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71.最強の猫の氷像

 何とか触手から脱出したレインだったが、ある意味追い詰められた状況は変わらなかった。

 レインが扱えるのは猫の氷像のみ。

 そして、ほぼ全裸の状態――前に出れば、シトリアだけでなくエリィに見られてしまう。

 だから、レインはそっと猫の氷像の陰に隠れることにした。


(一先ずここで様子を見よう……!)

「にゃーん?」

「にゃ、にゃんでもないから! ……というか、やっぱりおかしいよ! 僕さっき普通の猫の言ってること分かったのに、にゃんで君の言ってることが分からにゃいのか――え、まさか……?」


 レインはそこまで言って、察した。

 この猫の氷像は先ほどからレインに対してプラスになることをしてこない。

 むしろ、レインを恥ずかしめようとする傾向にある。

 レインの魔法であるにも拘らず、だ。


「『にゃーん』って喋ってるだろ……!?」

「……」


 レインの問いかけに、猫の氷像は沈黙する。


(ぐっ、しらばっくれる気か……)


 しかし、猫の氷像を動かすには結局レインが下手に出るしかない。

 つまり、猫の氷像が望むことをレインがするしかなかった。

 それ以外は命の危機に瀕したときにしか、レインを助けてくれないのだ。


(ま、まあでも二人がいるから大丈夫かな……)


 レインは前方の状況を確認する。

 レインが触手から脱出する間にも、戦況は変化していた。

 エリィが展開するイフリートが守りを、そして鎧を着たシトリアが虎の魔物を追い詰めるように動いていた。


「……」


 手に持った槍を構えると、シトリアはそれを投擲する。

 飛翔する槍は、パァンと大きな音を立ててさらに加速する。

 魔力を噴射するように加速する。


「敵が速く動くのであれば、それに追いつけるだけ加速すればいい――それだけです」


 シトリアは冷静に、そう言い放つ。

 虎の魔物が地面を蹴り、左へと跳ぶ。

 それに合わせて、エリィが指示を出す。


「イフリート!」


 その名を呼ぶと、エリィの意思に応じてイフリートは動きだす。

 イフリートの右腕に炎が集中し、それを解き放つ。

 渦を巻いた炎はそのまま、虎の魔物に向かっていく。

 だが、虎の魔物の動きは速い。

 イフリートの炎に気付くと、着地と同時にさらに左へと跳ぼうとする。


「逃がしません」


 それよりも早く動いていたのは、シトリアだった。

 シトリアが放った槍は、虎の魔物から見てわずかに右側に向けられていた。

 必然的に、虎の魔物は左側へと避けるように誘導させられていた。

 シトリアは槍を放つと、虎の魔物の動きに合わせて動いていた。

 シトリアが放った槍はシトリアのいる方角へと向かうようになっている。

 飛んできた槍をシトリアは掴むと、その槍を思いっきり虎の魔物の足へと突き刺す。


「シュ――」


 空気が抜けるような鳴き声が周囲に響く。


(な、リース――いや、センと同じような動きを……!?)


 レインが驚愕に満ちた表情でその戦い方を見る。

 シトリアが前線を担当する以上、二人に見合う実力があるのかもしれないと思っていたが、その動きはセンに近いものであった。

 得物自体はリースと同じく槍なのだが、動きや武器の扱い方がセンに近い。

 虎の魔物の足に突き刺さった槍が抜けることはなく、むしろ突き刺さった後に槍のサイズは太く、そして長くなった。

 シトリアが魔力で作り出した槍だからこそ、サイズも自在なのだ。

 動きを封じられた虎の魔物は、イフリートが放った螺旋状の炎に包まれると――それはイフリートを包み込み、巨大な爆炎となった。

 ゴウッと周辺を炎が包み込む。

 レインは猫の氷像の後ろに隠れながら、その戦いを見守る。


(や、やっぱりすごい威力だ……。けど、シトリアは――)

