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68.《聖なる騎士》と《炎の魔神》と《役立たず》

 ゴウッという音と主に、燃え盛る火の巨人が目の前に現れる。

《イフリート》――以前にもエリィが使用していた火属性の上級魔法。

 エリィはBランクの冒険者ではあるけれど、このレベルの魔法を使えるとなればもはやAランクと言っても差し支えないだろう。

 虎の魔物――そう呼称してもよいかは怪しいが、イフリートはそれに相対した。

 毒の霧を噴射する魔物など見たこともない。

 この《毒の湿地》自体、人が訪れることがほとんどない。

 だからこそ、見かけることがなかったのかもしれないが。


「レインさんといるとこういう新種によく会う気がしますが、これもレインさんの運がないからでしょうか」

「僕のせいにゃの!?」

「実際、あり得なくはない気がするわ……」

「そ、そんにゃことにゃい!」


 レインは否定するが、何となくレインもそんな気がしていた。

 そして、この状況においてもっとも危険なこと――それはレインが役に立たないということだった。

《猫の氷像》しか作れないなど、魔導師としては致命的だ。

 そもそも、どういう原理で猫の氷像が出来上がるのか分からない。

 レイン自身ただでさえ魔力のコントロールができていない。

 その状態でさらに猫化という奇妙な状態に置かれたのだ。

 何が起こってもおかしくはなかった。


「一先ず、レインさんはその場から動かないでください。私とエリィさんで対応します」

「で、でも……」

「そこの猫で戦うつもり!? あんたは下がってなさい」


 足手まとい認定されたレインは、そのままイフリートに守られる形になる。

 レインの作り出した猫の氷像達はイフリートの炎に晒されて無残にも溶けて――


(あれ……溶けてない?)


 それは予想外のことだった。

 招き猫ポーズや毛づくろいポーズを取っている猫の氷像達は、炎の近くでも溶けることなく佇んでいる。


(な、何で溶けないんだ……?)


 レインのそんな疑問をよそに、イフリートが動き始める。

 炎の巨人は大きな腕を振り上げる。

 それに対し、地面を蹴るのは虎の魔物。

 大きさに反してその速度はかなりのもので、即座にイフリートの背後に回る。

 ピタリ、とイフリートの動きが止まった。

 あくまで、あの大きな巨人を動かしているのはエリィなのだ。

 当然、エリィが後ろを取られたからこそ攻撃することを止めた。


「……速いわね」

「はい。そして、中々に賢いようです」


 虎の魔物が近づいてこない理由――それは、エリィのイフリートがいるからではない。

 おそらくあのレベルの魔物ならば隙をつけばイフリートを消滅させるくらいの攻撃を行えるだろう。

 それをしないのは、シトリアの《結界》が発動しているからだった。


「《不可侵の光域》。この結界を展開している限り、下手にあの魔物は中には入って来ないでしょう」

「それってどういう結界にゃの……?」

「この結界内に入ったものに苦痛を与える――そういう魔法です。すでにいる人間には影響ありませんが、結界を警戒してこちらへと向かってこないようです」

「え、痛み!?」


 レインは息を飲む。

 レイン達も結界内にいる状態にあるのだ。

 当然、話だけ聞けばそれを警戒する。

 シトリアの「始めからいれば問題ありません」という言葉で一先ず安心だったが。

 それでも、虎の魔物が警戒状態で近づいてこないというラッキーな状態が続いているだけで、はっきり言ってしまえば不利な状況には変わらなかった。

 ズズズ、とイフリートが虎の魔物と向き合う。

 再びエリィが指示すれば、イフリートは動き出して攻撃をするだろう。

 だが、あの魔物は間違いなく回避する。

 イフリートの速度では魔物には追いつけないのだ。


「イフリートを使いながら足止めするのはちょっときついわね……」

「分かっています。あまり長い時間使えないでしょうし、レインさんも役立たず――ではなく、戦えない状態ですので」

「さらりとひどい事言った……!?」


 シトリアは定期的に毒舌になる。

 だが、シトリアの言いたいことも分からなくはない。

 元々ここに来た根本の理由はレインにあり、そのレインが戦えないのなら毒の一つも吐きたくはなるだろう。

 そんなシトリアでも、こうして前線に出てきたからには戦う意思があるということだった。


「顕現せよ、光の審判――」


 シトリアが詠唱を始める。

 虎の魔物が動こうとすれば、イフリートが牽制をする。

 追いつけないとはいえ、向こうが仕掛けてくればカウンターを当てることは十分に可能だ。

 エリィはそれを狙っている。


「シュウウウウ……」


 空気が抜けるようなうめき声が周囲に響く。

 レインはこの状況を見守ることしかできていなかったが、気になっているのは溶けない猫の氷像だった。

 レインの氷の魔法――それは、レインの想像を超える威力を常に発揮してきた。

 今も、ある意味では想像を超える結果になっているのだが、果たして意味もなく猫の氷像になるのだろうか、と。


(……っていうか、意味もなかったら本当に僕の存在価値がないだけになってしまう……!)


 無駄に負けず嫌いなところのあるレインの悪いところが出ているだけでもあった。

 そんな中、詠唱を終えたシトリアが前に出る。

 ガシャンッ、と周囲に響くのは金属音。

 そこに立っていたのは、スラリとした白銀の鎧の騎士。

 イフリートと同じようにシトリアが召喚したのだろうか――そうレインは思ったが、近くにシトリアの姿がない。


「あれ、シトリアは?」

「何言ってんの、そこにいるでしょ」

「え?」

「はい、ここにいますよ」


 響くようなシトリアの声がそこにはあった。

 白銀の騎士――それがシトリア自身だったのだ。


「は――ええええ!? そ、それがシトリアにゃの!?」

「ええ、滅多に使わないのですが、これも聖属性の魔法の一つです。《聖鎧重装(ライト・ヘビィ・アーマー)》と言いまして、魔力の塊で作り出した鎧なので……まあ早い話消費が激しいわけです」

「そ、そうにゃんだ……」


 シトリアの言葉通り、レインから見てもその鎧が発する魔力は尋常ではなかった。

 それこそ、エリィの操るイフリートに匹敵――否、それを超えるレベルの魔力を感じさせる。

《紅天》のメンバーは、リースとセンという前線において優秀な二人組がいるからこそ、あまり目立つことはなかった。

 けれど、シトリアは前から近接戦争も得意な節があった。

 いや、彼女はどちらもこなせるオールラウンダーのような存在なのかもしれない。

 いざという時は、こうして前線で戦うこともできるのだ。


「さて、私がこうなった以上、あまり時間はかけられません。エリィさん、行きましょうか」

「いいわ、シトリア。あんたに合わせる」


 レインの前に二人は立つ。

 どこまでも守られる立場になっていることにやや納得のいかないレインではあったが、今回は下手な目にはこれ以上あわなそうだと心の中でレインは思い始めていた。

 強力な魔物達が狙うのはいつだって――美味しそうな魔力を持つ者だという点を忘れてはならない。

 虎の魔物は様子見をしているのではなく、気付かれないように行動をしていたのだ。

 レインの足元には、すでにスラリとしたモノが忍び寄っていた。

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