66.毒の生者
《毒の湿地》――以前シトリアと来た時とまったく変わっていない。
汚染された大地に生物という生物はおらず、適応できた固有の植物がいくつか生えているのが見える。
この奥地には非常に高い効能を持つ薬草もあるのだが、今回の目的はこの湿地でも生息する事ができる魔物の捜索だった。
「エリィさんには私の結界を付与します」
「ありがと。これで一先ずは安心ね」
「僕はにゃくてもいいんだっけ」
「そうですね。レインさんは毒に対しての高い耐性を持っているので」
「それなのに猫耳と尻尾は生えるわけ?」
「そ、そう言われても……」
「レインさんの身体――もといレインさんの持つ耐性はあくまでレインさんにとって毒と判断されるものだと考えられます。つまり、猫耳や尻尾はレインさんにとって毒ではないという事ですね」
何とも言い難い説明だったが、シトリアの言う通りなのだろう。
猫耳と尻尾――これが生えたくらいでレインの生活に支障はない。
まったくないというには語弊はある。
触られるには敏感すぎるし、「な」と言えない状況は続いている。
レインにとってはデメリットしかない状態だ。
(早く魔物を探さないと……!)
レインは足早に湿地へと踏み込むが、スッとシトリアに手を掴まれて引き戻された。
「え?」
「レインさん、先行するのは待ってください」
「ど、どうして?」
「説明する必要ある? あんたの運のなさはあんたがよく分かってるでしょ」
「そ、それは……」
エリィとシトリアだけではない。
紅天のパーティメンバーには、すでにレインの運がこの世のものとは思えないほど低レベルだと認識されている。
レイン自身もとことん不運な状態が続いているのは分かっている。
それも、全て女の子になってしまってからだった。
「私とエリィさんが先行するので、レインさんは後ろからついてくる形でお願いします」
「……分かった。にゃんかごめん」
「別にいいわ。むしろ変な事に巻き込まれる方が疲れるし」
「すでに変な事に巻き込まれていると突っ込んでほしいのですか?」
「うっ」
地味に辛辣なシトリアの言葉を受けながら、レインは先行する二人の後ろに付いていく事にする。
ただ、湿地は霧が深いところはあるが、数メートル先までは視認する事ができる。
目で見るだけでも魔物がいない事は分かってしまう。
レインの探知魔法を使えばさらに広範囲まで知る事もできるかもしれないが、広いところではあまり効力を発揮しない。
「やはり魔物は少ない――というかほとんどいませんね」
「この辺りってむしろ魔物はいるの?」
「一応、アンデッド系列の魔物を見かける事はありますが」
「アンデッドじゃダメにゃの?」
「そもそも毒の耐性がなくアンデッドになってしまったという事を考えれば、素材にするにはやや心もとないと思います。――というか、アンデッドはあまり素材に適さないですね。単純に身体の毒です」
「毒……」
「レインさんも耐性はありますが、直接体内に入れれば影響はあるかと思いますよ。腹痛くらいは」
「それってほとんど影響ないんじゃない? あたし達だったらもっとひどい事になるでしょ」
「三日くらいトイレにこもるかもしれないですね」
「にゃおる可能性があるにゃらそれでも構わにゃいけど……」
背に腹は代えられないとはまさにこの状況だろう。
レイン自身――男に戻るために失敗して今の状況になってしまっているのだが。
レイン達は湿地の中を進むが、めぼしい魔物は見当たらない。
スライムのような液体系の魔物に出くわす事はあった。
「スライムはダメにゃのかな……」
「スライムはそもそも毒など効かないタイプの魔物ですから」
「身体が水だしね。まあ、煎じて飲んでみるのはありかもよ」
「……っ」
「いや、悩まないでよ。冗談だから」
「僕は真剣に悩んでいるんだ……!」
「レインさん、焦る気持ちは分かりますが――あっ、また足元にスライムが」
「え? あ、ちょ!?」
先ほどから定期的にレインはスライムに絡まれていた。
本来スライムは人が近づくと、すぐに反応する。
だから踏むような事も起こらないのだが――何故かレインは反応の遅いスライムを踏み抜いていた。
結果としてレインの足元で動き始めたスライムがレインに襲い掛かるという状況がすでに三回発生している。
最初の一回以降――シトリアとエリィの反応も早くなり、早々に魔法でスライムを排除する事には成功している。
「――」
「ふぅ、レインの身体に張り付いたスライムを燃やすのも慣れてきたわ」
「無駄な技術の向上ですね」
「にゃんで僕ばかり……」
毒の湿地に住まうスライムがレインに張り付いたところで、レインにダメージを与える事はない。
ただ、一定の問題は生じるわけで。
「……大分はだけてきましたね」
「み、見にゃいでくれる?」
「男の裸見ても嬉しくないんだけど」
「! エリィさんはそっち方面の趣味があったんですね」
「なっ、そういう意味じゃない!」
シトリアの言葉に吠えるように怒るエリィだったが、レインはそれどころではなかった。
毒の湿地のスライムは身体に毒を持つが、その毒は当然湿地を越える事ができるレインには効かない。
いくら張り付いたところで、レインにダメージを与える事はできないのだ。
あえて言うのなら不快感を与える事ができるくらいなのだが、相変わらずレインの着ている服は別だ。
またしても買ったばかりのローブはすでに破け始め、中の服まで微妙に溶かされている。
すでにへそあたりは見えている上に、耳を隠すためのフードも破けている。
尻尾の周囲にも気付けばスライムが張り付いているために、腰の部分もやや溶け始めていた。
――早い話、半裸の状態である。
「溶けない服ってこの世に存在しにゃいのかにゃ……」
「そういうのを作る研究で儲けるのはありかもしれないですね」
「レインの歩く速度も少し遅くなってきたわね」
「ご、ごめん」
はだけた部分を隠すようにするとどうしても歩くのが遅くなる――気がつくと、シトリアは前にいるがエリィはレインの後ろにつくようになっていた。
その視線は、レインの腰の部分に向けられている。
「その、あんまり見られると……」
「いや、尻尾の付け根ってどういう風になっているのか気になるでしょ?」
「っ! そ、そういうところは見にゃいで!」
「エリィさん、発言がセンさんと被っていますよ」
「なっ!? あたしをあの変態と一緒にしないで!」
「あの変態って……」
実際間違ってはいないとレインも心の中で思ってしまう。
おそらくグロッキーになっているだろうセンは紅天の拠点で絶賛寝込み中だ。
今頃は戻ったリースが世話をしているのかもしれないが。
素面の状態で今のレインを見たら、耳も尻尾も触り放題だった可能性もある。
そう考えるだけで恐ろしい――見ているだけ、という意味では明らかにエリィはましな方だった。
「とにかく! あたしはあの変態とは違うから」
「わ、分かったから」
「お二人とも……変態の話はその辺りまでに。気配を感じませんか?」
何故か変態の話をしている事になっているが、シトリアの言葉を聞いてレインとエリィも構える。
気付けば周囲は濃い霧に包まれているが――その気配は感じ取れた。
毒に冒された湿地に、レイン達以外の《生者》が現れたのだ。
漢字の部分はにゃにすると文章がやばいので漢字のままにしています。