64.マタタビ
「ね、猫カフェ……!?」
レインは思わず店内を確認する。
そこには男女問わず、席に座った人達が猫を愛でていた。
森の中で見かけるような魔物の類ではなく、普通の猫を扱っているようだ。
(な、何でこんな時に――って、別に動揺する事もないか……っ)
一瞬、自身が置かれている状況を考えて動揺してしまったレインだったが、特に慌てる必要などない事に気付く。
レインはあくまで猫耳と尻尾が生えているからだ。
自身の状況的に『猫』という言葉に敏感に反応してしまっていた。
「また随分可愛らしい姉ちゃんがきたもんだな」
「え?」
そんな男らしい声が聞こえたのは、エリィの方向からだった。
「どうしたの?」
「いや、今声が聞こえた気が……」
「銀髪の姉ちゃん、俺と遊んでいかねえか」
「あっ」
そんな声と共に、ピョンッとエリィの下から跳ねてレインの胸元へと飛び込んでくる猫。
灰色の毛並みを持つ猫はそのままスリスリとレインに顔をすり寄せる。
「えっ? ま、まさか……」
レインは驚いた表情で猫を見る。
本来ならば鳴き声しか聞こえないはずなのに――猫の声がレインには分かってしまっていたのだ。
(な、何だよ、その無駄な副効果は……!)
人によって喜ばしい事なのかもしれないが、今のレインにとっては嬉しい事でもない。
猫に擦り寄られて嬉しいという気持ちよりも、エリィを連れて早く行かなければという方が勝っていた。
「エ、エリィ。くつろいでいるところ悪いんだけど……」
「いいわ……レインが意外と猫に好かれるタイプなのには驚いたけれど、あたしだって猫を呼び寄せるアイテムくらい持ってるんだから」
何を勘違いしたのか、エリィはそう言うと懐から謎の棒を取り出した。
ふわふわとした動きをするそれは、先端が微妙に膨らんでいる。
「それって……」
「マタタビ草の効果を持つ道具よ。これを揺らすと――」
「うおおおっ、マタタビじゃねえか!」
猫は興奮した声で話す。
レインの胸元から猫がピョンッと跳ねてエリィの下へと戻っていく。
猫はそのまま、マタタビをピコピコと叩き始めた。
マタタビの効果というのはすごいものだ――そう思わざるを得ないのは、レインも体感する事になるからだ。
「ふふん、どう? これを使うと猫はもうメロメロに――って聞いてる?」
「う、うん。き、聞いてるよ……?」
レインはそう言いながらも必死に視線を逸らしていた。
動く物自体に身体が反応してしまう――レインはそう思っていたが、実際には違う。
レインの身体が反応していたのは、エリィの持つマタタビ草の匂いを持つ道具の効果だ。
その匂いに身体が反応してしまっている。
人間の身体でマタタビに酔うという状態を体験していたのだった。
本来ならば、そういう効果があるというのは魔導師としては《研究成果》としても喜ばれる事柄の一つだ。
けれど、そんな事はレインにとって重要ではない。
否応にも反応してしまう状態を何とか抑えようとしていた。
「ちょっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫だから……! マタタビ一旦止めて」
「え、マタタビ?」
エリィは心配そうな表情をしながらも、マタタビをピコピコと動かしていた。
それにレインも反応してしまうのだ。
状態としては――酒に酔った状態に近い。
(ま、まずい……頭がクラクラする。マタタビって猫が酔った状態になるっていうけれど……僕もそうなってるって事……?)
まだかろうじてそんな判断ができるレインだったが、いつたかが外れてしまうか分からない。
そうなってしまえばレイン自身、猫耳尻尾が生えている事を気にしなくなってしまうだろう。
それだけは何としても避けなくてはならない。
レインはスッとエリィの対面に座る。
そして、深呼吸をして今起きている事態を伝える事にした。
「エリィ……その、くつろいでいるところ本当に悪いんだけど、一緒に来てもらってもいい?」
「真面目な顔をしてどうしたのよ」
「緊急事態だから」
「緊急事態だと、マタタビに手を出すものなの?」
「へ――」
エリィに指摘されて、レインも気がついた。
無意識のうちに、レインはマタタビに手を伸ばしていた。
猫とマタタビの取り合いを始めようとしていたのだ。
「にゃっ!? ち、違うんだ……!」
「にゃ……? ちょっとレイン、いくら猫カフェだからってそんな猫真似――」
「ね、猫真似じゃにゃくて……!」
遂に墓穴を掘ったレイン。
またしても『な』が言えずに『にゃ』となってしまう。
話す必要が増えるほど、レインは口を滑らせてしまうリスクが増えるのだった。
「猫真似するならもう少しクオリティを上げなさいよ」
(ま、まさかのダメ出し……!?)
レインがただ猫真似をし始めただけだとエリィは勘違いしたらしい。
実際ありがたいところではあるのだが、そういう風に捉えられるのもレインにとっては不本意だった。
「猫真似をしているわけじゃ……」
「ならどうしたのよ? さっきから変じゃない」
「そ、それが――」
ここでレインは周囲を確認しながら、小声で状況を説明する。
レインが自身の作った薬の効果によって、猫耳と尻尾が生えているという事実。
そして、『な』が言えない状況など、レインが置かれている事について説明した。
エリィはそれをひとしきり聞き終えると、
「あんた……大体そういう問題ばっかりじゃない?」
「僕も好きでそういう事にゃってるんじゃにゃくて……」
「まあ、戻る手伝いしろって言うのならやるけど」
シトリアの言う通り、エリィはやはり戻るためには頼りになる存在だった。
「あ、ありがとう――って、ど、どうしてマタタビ動かしてるの?」
「うん? 何となく」
レインの説明を聞いたばかりだというのに、いたずらっぽい笑みを浮かべてふりふりとマタタビを動かす。
レインの身体が思わず反応して手を動かしそうになる。
「ちょ、ちょっと一旦ストップ……!」
「面白いからもうちょっとだけ」
人の反応を見て楽しんでいる――エリィにもセンのような悪魔を垣間見てしまうのだった。




