52.救出作戦
リースとエリィ、そしてシトリアの三人は部屋の前に立った。
フレメアという女性が宿泊している――その情報はすでに得られている。
フレメアという女性が泊まっているか、ではなくフレメアは部屋にいるか、という問いで宿の主人から聞きだした。
いる事前提で話せば、宿側も特に不思議に思う事はなく教えてくれる。
「それにしても大きいわね……」
「この町の中では高級な方ですから」
「わ、このドアに使われてる素材ってあれじゃないの。《アークスの木》」
「ああ、そうかもしれないですね。エリィさん、結構そういうのに詳しいですよね」
「ま、まあそういうの嫌いじゃないし」
「お前達、遊びに来たわけじゃないんだぞ」
そんな会話を扉の前でしていると、ガチャリと扉がゆっくりと開いた。
そこにいたのは、先ほど町で出会った女性――フレメア本人だった。
「あら、リース。お久しぶりね」
「数十分振りかな」
「ふふっ、センには謝ってくれた?」
「いや、あいつは戻ってきてない。まだ逃げているんだろうな」
「まあ、それはお気の毒に。それで、ここにもセンはいないけれど……」
「ああ、私達の目的はあなたが連れ去ったレインだ」
リースがそう言い放つとフレメアは眉をひそめる。
そして、首をかしげて問い返した。
「連れ去った、というのは穏やかじゃないわ」
「そうだな。穏やかではないから聞いている」
「うふふっ、強気ね? けれど残念――ここにレインはいないわ」
「シトリア」
「はい。何故嘘をつくのですか?」
フレメアの言葉に対して、答えたのはシトリア。
フレメアがシトリアの方を見る。
シトリアの頭の上に――小さな発光体があるのに気付いたようだ。
「《索敵魔法》――そう、レインを登録しているのね」
「はい、この部屋にレインさんがいる事はすでに分かっています」
「なるほど、分かっていて聞いているのね」
シトリアは対象の魔力さえ分かっていれば、ある程度広い範囲までその人物を探す事ができる。
《聖属性》という特異な魔法の使い手であるシトリアは、それだけでAランクの冒険者となったわけではない。
フレメアが微笑みながら、三人を見る。
「分かっているのなら、その上で聞くわ。レインに何の用?」
「連れ去ったのなら奪い返す。そういう事だが」
「レインはあなた達のモノではないのよ?」
「あなたのモノでもない――違うか?」
一切退く事のないリースに対し、フレメアはすっと目を細めた。
そして一言、
「ふう、面倒な子達ね」
そう言うと、突如として扉の前に水の壁が出現する。
ザァという音を立てて出来上がった壁に、リースはすぐに反応して槍を振るう。
だが、水の壁が消滅する事はなかった。
「ちっ、弾かれるな」
「今の感じだと、やっぱり中にいるみたいね」
「ええ、ですが……この壁は」
シトリアが手を触れる。
水の壁は触れた部分に対して勢いを増していき、パァンとシトリアの手をはじき返した。
「シトリア!」
「はい、大丈夫です。ですが、扉から入るのは難しそうですね」
「そういう事になるな。センなら迷わず壁を斬って入るんだろうが……」
ちらりと横の壁を見る。
ここにいるメンバーはそんな決意を簡単にするタイプではない――
「どいて。あたしがやるわ」
そう思っていたが、最初に動いたのはエリィだった。
ボンッと爆発するような音が響き、エリィの手に炎が出現する。
それを壁に当てると同時に、爆発音が響いて大きな穴を作り出した。
「行くわよ!」
「エリィ、迷わずにそんな事ができるなんて……成長したな」
「修理費とか考えて破壊しないようにしたのでは?」
「気にするな、シトリア。救出費としてレインに請求しよう」
レインの知らないところで、借金が出来上がってしまう事になっていた。
リース達は部屋の中へと侵入する。
部屋の中には幻想的な光景が広がっていた。
