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56.水着選びという名の苦行

 レイン以外の四人は集まって、話を始めていた。

 内容は当然――決闘の舞台となる水着大会についてだ。


「さて、当然全員出るという方向だと思うけど」

「え……あたしも?」

「それはそう――いや、でもいいかも」

「どういう意味!?」

「私も少し遠慮したいですが……」

「いやいや、リースとシトリアは必須よ」


 プロポーションで言えば上位二人が圧倒的で、センは身長は低いが胸はそれなりだ。

 残念さで言えばエリィとレインといったところだが、幸い二人とも別のベクトルで攻める事はできる。

 問題はレインだった。

 部屋に引きこもったまま出てこない。

 水着を買いに行こうとセンが提案したところ、絶対に嫌だと駄々をこね始めてしまった。


「どのみち避けられないっていうのにね」

「だから、レインは男なのにどうするのよ? いくら女の子っぽいって言っても無理があるんじゃ?」

「……いいか、エリィ。レインがよく裸になるのは目にするだろう」

「よく目にするって言っていいのか分からないけど、まあ……」

「上と下を隠したレインは一見するともう女の子とも言える」

「そう言われると、そうね」


 現実――レインは女の子なわけだが、ここにいるメンバーでまだ知らないのはエリィだけだった。

 レインの意思をくみ取り、リースとシトリアは話さず、センは面白がって言っていない。


「つまり、水着の選択次第ではレインさんでも問題ない、と」

「いや……それはどうなの? だって、水着大会でしょ?」

「ふふっ、そこはきちんと確認してあるわ。別に男が出る事に問題がある記載はなかったもの」

「いや、それは出る奴がいないからじゃ……」

「男は男で《筋肉祭》とかいう謎の祭りがあるからな。だが、規約通りならばレインでも問題はない」

「まあ、そうなのかもしれないけど……」


 レイン達が参加する予定の決闘の舞台――水着大会は毎年開催されている。

 これは主に水着審査を中心に行われているが、実のところ様々な競技も昨今は取り入れられている。

 前回は武道会にも近しいものが開かれ、盛り上がりを見せていた。

 今回もそれに近いものになる可能性は高いが、


「どのみち水着は必要なわけだから……レイン! 早く買いに行きましょうよ!」

「……」


 センが問いかけても、レインは出てくる気配はない。

 今回ばかりは中々に頑なだった。


「はあ、レインったら男らしくないわ」

「……」

「水着を買いに行くのも嫌がるなんて、女の子よりも女の子なんじゃないの!」

「……っ」


 どんっと扉を叩く音がした。

 センの挑発に乗って飛び出してくるかと思ったが、今回のレインはなかなかにしぶとい。

 酔ったレインが勢いに任せて受けたのが最大の原因なのだが、それも相まって自暴自棄になっているようだ。

 ただでさえ追い詰められた状況のレインが、精神的に参ってしまっても仕方ない状態と言える。

 だが、そんな事を気にするセンではなく――


「もう、いつまで拗ねてるのよ」

「なっ、む、無理やり開けるなっ」


 ガチャガチャとドアノブを回すと、扉の向こうで抵抗するレインの声が聞こえる。

 センは見た目に反して、それなりに怪力でもある。

 無理やりドアノブを回して、ドンッとドアをこじ開けた。

 そこにいたのは――半裸のレインだった。


「あら……」

「だ、だから開けるなって言っただろ!」


 顔を真っ赤にして言うレインに、センはにやりと笑う。

 レインはどうやら、鏡に向かってひたすらにどういう水着にするか思考していたらしい。

 つまり――レイン自身も覚悟はできているという事だ。


「意外と乗り気なんじゃないの」

「ち、ちが、違うっ!」

「何が違うの?」

「……乗り気じゃない、けどっ! もう、やるしかないから……」


 一応は迷ったらしい。

 だが、レインに残された道は一つ――水着大会でフレメアに勝つしかなかった。

 実のところ、レインにはもう一つの道もあるのだが、それが失敗に終われば間違いなくレインの人生は終わる。

 だからこそ、フレメアに勝利する必要があった。

 半裸のレインを部屋から引っ張り出すと、


「そんな妄想するより実際に付けた方がいいわよ!」

「ば、服を着てから! 着てからにして!」

「なんだ、結構乗り気なんだな」

「違うっ!」


 半裸で出てきたレインを見て、リースがそんな事を呟く。

 エリィはレインの様子を見て、うぅんと小さな声で唸る。


「確かに……こうやって見ると男とは思えないわね」

「……っ! そ、そんな事ないよ」

「ふ、ふふっ」

「わ、笑うな!」


 エリィとレインの関係を楽しんでいるように笑うセン。

 センの優れた動体視力は――裸になった瞬間のレインすらも捉える。

 センは初めからレインが女の子である事に気付いていたが、実のところレインにはまだ直接見たとは言っていない。

