74.決闘の日まで
「さて、一先ずは魔物の部位を手に入れることもできましたが……」
「問題はここから、ということね」
シトリアとエリィがちらりとレインの方を見る。
再び四体に分裂した猫の氷像が、しっかりレインの身体を隠していた。
猫の氷像全員がレインの方向を向いていることだけが気になるが。
レインは現状、胸のさらしも結局脱がされてドロドロになり、ローブについても先の戦い――もとい、レインは裸になるまではほぼほぼ戦っていなかったのだが、とにかく失ってしまった。
俯き加減でレインは抗議する。
「こ、今回は無理! このまま帰るのは絶対無理だから!」
「何故ですか? いつも帰っているじゃないですか」
「あ、あれはリースが無理やり……ぼ、僕だって裸で帰りたいわけじゃにゃい!」
「気持ちは分かる――分からないわ」
「はやっ!? と、とにかくどうにかにゃらにゃいかにゃ!」
「……? なんて?」
レインも自分で言っていて何を言っているか分からなかったが、「ならないかな」と言っている。
もはや『な』がつく言葉が連呼するだけで聞きとりづらいものだった。
「そう言われると思いまして、今回は準備しておきました」
「え、本当に……?」
シトリアが懐から取り出したのは、一個の白い物――よくレインも胸に使うものであり、そして今さっき失ったものだった。
「包帯……?」
「そうですね。これでレインさんの胸は隠せます」
「む、胸だけ……!? 下の方だって――」
「下もこうすれば隠せるのでは?」
こうすれば、と言ってシトリアは下の方に包帯を垂らす。
何となく嫌な予感はしつつも、レインは問い返した。
「それって包帯を、下に巻くってこと?」
「上手くやれば下着のようになるかもしれません」
「……無理だよ、それは!」
あながち無理ではないのでは、とレイン自身も思ってしまった。
ただ、シトリアの持っている包帯の長さを考えると胸を隠すだけでも結構消費してしまう。
一応、隠せるという点ではありがたいので早速付けてみるが――
(こ、これ見えてない……?)
レイン自身からは上手く確認できない。
かといって、人に見てもらうには心もとなすぎた。
シトリアにはもう見られているからいいというわけではない。
そもそも人としての尊厳の問題だった。
「どうですか、レインさん?」
「ダ、ダメっぽい」
「……と、いうことはいける可能性があると?」
「無理!」
「ぽい」や「かも」はいけるという判断になってしまうあたり、シトリアも紅天のメンバーだと言えるだろう。
だが、今の状況ではレインは帰りたくなかった。
「まあ、こうなると思ってあたしも一応持ってきたけど……レイン対策」
「え、エリィも?」
まさかのエリィも持ってきているという。
対策と言われるのはレインにとって心外ではあったが。
エリィが懐から取り出したのは――包帯だった。
「いやおにゃじにゃの!?」
「被るとは思わなかったわ……っていうか、あんた用に服とか持ってくるわけもないでしょ。あんたが準備しなさいよ」
「そ、それは分かってるけど……」
「まあ仮にレインさんが替えの服を用意したとして、今の状況で持っているとは思えませんが」
「そう言われるとそうね……」
まったくもって否定できない話だった。
レインは今何も持っていない状態にある。
服もなければ荷物もない――これが町の外に出てからはかなりの高確率で発生しているのだからそう言われても仕方ない。
「もう包帯だけで我慢しなさいよ。胸隠して下も隠せるでしょ」
「さ、さすがに包帯だけって言うのは……」
「いつものレインさんなら裸なんですから、まだましな方だと思いましょう!」
「全然フォローににゃってにゃい!」
しかし、いくら抗議しようとも状況は変わらない。
レインの代わりの服は用意できないという以上――レインは一先ずシトリアとエリィからもらった包帯で大事なところを隠すことにした。
一本よりも二本、あるだけましというところだろうか。
尻尾のところに包帯が当たるとむずがゆい感覚がする。
どうしてこんな目に合っているかと言えば、原因はレイン自身にあるので誰に怒ることもできない話だ。
「い、一応巻いたけど……」
「どうですか?」
「分かんにゃい」
「一応確認してみますか」
ちらりとシトリアが猫の隙間からレインの様子を確認する。
胸の部分と下半身のところに包帯を巻いて、様子を見るようにレインがシトリアに確認する。
「ど、どう?」
「……何と言うか、逆にエロい感じがします」
「エロ……!?」
「すみません、センさんがいないので代わりに言っておきました」
「言わにゃくていいよ!」
「じゃああたしがセンの代わりに煽ってあげるわ。男らしくないわよ、レイン」
「ぐっ、お、男らしいかどうかは関係にゃい!」
「にゃあにゃあ言いながら包帯で身体隠してたら世話ないわ」
はあ、とため息をつくエリィ。
リースやセンがいない分、レインの駄々がかろうじて通っている状態ではある。
だが、いつまでも二人を待たせるわけにも行かない。
素材の一部を猫の氷像達に任せて帰ることになるが、レインも半裸よりも脱げた状態で町に帰ることにはなる。
(耳と尻尾も隠せてないし……!)
レインの見られて困る物は、頭と腰にも生えている状態だった。
仮にこのまま帰れば、今度は猫耳と尻尾を生やして半裸というとんでもない格好で町中に戻ることにはなる。
「分かりました。また町の前で服を買ってくるということで、町まではその格好で我慢していただく方向にしましょう」
「そうね。それしかなさそうだわ」
「ま、町まで……?」
「それも嫌だって言ったら引ん剥いて連れてくわよ」
「い、言わにゃい! それでいいから!」
あくまでシトリアとエリィが妥協してくれた――という点を留意しなければならない。
当然のごとく、町に戻るまでに数人以上にレインの姿は目撃されることになるが、それはもう避けられない運命だった。
***
「慌てていると思ったから何事かと思ったけれど、思った通り面白いことになっていたのね」
レイン達の動向を、離れたところから見ていたフレメアはそう呟いた。
フレメアにとって、この毒の湿地を抜けることではない。
今も、《水竜》に乗る形で、フレメアはくつろぐようにしていた。
「ここまで来たのなら話に行ったらどうだ?」
フレメアの隣に立つエイナが言う。
フレメアはくすりと笑うと、
「会ってどうにかなるものじゃないから。随分と嫌われたものね」
そう言いながらも楽しそうな姿のフレメアに、エイナが苦笑する。
フレメアという人物はどこまでも、そういう人なのだ。
「嫌われた者同士、ということだな」
「エイナ、あなたはこんなところに来ていいの? あなたこそ、センと話でもしてきたら?」
「私とセンの間に話は必要ない。次の戦いで決めるのだからな」
「それは私も同じよ。決闘における正式な果たし合いとでも言うべきかしら。レインはああ見えて負けず嫌いだけど、勝負ごとに負けたら従うっていう面はあるのよ。面白い性格だと思わない?」
「面白いかどうかはとにかく……難儀な性格だな」
それはレインに対してと同時に、フレメアに対して向けた言葉でもあった。
そこまで分かっていて逃げられるということは、よほどフレメアの修行がきつかったのか――
「ま、その前に死なれても困ると思ったのだけれど、一先ずは大丈夫そうね」
「一応はしっかり心配していたのだな」
「ふふっ、言ったでしょう? 死なれては困るの。何のためにここまで来たと思っているの?」
にやりと笑うフレメア。
フレメア望む決闘の日まで、あとわずかだ。
次で第二部終わりくらいですかね。
決闘の日=水着大会という真面目なようで不真面目な展開ですねぇ!