「強い子はお姉さん好きよ」
「私も特には……受け入れてみないと分かりませんよ?」
「ぐぬぬっ」
「ほら、エリィだけだぞ」
悔しそうな顔をするエリィに対し、諭すように言うリース。
どちらかというと友好的な三人に対し、エリィだけはレインがパーティに入ることを認めたくないらしい。
「とにかく! あたしは認めないから」
そう言ってそのままエリィは部屋から出て行ってしまう。
何とも言えない空気がその場に流れた。
レインはこほん、と咳払いをすると、
「エリィも嫌がっているようだし、無理なら別にパーティに入らなくても――」
「君は、私のパーティに入る約束をしたじゃないか」
「いやぁ、妹さんも嫌がってるなら……? やめたほうが――」
「そういう、や、く、そ、く、だぞ?」
「ひゃい……」
ぐっと肩を掴まれて、思わず返事をしてしまう。
約束というか契約というか、基本的にはレインに拒否権はなかった。
どうやらパーティの他の者にもレインが男であることや、そもそも入る経緯については伝えていないらしい。
その方が助かるのは事実だが、やはりパーティに入ることは避けられないようだ。
「ま、あの子はこのパーティで攻撃に特化した魔導師だったから、君の実力に嫉妬しているんだよ」
「町中のあの攻撃魔法には感動していましたしね」
攻撃魔法――それはおそらく、レインが使った防御魔法のことだ。
あまりの威力に攻撃だったと勘違いされているらしい。
レインも苦笑いするしかない。
「そうね、エリィもまだまだ子供だわ」
困ったような顔をするリースに対し、なぜか少し嬉しそうなセン。
そんな二人に対して、場の空気を取りなすように、シトリアが手を叩いた。
「はい、そういうわけでレインさんを迎えたのですし、とりあえずエリィさんのことは忘れて歓迎会といきませんか?」
「ああ、そうするか」
「えっ、エリィは置いていって大丈夫なの?」
歓迎される身の自分で言うのもなんだと思ったが、少し心配になってしまった。
それに対して、センが答える。
「大丈夫よ、むしろAランク以上しかいない方がもっといいところいけそうだから」
(歓迎会でランクが関係あるの……? 嫌な予感しかしないんだけど……)
センの言葉に、《歓迎会》という名の別の何かであることをすぐに直感させられてしまうレインであった。