62.そういう関係
「へ、平気だよ」
「そうか? 二人はこれから出掛けるようだが……あまり無理はしないようにな」
そんな風に優しく、リースは声をかけてくれる。
センという悪魔から逃れたと思えば、次なる刺客はすぐそこまで来ていた。
リース――このパーティにおいては常識人だとレインは思っている。
だが、先ほどシトリアが言っていた事で、警戒心が少し強まっていた。
フードによって表情もまともに見えないはずなのに、リースはレインの体調が悪そうだと察知した。
センによって尻尾をこねくり回されたのが原因なのだが。
「リースさんも……もう帰って来られたのですか?」
「ん、ああ。ギルドの方に仕事の依頼を確認しに行っただけだからな。まあ、来週には水着大会があるから大きな依頼はなかったが――あ、そうだ。レイン、君にいくつか依頼が来ているそうじゃないか」
「あっ、そ、それは……」
レインが隠そうとしていた依頼の件が、早々にリースに漏れている。
その事実にレインは焦ったが、今はそれどころではない。
シトリアがレインを庇うように前に出る。
今のレインはローブによっていつものように顔を隠しているが、シトリアもまた警戒している。
センもそうだったが、リースもAランクの冒険者――
「ところでレイン、頭の部分に何か着けているのか?」
「……っ!」
それくらいの事にはすぐに気付かれてしまう。
動揺しているレインに対して、代わりにシトリアが対応する。
「髪にリボンを着けているんです」
「えっ!?」
シトリアの言葉に驚きの声を上げたのはレインだった。
レインがそんな事をするはずもない――だが、リースは納得したように頷く。
「レインにそんな少女趣味があったとは驚いた」
「い、いや――」
「髪が少し伸びすぎてしまったみたいなので、これから切りにいくんですよ。邪魔だと言うので結んであげたんです」
レインの言葉を遮るようにシトリアが答えた。
それを聞いて、レインはハッとする。
短絡的に答えてしまうところだったが、今はとにかくレインの猫耳と尻尾を隠すのが重要だった。
「なんだ、そういう事か。確かに、少し伸びてきたとは思っていたが」
「はい。私もせっかくなので切りに行こうかと」
「それなら庭先でいいんじゃないのか?」
「たまには外でもいいと思いまして」
自然な形でシトリアが受け答えしてくれている。
レインも安心した様子で、シトリアの後ろに隠れていた。
このままならリースは上手く切り抜けられそうだった。
「では、私とレインさんはこれで」
「ああ」
「さ、レインさん。行きましょうか」
「うん」
スッと交差するようにシトリアとレインはリースの横を通り過ぎていき――
「ん? レイン、腰の部分なんか動いているぞ」
「えっ!?」
猫耳の方にばかり気を取られていたが、尻尾の方も気を着けるべきだった。
準備してすぐに出たために、野放しだった尻尾はローブの中で動いている。
レインが意図的に動かしているわけではなかったが、極度の緊張から安心感を得た事によって尻尾もまたレインの気持ちを表すように動いていた。
「こ、これは――にゃんでもにゃいよ!」
「ん?」
「あっ」
「……レインさん」
リースが少し驚いた表情でレインを見る中、シトリアの視線もまた痛い。
話し方については気を付けるべき事だったが、「な」を言わずに話せというのも難しい。
レインの動揺を表すように、尻尾はまた動いている。
「本当に大丈夫か? 猫の真似みたいな事をし出すなんて……」
「だ、大丈夫だって!」
「いや、でも腰のところにも何か――」
「リースさん! レインさんの腰は……何でしょうね?」
(諦めるの!?)
さすがのシトリアも腰の部分が動く事については言い訳が思いつかなかったらしい。
だが、シトリアがリースの前に立つと、背中に手を回して指をくいくいっと動かしている。
シトリアがリースを足止めしている隙に行け、という事だろう。
レインもそれを理解してジリジリと後方へと下がり、
「――わっ!?」
案の定転んだ。
「いたたっ……」
「レイン、大丈夫――っ!」
リースがレインの方を見る。
転んだ拍子に、ローブがずれて猫耳が丸見えになる。
しかも後ろに転んだため、開いた股の間からも白い尻尾が見えてしまっていた。
シトリアが頭に手を当てて、小さくため息をついた。
「レインさん……」
「わ、わざとじゃにゃくて……!」
レインはすぐにローブを着直すが、すでにリースには見られてしまっている。
レインが怯えた様子でリースの方を見ると、リースは少し考えるような表情をしてから、
「そういう事か」
そう言って、シトリアの肩をポンッと叩く。
何かに納得したような表情をしていた。
「リ、リース。これはね――」
「いや、私も理解ある方だ。わざわざ説明しなくても大丈夫さ」
リースはそう笑顔で答える。
シトリアの言っていた事を聞いて、見境のないようなタイプなのかと思ったが、別に普通の反応だった。
気になるのは、「理解ある方」という言葉だが。
(理解あるって……え? 僕が猫耳と尻尾着けてる事が趣味だと思われてるって事!?)
当然、レインからすればそう解釈する事になる。
慌ててレインは否定する。
「い、いや! 本当に違うんだって! こ、これは――そう! この前のメイド服みたいにゃもので……!」
「ふっ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。よく似合っているし、可愛いと思うぞ」
「っ! 可愛いとか言うにゃ!」
「ノリノリじゃないか」
「ち、違う!」
「これはですね――まあそういう事です」
「諦めにゃいでよ!?」
シトリアもどうにか言い訳を考えてくれているようだったが、やがて面倒になったのか流れに身を任せ始めてしまった。
猫耳と尻尾を着けて、何故かそれを隠して出掛ける――リースにも隠してシトリアと二人きりで。
そんな事をしていたら、リースからすれば考える事は一つだった。
「そういうプレイは程々にな。二人がそういう関係だった事には驚きだが」
「プレイ!? そんにゃ事してにゃいよ!?」
レインが真っ赤な顔で否定するが、「な」が「にゃ」になっていてはノリノリだと思われても仕方ない。
そんなレインにリースが近づいてくる。
「いや、今の君は正直言ってかなり可愛いと思うよ。やはり、君は女性として振る舞うべきだ」
「にゃっ!? ぼ、僕は――」
「男だと言いたいのは分かる。けれど、そう言い張る割には誘うような事をするじゃないか」
「さ、誘ってにゃんか……」
「私ならいつでもウェルカムだよ」
近い距離でそんな風に言うリースに、レインはすっかりペースを握られてしまう。
吐息のかかる距離で、何故かレインは緊張してしまう。
その影響で、尻尾もまたよく動いていた。
リースはスッと、腰の部分で動く尻尾に手を当てる。
実に自然な動きで反応できなかった。
「それにしても、動く尻尾というのはまた珍しいものを着けているな」
「あっ、ま、待って……!」
「……ああ、そういう事か」
軽く触っただけでリースはパッと手を放してくれた。
この辺りは優しい――
「入れるタイプの奴か」
「にゃにそれ!?」
どんどんよく分からない方向に勘違いされている――レインの必死の言い訳も虚しく、リースは何故かいつになくかっこいい表情で、
「ま、二人で楽しんで来るといいさ」
そう言い残して、リースは家の中へと入っていった。
取り残されたリースとシトリアが向き合う。
「……正直に話した方がよかったかもしれないですね」
「今更!?」
隠そうとした結果、ただ勘違いされて終わってしまうという何とも悲惨な結果だった。