54.決闘の提案
「さて、これで全員揃ったな」
リースの言葉通り、紅天の拠点には全員が揃っていた。
最初に戻ってきたのはレインとリース。
次に戻ってきたのは、まさかのセンだった。
その後にシトリアとエリィが戻ってくる。
二人は隣の部屋から入れなかった時点で、一度外にいたらしい。
そこで、飛び出してくるレイン達を見かけたとの事だった。
紅天のメンバーは揃って話す事は、レインを狙うフレメアについてだ。
「そもそもの話だが、レイン。君は何故フレメアに追われている?」
「えっ!? な、なぜって……」
気まずそうな表情を浮かべるレイン。
実のところ、そういう過去の話は誰にもした事がない。
フレメアに弟子がいるという事を知っている者もほとんどいないだろうし、レインに師匠がいる事も知っている者は少ない。
「あの師匠のところでしょ? 色々と嫌になって逃げ出したんじゃないの?」
「うっ……」
「図星か……」
センの言う事は正しい。
レインはフレメアのところから逃げ出したのだ。
まだ――レインが純粋だった頃。
純粋といっても、将来楽に生活をするために純粋な努力をしていた、という事だが。
レインが暮らしていた町にその人がやってきたのだ。
Sランクの冒険者――フレメア・コルトゥ。
Sランクというだけで、その人の強さが分かる。
師事を受ければ、きっとレインも実力をつけられる。
そう思って、何も知らないレインはフレメアのところへと行き、弟子となったのだった。
そのとき、フレメアは弟子を取らないという話を聞いていたが、実際に行ってみると特に問題なく弟子にしてもらえた。
今思えば――フレメアにも何か考えがあってレインを弟子にしたのかもしれない。
少なくとも、その考えがレインにとってプラスになるものではない事は確かだが。
「素直に出ていくとは言わなかったのですか?」
「……そういうの通じる人じゃないから」
「じゃあどうしたのよ?」
「えっと、その……言いにくいんだけど……」
「はっきり言いなさいよ」
「お酒に睡眠薬を……」
「……それは怒っても仕方ないかもな」
「レインってそういう事するのね。お姉さん、ちょっと意外」
若干引かれているようにも見える。
けれど仕方なかった。
フレメアから逃げ出すにはそれくらいの事をしないといけなかったのだ。
実際、レインの作戦は上手く行った。
フレメアとレインの間には、ある程度の信頼関係があったからだ。
「うーん、これだとレインの方が悪いんじゃないの?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あの人の行動とか見たでしょ!? ああいう事平気でする人なんだよ!」
「確かに、常識はなさそうではあるな」
「修行だって何度死にかけた事か……」
「修行っていうのは死にかけるくらいがちょうどいいと思うけれど」
「センさんは基準にならないので」
センの言葉に、シトリアが突っ込みを入れる。
当たり前だ――修行で死んでしまったら、何のために修行するのか分からない。
フレメアは毎日、魔力を全て使いきるまで魔法を使わせる。
そのほかにも、謎の液体を飲まされた事もある。
その結果――魔力が回復した事もあったが。
「どのみち、議題はレインの過去がどうという問題じゃない」
「そうね。レインが屑だったとしても、わたし達の仲間だもの」
「言い方!」
「彼女は少なくとも、レインさんを諦めないでしょう」
シトリアの言う事は正しい。
フレメアがレインの事を諦めるはずはない。
何か対策を取らなければならないのは間違いなかった。
「正直言えば、いつここに来てもおかしくない……」
「だろうな」
「それなら――いっそこっちから仕掛けちゃえば?」
「仕掛ける……?」
レインの問いかけに、センはにやりと笑って答える。
「そのままの意味よ。たぶんあの人、勝ちさえすれば諦めると思うわ。そういう口ぶりだったもの」
「決闘、という事か」
リースがそう口にした。
決闘――つまり、勝敗に応じてこちらから条件を掲示して、向こうに認めさせるという事。
勝てばレインをもう追わない、負ければレインはフレメアに従う――それがもっともシンプルな提案だと言える。
「いいんじゃない? その提案に、私の分も乗せてもらおうかしら」
「え、センの分?」
「そ、フレメアとわたしの姉さん――エイナは協力関係にあるっぽいし。面倒事は一緒に片づけちゃいましょ」
「面倒事って……そういえばどうしてセンはお姉さんに追われているの?」
「ふふっ、女には秘密が付き物よ」
「何だよ、それ……」
「センの事は一先ず気にしなくていいと思うわ」
「そうですね。ついでという事で」
「ふふっ、そういう事!」
レインの事は聞いておいて、センは自分の事を話さないつもりらしい。
他のメンバーも、センの事についてはそこまで触れるつもりはないようだった。
こうして方向性は決まった――レイン達からフレメアへ決闘を申し込む。
レインが負けたら、全てフレメアの好きにしてもいいという条件を付けて、だ。
つまり敗北は許されない決闘――ただ、レインにもある程度の自信はあった。
フレメアに氷の魔法は効く。
水の魔法に対して、氷の魔法は根本的に相性がいい。
さらに、レインは不本意ながらも魔導師としては最強クラスの力を持っている。
フレメアにだって――引けは取らないはずだ。
「そうと決まれば――早速準備をしましょ?」
「ああ、そうだな」
「ようやくですか」
「え、もう行くの?」
「いや、そんなわけないだろう」
リースはそう答えて、壁際を指差す。
そこにあったのは、レインのお祝いとして買ってきた食材だった。
「え、今やるの!?」
「どうせ今日行くわけじゃないんだし……ところで、レインお酒は?」
「買ってるわけないだろ!」
「じゃあ今からみんなで買いに行きましょう!」
「あたしはお酒飲まないからここにいるわ」
「いや、エリィからも何か言ってよ!」
「こういうパーティでしょ、そろそろ覚えたら?」
そう言われると、納得せざるを得ない。
レインはフレメアに狙われた状態のまま、レインの引っ越し祝いを開かれるという複雑な状況に陥ってしまうのだった。