6.パーティへの加入
「……はあ」
ギルドの内部にある応対室に通された。
個別に依頼などをするときに通される場所であり、冒険者がここに入ることは滅多にない。
コップに注がれたコーヒーを飲んでは置いてを繰り返し、レインは落ち着かない様子だった。
内容が『ギルド再登録の件について』なのだから、当然だ。
結局正体を隠してギルドに登録しようとしたことがばれてしまった。
ワイバーン討伐に関する報酬が支払われているところを見ると、いきなり責められるということではなさそうだが。
もう仮面は付けていない。
目深にフードをかぶってここまで歩いてやってきた。
やはりちらちらとこちらを見てくる者はいたが、それでも話しかけてこようとする者はいない。
酒場でよく会う連中だったら話しかけてきたかもしれないが、彼らは基本的にこの時間は迷宮か魔物の狩りにでかけて、夜に戻ってくる。
実際、レインもそういう生活を送っていたわけだ。
ここ最近は酒場にもいけていない。
本当は酒でも飲んで何もかも忘れたい気持ちなのだが――
「お待たせしました」
やってきたのはリリと、その後ろからリースがやってきた。
どうやら二人だけらしい。
ギルドの正式な書簡が送られてきたので、もっと上の人がやってくるかと思っていた。
「さて、それではお話を聞かせていただこうと思いますが」
「あの、ギルドの正式な呼び出し、だよね?」
「いや、そう呼ばないと来ないかもって思って」
答えたのはリースだった。
この二人だけしか来ないというのはつまり、呼び出した理由は手紙の内容通りなのだろうが。
「な、騙したのか!」
レインが立ちあがる。
リリがそれを制止するように、
「あなたが冒険者を二重登録しようとした疑惑――すでに確信ですが、リースさんからの申し出により私が調整してこの場にとどめました。その事実をあの場で確認していたのは私とリースさんだけでしたので。報告をすれば私よりも上の方がやってきますよ?」
淡々とそう告げるリリに、レインも大人しく席に着く。
真面目そうに見えたから、すぐにそういうことは報告するものだと思っていた。
けれど、少しは融通の利く性格らしい。
あるいはその隣にいるリースがそれだけの影響力を持っているのか。
「きちんと説明してもらう、と言っただろう。理由も聞かずに報告というのは待ってもらった」
「私もあなたのBランク冒険者としての実力も知っています。ですが、先のワイバーン襲撃の戦闘力はその比ではありませんでした」
「そ、それは……」
「まず一つ目、実力は隠されていたという認識であっていますか?」
「あれ、女の子だった方の言及では?」
「リースさんは少し黙っていてください」
そんなコントのような会話を繰り広げる二人。
リリは真面目にレインがそれだけの実力者だったかを聞きたいらしく、リースは女の子であったことをなぜ隠していたのかを言及したいらしい。
ちなみにどちらも間違っている。
レインは元々男だったし、実力もBランクの認識で間違っていない。
すべてあの魔道具が原因だった。
ただ、それを正直に話せば――
(二重登録どころか遺物の無断売買まで見つかったら、さすがに資格のはく奪くらいまでいっちゃうかな……)
レインはできるだけ自然な形になるように、質問に答えることにした。
「実力を隠していた、というのはイエスとなるかな」
「そうですか。それについては理由をお聞きしても?」
「理由というか、ただあまり目立つのは苦手だっただけで……」
「ああ、たしかにあまりパーティとか組みたがらないな。性格の問題か」
「そんな感じ、かな」
隠していたことは別に問題とはならない。
そういったところだ。
ただ、問題となるのは次の質問だった。
「では二つ目――なぜ、正体を隠してもう一度登録をしようと?」
「そ、それは……いや、それも同じ理由だよ。目立ちたくなかった、それだけだよ」
一応、事実ではある。
あまり接点のない人間からは気付かないかもしれないが、普段から会っている人間からすればその違和感はぬぐえない。
明らかに女の子っぽくなっているのだから。
まだ男だと言い張ればギリギリいけなくもない――レインはそう考えていたが、リースにがすぐにばれてしまった。
「そういう理由で二重登録をするのは正直、褒められたものではありませんね」
「うっ、ごめん……」
リリの言うことは正しい。
レインも謝るしかない。
はあ、と小さくため息をつきながらエリは続ける。
「ですが、ワイバーン討伐の件ははっきり言ってあなたがいなければ被害は大きくなっていた可能性も高いです。ですので、この件に関しては未遂でもありますので、不問とすることにします」
「え、いいのか?」
「まあ、もうレインは魔導師としてはかなりの有名人になってしまったから、隠す必要もなくなっただろう」
町中で噂されている、Sクラス冒険者に匹敵する魔導師――レイン。
それはもう揺るがない事実だった。
レインももう広まってしまったものは諦めている。
「ただ、不問にするのに一つの条件を受けてもらうことになります」
「……条件?」
「うちのパーティで君を管理することになった」
「え、紅天に……?」
要するに、不問にはするが監視はするということだろう。
つまり、不問になった理由についてはリースがパーティに受け入れて見張るから許すというような裏取引が行われていた。
これについてはレインにも拒否権はないが――
「ぼ、僕は男だって言っただろう」
「いやいや、以前に見た時はそうだなと納得したが、今の君は私から見れば間違いなく女の子だよ。どうして前は気付けなかったのかな」
「んー、確かに女の子っぽくなりましたね。本人が言い張っていれば男に見えなくもない?」
「だ、だから僕は男だって――」
「どれどれ」
すっとリースが身を乗り出して、レインの胸元を引っ張る。
そのまま胸の部分を確認しようとしたのだ。
「っ!? い、いいいきなり、何するんだよ!」
「胸元見れば分かると思ったけど、さらしも巻いているんだな」
「リースさん、デリカシーがないですよ」
「まあまあ。言い張るのは本人の自由だが、紅天に入る条件は満たしているよ。それとも、女の子だってばれたくない理由でもあるのかな?」
リースの問いに、レインは頷いた。
元々男だったのだから、急に受け入れろと言う方が無理な話だ。
「……そうだよ、悪いか?」
「別に悪くはない。君を男としてパーティに入れることも可能だ」
「え? そ、そうなの?」
「当然だろう。だって、パーティのリーダーは私だよ?」
「あっ」
それを失念していた。
パーティのリーダーであるリースが受け入れる条件を表向きには男として受け入れたとすれば特に問題はない。
そこまでして入れたいというのは、やはり魔導師としての実力を買ってのことだろう。
そもそも、元々の実力でも誘われるくらいではあったのだから。
「で、でも、そんな女の子しか入れないっていうルールを設けていたからには理由があるんじゃ?」
「いや? 私は女の子が好きなだけだよ」
そんなド直球な理由を迷いなく言えるリースを、レインは逆に尊敬してしまった。
リリはそれを聞いて、また小さくため息をついた。
こうして、ギルドへの二重登録疑惑は紅天のリーダーであるリースが責任をもってレインを監視するという名目で不問となった。