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57.素材探しのために

 無事――ではないが、何とかレインの水着の選定は終了した。

 げんなりした表情なのは、散々センと水着の着替えで争ったからだった。


「はあ……そもそもどうしてこんな事に」


 それは間違いなくレインの自己責任なのだが、レインが心配すべき事柄は多すぎた。

 そもそも、男を名乗っていたとしても今のレインが水着を着て出場すればばれる危険性があった。

 むしろ、セン達からは間違いなく水着が脱げるという節の話をされていた。


「油断しなければそんな事は起こり得ない、はずだ……」


 レインはそう考えているが、それは実に安直な考えだった。

 現実、今までの事を考えるとローブすら着ていない状態でレインの水着が脱げる可能性は確実に近かった。


(そもそもおかしくないか……そんなに脱げるなんて)


 今更ながら、レインは最近の不幸を疑問に思う。

 何もないところでこけるだけならまだしも、そこまで服が脱げるのもおかしい。

 町中を歩きながら、レインは考えた。

 いくら考えようと――《不幸》という半ば状態異常に近い事態である事は、それとなく察してはいるが確証はなかった。


「……気晴らしに何か依頼でも探してこようかな」


 くよくよしても仕方ない事だが、レインにも息抜きは必要だった。

 紅天のパーティメンバーは基本的には良い人ではあるが、主にセンというレインをいじりたがる存在がネックになっていた。

 何かあるたびにレインにちょっかいを出してくるため、ある意味二人で行動するのは一番厄介な相手だった。

 今も、半ば喧嘩別れのような状態でレインは一人行動しているわけだが、きっとセンは気にしていないだろう。

 そう考えてしまうのも、きっと紅天のパーティに馴染み始めたという事だ。

 だが、ここでレインはピタリと足を止める。


(パーティに馴染んでどうるすんだ……っ!)


 ここでレインは、自身のしなければならない事を思い出す。

 それは、男に戻るという事。

 フレメアに相談しても実験材料に使われそうだったが、気晴らしどころかむしろ本当にやるべき事はそれだった。

 元に戻って、以前のように余生を楽に暮らすための努力をする――それがレインの目標だった。

 そこに辿りつくハードルはもはや高すぎて超えるよりもくぐった方が早い状態だったが、レインにとってハードルをくぐるというのはつまり、今の状態を受け入れる事に等しい。

 それはできない――とレインは再び決心する。


「素材集め……そうだ。薬を作るための素材だっ」


 以前はお肌がつやつやになるだけの薬を製造してしまったが――レインも魔導師だ。

 フレメアに実験させるのは嫌だが、自身が元に戻るための努力はする。

 レインはそう決心すると、早速一人で町の外へと向かう。

 北部の森は――レイン一人では危険すぎるため向かう事はできない。

 だが、南部の方は別だ。

 遠回りすれば、そのまま別の町に辿りつく事ができるため、森には用がない限り入る事はない。

 それほど強い魔物も出る事のない森――《ケケール》の森がそこにはあった。

 至極個人的な理由で向かうつもりだったが、レインは一応そこで受けられる依頼も探してギルドへと立ち寄った。


「あ、レインさん。ちょうどいいところにいらっしゃいましたね」


 そこで声をかけられたのは、地味にレインが女の子であるという事実を知っているパーティメンバー以外の人物――リリだった。

 パーティに加入して以来、仕事に関しては特にリースが受けてくるためにレインがここに来る事は少なくなっていった。

 あるとすれば、併設されている酒場にやってくるくらいだ。


「僕に何か用が?」

「実はレインさん指名での依頼がいくつかあって……」

「僕の指名? え、そんなのきてるのか」


 特に名の知れた冒険者ならば、よくある事ではあった。

 個人に対しての依頼というのは、その人物の実力がある程度分かっていなければ来る事はない。

 だが、ここ最近のレインは不本意ながらその活躍は色んな意味で広がっていた。

 よく裸になる魔導師、というのがレインの評価だけではない。

 ワイバーンの群れの討伐からS級相当のアラクネの討伐――さらに新種の魔物の討伐など、どれもレインが活躍した部分が大きい。

 ゆえに、それだけの実力者に頼みたいという者も出てくるわけだ。

 もちろん、それ相応の報酬も出るのだが――


「一応、こういう感じなんですが」

「……これは」


 どれもこれも、レインの身の丈に合わないような依頼ばかりだった。

 A級超えの魔物の素材の依頼から、Sランクの冒険者が複数人いないと攻略できないとされる迷宮での傭兵依頼など――早い話、引き受ければ命がいくつあっても足りなさそうな依頼ばかりだった。

 報酬も目に見えて大きなものばかりだが、さすがのレインもこれにはおいそれと受けると言うわけにもいかない。


(うぅ、いくらお金がもらえるって言ってもこれは……ん?)


