77.更衣室での牽制
男子更衣室にいたのは筋肉質だが、何故か化粧をした男だった。
それも、着ている水着はかなりギリギリのブーメラン。
さすがのレインの顔が引きつる。
何故か身体を見せつけるようなポーズをしながら、マクスはレインを挑発する。
「何か言うことはないのかしら? それとも、アタシには勝てないと理解したのかしら」
「え、いや、あの……」
(とりあえず出て行ってほしい、とは言えない……)
レインの身体は女の子のまま――男子更衣室を利用する人間は誰もいないと思っていたから油断していた。
さらにインパクトのありすぎるキャラに遭遇してしまったレインは、思わずその場で動けずにいる。
「はっきりと言ったらどうなの?」
「ひっ……」
ズイッとマクスがレインとの距離を詰める。
レインはそもそも身長の高い方ではない。
見上げるくらいの差があるマクスに、レインは怯えた声を漏らす。
何と言うか、威圧感が凄かった。
レインを敵視してもいるようで、レインからしてみればどれも思ってもみたいことだ。
そんな時、男子更衣室の扉が開かれる。
「レイン! 着替えは終わったかしら――って、あら?」
入ってきたのは、まだ着替えすら終えていないセンだった。
どう見ても、レインの着替えの途中を狙って侵入してきたとしか思えない。
その後ろからリースもやってくる。
「セン、いい加減しないか。レインのことも少しは考えて……ん?」
「レ、レインが変態に襲われてる!?」
「失礼ね! アタシのどこが変態だって言うのよ!?」
「いや、見た目とか色々……」
「なにぃ?」
「な、何でもない!」
レインもセンに同調して思わず呟いてしまったが、マクスに睨みつけられてすぐに黙る。
センとリースがやってきてくれたことはありがたいくらいだったが、センの発言を受けて一触即発の雰囲気になってしまう。
「あなた……《紅天》のセン、ね。戦闘狂で有名なあなたが、まさか水着大会に出てくるとはねぇ」
「んー、わたしって戦闘狂ってイメージあるのかしら」
(むしろそれしかないよ! あといじめっ子!)
心の中でマクスに同調しながらレインが突っ込む。
Sランクの冒険者であるセンのことを知らない者の方が少ないだろう。
マクスという男は、レインのことも知っているほどだ。
レインのことについては、何か執着めいたものを感じるが。
「君はマクス・ザシャールか。まさか君も水着大会に……?」
「その通りよ。ふふっ、レインも《紅天》のメンバーだものね。あなた達全員――アタシがぶちのめしてあげるわ」
「ふふっ、そういう発言は嫌いではないわよ? わたしに勝てると思っているなら、まだそれは少し夢見がちだと思うけど」
「言ってくれるじゃないの……!」
(え、水着大会だよね……?)
――何故、こんな血の気の多いことになってしまうのか。
「でも、レイン……まずはあなたからよ」
「いや、僕は別に……」
「楽しみにしているわよッ!」
「ひっ……」
大きな声で凄まれて、またしてもレインは圧される。
そのままマクスは男子更衣室から出ていった。
その場に残されたのはレインを含めた紅天のメンバーだ。
「マクスか……レイン以外にも男子更衣室を利用する者がいたとは」
「そうね。着替えてなくて良かったわね」
「べ、別に着替えても問題ないけど……!? お、男同士だし……」
「またまた強がって! あんな変態の目の前で着替えたらレインも変態よ?」
「何でよ!?」
レインまで変態呼ばわりされる筋合いはなかった。
マクスはかなり独特な雰囲気を漂わせているが――一応冒険者だ。
それも、Aランクの冒険者であり、少なくとも以前のレインよりは高い実力を持っている。
確かに、筋骨隆々な身体付きでありながら乙女を名乗る男がいるという話も、レインは聞いたことがあった。
「それにしてもダメよ、レイン。あんなのに威圧されて負けちゃ」
「し、仕方ないだろ……いきなり目の当たりにしたら誰だって動揺するよ」
「わたしはそうでもなかったけど」
「君はそういうタイプだからな。まあ、少なくとも彼はそれなりの実力者だ。警戒はした方がいいだろう」
「そうね。ふふっ、楽しくなってきたわ」
「いや、何でみんなそんなに血の気が多いのさ……。い、一応水着を評価する大会、なんだよね?」
レインの言葉を聞いて、センは小さくため息をつく。
「レイン、あなた忘れてない? ただ見せるだけだったのは最初だけ。今回もきっと、見せる以外に色々なことが行われるわ。姉さんがただ水着を見せるだけの大会に全てを賭けてくるわけないもの。それはあなたも分かってるんじゃない?」
「そ、それは……」
フレメアが勝負を挑むということは――絶対の自信を持つ戦いということになる。
それも、真っ当に勝負をしかけてくるか分からない。
フレメアという人物を、レインはよく理解している。
下手をすれば、水着大会に参加する前にレインを動けない状態にするなんてことも平然とやるような人だとレインは思っていた。
ここまで何もしてこなかったからこそ、レインは忘れていた。
この水着大会の勝負を提案したのはフレメアなのだ――一切の油断をしてはならない。
「うん、その通りだった。僕も油断してたよ」
「あら、珍しく素直ね。じゃあ素直ついでに早く着替えて行きましょう?」
「そうだな。レイン、私とセンが見張っているから早く着替えると良い」
「見張るって……え、そこにいるの?」
「そりゃそうでしょ。早く着替えてね」
「いや、もう一人で大丈夫だから!」
「今更恥ずかしがるな、レイン。君の裸はすでに見慣れているから」
「み、見慣れてるって!?」
「言葉通りでしょ」
リースの言葉にレインが突っ込みを入れたが、即座に返ってきたのはセンのそんな言葉だった。
そんなことはないはず――とまったく否定できないレインは、センとリースを更衣室から追い出すまでにおよそ五分もかかる。
その後、着替えを覗きに再びセンが突っ込んできたのは言うまでもないことだった。