「お見事です、エリィさん」


 虎の魔物と共に爆炎に包まれたシトリアは、そう言いながら炎の中から出てくる。

 無傷――あれだけの炎に包まれながらも、シトリアの鎧は炎によるダメージを見せなかった。

 シトリアの横には、虎の魔物の焦げた足に、一本の槍が突き刺さった状態だった。

 虎の魔物は足を残して跡形もなく吹き飛んだ――一見すればそう見えるだろう。


「……さすがにやるわね」

「え?」


 エリィの言葉に、レインが驚く。

 シトリアが見据えていたのは、遥か左方――右前足を失った虎の魔物だった。


「自切のようなものでしょうか。通常の魔物が持つものではありませんが……」

「フシュウウウ……」


 虎の魔物が大きく息を吐く。

 すると、地面が大きく揺れ始めた。

 ドンッ、ドンッと次々と地面から触手が出現する。

 虎の魔物の前方に現れたのは、本体は大きな楕円形で、そこから首が八つに分かれる魔物――《ヤマタビル》だった。


「キュゥルウウウウウウウウウ」

「……っ」


 耳をつんざくような声が響き渡り、レインは思わず耳を塞ぐ。

 主に、猫耳の方だ。

 ヤマタビル――レインも知っている魔物だった。

 遥か昔にはその見た目と強さからドラゴンと勘違いされていたという、A級の魔物だ。


(あれが本体……後ろの魔物はヤマタビルよりも強いってことか……!)


 魔物の《級》の評価と冒険者の《ランク》の評価は匹敵する。

 そこに、何人の冒険者が必要になってくるか、という指標も出るのだ。

 ヤマタビルに必要なAランクの冒険者の数は五人以上と言われる――ここにいるのAランクの冒険者は、シトリア一人だった。

《紅天》に所属する冒険者達は高い実力を持っている。

 けれど、今の人数であの二体を相手するのは困難だった。

 それでも、シトリアとエリィは怯むことはない。


「二体二――丁度いい感じになりましたね」

「はあ……正直、あと数分ももたないんだけど?」

「ではあと数分以内に決着を付けましょう。レインさんは後ろに下がっていてください」

「え――」


 レインの答えを聞く前に、二人が動いた。

 だが、エリィのイフリートは長時間持たない。

 すでに身体の炎が少しずつ消え始めている。

 シトリアの鎧も、白銀の輝きが空中へと舞い始めている。

 それは、鎧が消えようとしている前兆だった。

 このまま戦っても二人は負ける――そう予感させた。


「《白蛇の光》!」

「イフリート!」


 二人がそれぞれ魔法を放つが、ヤマタビルにすら防がれてしまう。

 もう残された時間もわずかだった。


(ぼ、僕は……)


 レインにできることは、猫の氷像を作り出すこと。

 だが、本当はそれだけではない。

 あることをすれば、この猫の氷像はレインの望む動きをしてくれる。

 しかし、それはレインにとって屈辱的なことでもあった。

 それでも――


「にゃ、にゃん……」

「!」


 猫の氷像に向かって、レインはその声を発した。

 できる限りの猫撫で声に、わざわざ手招きポーズまで加えた姿勢――顔を真っ赤にしてまでそれをやり遂げたのは、プライドを捨てても二人に協力するためだった。


(も、元々僕が原因なんだし……こ、これくらいなんともない……!)


 涙目になりながらも、その屈辱的なことをやりきったレインに対し――猫の氷像は応えた。


「にゃーん!」


 猫の氷像が雄叫びを上げると同時に、駆け出した。

 シトリアとエリィに迫るヤマタビルの首を、綺麗に切り落とす。

 どんな見た目であれ、どんな性格をしていたとして――レインの魔力によって生み出されたその猫の氷像はエリィのイフリートの熱にすら耐えうる力を持っている。

 ――地上最強の、猫の氷像なのだ。


「これは……」

「レインの……!?」


 シトリアとエリィが驚きの声を上げる。


「ここからは、僕が相手だ――って、こっちは見ないで!?」


 せめて格好よく決めようとしたレインだったが、ほぼ全裸であることに変わりはない。

 猫の氷像を見て驚いたシトリアとエリィの二人が、後方に待機するレインの方を見たために、しゃがんで全てを隠す羽目になってしまう。

 二体の魔物との最終決戦に、ようやく女の子になったことで手に入れた、《最強の力》を振るうときが来たのだった。

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