 つまり、今のレインにとってセンは意味深な発言ばかりしてくる微妙な存在だった。


「ですが、レインさんは確かに可愛いので水着を着て出れば勝てる可能性は十分にありますね」

「か、可愛いとかそういう問題じゃなくて……」

「いや、レインは可愛い。それは分かる」

「そうね、確かに可愛いわ」

「レイン、可愛いわよ!」

「や、やめろぉっ!」


 なぜかパーティメンバーに可愛い責めにあうレイン。

 顔を真っ赤にして拒否反応を示すが、雰囲気はどこか嫌がっていない。


(どういう理由で隠しているのか知らないけど、普通の女の子じゃないの)


 センはそういう風にレインを見ていた。

 そう見えてしまうくらいには――レインの男らしさというのは消えてしまっていたのだった。


   ***


「さ、最悪だ……」


 レインは一人、更衣室の中にいた。

 女性用の衣服を取り扱う専門店は町にもあった。

 そんな場所に、レインは連れてこられていた。

 一緒に来たのはセンとシトリア――二人によって選ばれた水着が並べられている。

 際どいビキニは間違いなくセンが選んだものだろう。


(こんなの着られるわけが……っ)


 レインはそれを指で摘むように持つ。

 もはや布としての意味を果たしているかすら怪しい――男がどうか以前に着ていいものなのだろうか。

 女性用の衣服を取り扱っている以上――当然顧客は女性向けになる。

 レインはある程度町で知られている冒険者で、店員もレインの事は知っていた。

 フードで顔を隠していたのに、センがそれを取ってレインを差し出すように見せると、店員は喜んでレインを店の中に受け入れたのだ。

 そして、今に至る。


「どうしてこうなった……」


 レインはがくりと膝をつく。

 そもそも自然と受け入れられる状況がおかしいし、いざこうして水着と対面するとどうしようもない敗北感があった。

 これを着てしまうと、もうダメな気がする。

 そんな気持ちでいっぱいだった。


「……くっ」


 だが、いつまでもここにいるわけにもいかない。

 レインは意を決し、シトリアが選んだと思われる水着を手に取る。

 布地は多めで、水着といっても肌の露出は控えめなものだ。


「……ていうか、一枚なんだ」


 上と下に分かれておらず、紺色のそれはまるでレオタードのようだった。

 艶々の感じは、触り心地自体は悪くない。

 それに、良く伸びる。

 レインは訝しげな表情でそれを確認する。


「こういうのもある、のか?」


 レインは一先ず、身体に合わせるように鏡で確認する。

 ローブだけ脱いで、軽く深呼吸をした。

 割と似合っている――そんな風に考えてしまう自分が嫌だった。

 だが、レインの今の姿ならば水着も似合う。

 プロポーションがいいというわけではないが、どこか薄幸とも言える雰囲気があった。

 それは――レインの不幸体質にも起因する。


「……まあ、着なくてもいいか」

「ダメよ、着ないと」

「わっ!? き、急に入ってくるなっ!」


 センが唐突にカーテンをめくって入ってくる。

 二人が入るにはやや狭い場所で、センは気にする様子もなくするりと中へ入ってきた。


「ちょ、狭いって……!」

「いいじゃない。レインがいつまでも遅いから、わたしが選んであげようと思ったのよ」

「いいからっ! センが選んだのってこ、こういうのとかだろ!?」


 レインが指差すと、センはふっと意味深な笑みを浮かべる。


「わたしがそんなに短絡的だと思う?」

「え、違うの……?」

「その通りよ!」

「短絡的だよ!」


 そんなノリ突っ込みを終えると、センはおもむろにレインの服に手をかける。

 かなり自然な動きだったが、レインらしからぬ速さでセンの腕を掴んだ。

 そのままセンに抵抗しようとするが、それでもセンの方が力が強い。

 狭い場所でレインは押し倒されるような形となった。


「ちょ、何をする気だ!?」

「女二人、密室、水着――分かるでしょ?」

「分からないよ!? ――って、僕は男だ!」

「そういうのいいから」

「や、やめ――やめてーっ!」


 レインの悲痛な叫びを聞いて、ギリギリでシトリアがやってくる。

 だが、くんずほぐれつな状態の二人を見て、シトリアは少しだけ考えたような表情をすると、サッとカーテンを閉めた。


「え、ちょ、シトリア!? 助けてよ!」

「ふふっ、これでもう逃げられないわ」

「ちょ、ちょっと待――あーっ!」


 そんな断末魔が店の中に響く。

 レインの類稀なる隠しの技術によって、センから見えないように必死に防御をしながら着替えさせられるという新手の羞恥プレイを数十分以上させられる事になっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レインちゃん…あまりにも最高…です
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