 ただ、その中にも誰でも受けられそうな依頼はあった。

 ちょうど《ケケール》の森に棲む《ボルト・ホーン》という大きな角を持つ魔物の角がほしい、という依頼だった。

 依頼の難易度はレインでも問題なくこなせるレベルで、なおかつ目的地――さらに依頼達成料もなかなかにいいものであった。


(こ、これだけもらえるなら受けてもいいかな)

「とりあえず、これは受けてもいいかな。後は、リース達と相談して決めるよ」

「そういう事なら、私の方からも話をさせていただきますね」

「い、いや……僕の方から話しておくよ」

「そうですか? 分かりました」

(リース達は絶対危険なのも受けようとするからな……隠しておかないと)


 レインは一先ず、自身に対しての依頼の件を伏せておくことにした。

 後々ばれる事になるのだが――今のレインの目的は、お金もそれなりにもらえる依頼を達成しつつ、元に戻るための薬を作る事にあった。

 ギルドで依頼を受けたレインは、ここ最近では珍しく一人で行動する事になった。


   ***


「うぅ、なんでこうなるんだ……」


 森の中で――レインはすでに満身創痍だった。

 元々Bランクの冒険者だったレインにとって、この森を攻略する事はそれほど難しくはない。

 ましてや、今はSランク相当の実力者に並ぶ魔導師――この森は最高でもCランク相当の魔物しか出ない比較的安全な場所であった。

 だが、レインのローブは破け、すでに身体にはべたつく何かが付着している。

 森に入ってからわずか十数分――レインは早々にスライムに絡まれた。

 通常、スライムに苦戦する冒険者はいない。

 誰でも倒せる液体タイプの魔物であり、レインが以前迷宮で出会ったような特異な個体でもない限り問題ないはずだった。

 純粋にレインが油断していたというのもあるが、上からスライムが降ってくるなど早々ある事ではない。

 いきなりスライムに絡まれたと思えば、スライムを好んで食べる《スライム・ウルフ》と呼ばれる魔物に舐めまわされ、何とか逃げ出したレインは木の幹に躓いて足をくじいた。

 ふらふらと立ち上がって手をついたつもりが、スライムのぬめり気でそのまま崖から滑り落ち、あちこち服が破けた状態で今に至る。

 あわよくば魔力のコントロールの練習でもしようか、というレインの考えなどすでに霧散してしまっている。

 むしろ、目的である魔物の討伐や素材集めすらもやりたくないくらいには、レインはもう戦意喪失していた。

 傍から見れば、レインが誰かに襲われたのではないか、と勘違いされるような姿になってしまっている。


「不運度が上がっている気がする……」


 認めたくはないが、ここ最近は本当に運がない。

 指摘されるたびにそれを認めないレインであったが、認めざるを得ない。

 ――レインは運がないのだ。

 それも女の子になってからというもの、本当に不運が続いている。


「くそっ、僕が何をしたっていうんだ……」


 そんな悪態をつきながら、レインはふらふらと立ち上がる。

 実際、この話をしても紅天のメンバーは「あぁ……」と納得してしまうくらいには、レインの運の悪さは知られている。


「はあ、帰ろうかな」


 果たして無事に帰れるかどうかも怪しいが、レインはそんな事も考え始めていた。

 さすがに今日は運がなさすぎる――そんな気がした。

 これ以上一人で進むとさらにひどい目に会うかもしれない。

 木に背中を預けながら、レインは空を見上げた。

 これから水着大会などという、もはや男の尊厳など存在しない大会にまで出なければならない。

 負ければレインはフレメアの奴隷――とまではいかないかもしれないが、いややはりいくかもしれないが、今思うと抱えている問題は非常に大きかった。

 大会に出なければ、そもそもフレメアに負けた事になる。

 仮に大会に出て勝ったとしても、今の不運度を考えると――考えたくはないがレインも思う。

 水着大会で水着が脱げるのではないか、と。


「……どうしよう、逃げようかな」


 遂に思いつくのは最終手段――大会前に逃亡するという事。

 一番稼げる場所から離れる事もデメリットとして大きかったが、さらに紅天も裏切る事になる。


(……まあ、別にいい、か? いいのか……?)


 そこを迷ってしまうくらいにはレインは根性なしだった。

 短い間とはいえ一緒に依頼をこなしてきた仲間であるセンの今後もかかった戦いもある。

 だが、センについては詳細も一切分からない。

 そんな状態で協力体制を敷くのも難しい話だった。

 ――平たく言うと、今のレインはかなりビビりな性格をしている。


「よしっ」


 レインがある決意を固めようとした瞬間、がさりと近くの草木が揺れた。

 ビクッとレインが反応する。

 だが、そこから出てきたのは一人の女性だった。


「……ん、君はレイン、だったか?」

「あ、センの姉の……」

「エイナだ。こんなところで――って、随分ボロボロだな!? なんだ、まさか誰かに襲われて……」

「い、いや、違うからっ」


 案の定勘違いされたレインだったが、偶然にも森の中でエイナと遭遇した。

 当然その場で近くにフレメアがいないかと警戒したが、どうやらエイナは一人らしい。

 一先ず安心したレインは、不幸中の幸いというべきか、エイナに保護された形となった。

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