まるで水の中にでもいるかのような重い空気と共に、周囲には水でできた魚が宙を漂っている。
ただ、そんな光景はすぐに終わる。
リース達に気が付いた水の魚達は、一斉に口を開いてリース達の方へと向かってくる。
牙のように鋭い歯をそれぞれが持っていた。
「肉食の魚がモチーフか」
「水っていうのはそもそも相性が悪いのよね……っ」
「では私が」
二人の前に出たのはシトリア。
トンッと槍を地面に置くと、周囲にいくつかの光弾が出現する。
それらはシトリアの周囲を舞い、近寄ってくる魚へと光線を放つ。
攻撃圏内に入った者を撃撃する設置魔法――動き回る相手には使いやすい魔法だった。
「あの部屋か」
リースが奥の部屋に目を向ける。
魚達がその周辺に集まっているのが分かった。
シトリアが魔法を解除すると同時に、リースが駆ける。
槍を振るうと、水の魚は次々と砕け散っていき、目的の部屋の前に到達する。
そのまま蹴り破るようにリースが部屋の中へと侵入した。
「レインッ――」
「あら、実力はあると思っていたけど早かったわね」
リースはその場で停止する。
そこには、鉄製のベッドに拘束されたレインの姿があった。
猿轡を噛まされた状態で、何かを訴えかけるようにこちらを見ている。
「んーっ!」
ちらりとフレメアの方を見ると、手に持っていたのは鞭だった。
リースがその状況を一度冷静に分析し、レインに問いかける。
「一応聞くが、そういうプレイ中ではないよな?」
「んんっ」
涙目で首を横に振るレインを見て、リースは再び槍を構える。
フレメアはため息をついた。
「あら、騙せると思ったのに」
「私的にはこのまま見学させてもらいたいところだが、どうやら同意の上ではないらしいからな」
後から、シトリアとエリィも部屋の中に入ろうとやってくる。
だが、水の魚達が部屋の入口に群がり、それを防いだ。
「ふふっ、Aランクの冒険者が何人集まろうと、私には勝てないわよ」
「勝てる勝てない程度で仲間を諦めるような性格はしていないのでな」
「あら、勇ましいのね。惚れてしまいそうだわ」
「私もあなたのような美人に惚れられるのは本来なら歓迎なのだが、今は断らせてもらうよ」
「つれないのね……いいわ。殺さない程度には遊んであげる」
フレメアが臨戦態勢に入る。
リースも同じだ。
対峙した二人がいつ動いてもおかしくない――その直後、バタンッと窓が思い切り開き、人陰が入ってきた。
「突然だけどごめんなさい! 匿って!」
「……セン?」
突然の来訪者は、リースと同じパーティに所属しているSランクの冒険者――センだった。
「あら、リースじゃない! こんなところで会えるとは思わなかったわ――って、何この状況」
センが周囲を見渡す。
臨戦態勢に入った二人の女性と――ベッドに拘束されたレイン。
それを見て、センはにやりと笑みを浮かべた。
「ちょっとー! わたしがいない間にすっごく面白そうな事になってるじゃないのっ! 呼んでよーっ!」
「いや、君は逃げていただろう……」
「閃光弾でも上げてくれれば駆けつけたわよ! こんな楽しそうな事やってるんだったら、姉さんくらい倒してきたわ」
センがすぐに武器を構える。
この適応力はある意味尊敬すべきところがある、とリースも思っていた。
「さて、悪いがこれで二体一だ」
「ところでどうしてレインは裸なの? そういうプレイ?」
「んんーっ!」
違うと叫んでいるようだったが、きっと後でセンにはいじられるだろう。
むしろ気になるのは、きっとセンはレインの事を男だと思っていたはずだという事だ。
だが、裸のレインを見ても、特にセンからは特別な発言はない。
「セン、君はレインの裸を見て何も思わないのか?」
「え? リースじゃないんだから、女の子の裸見ても興奮しないわよ?」
「いやそういう意味では――え、君は気付いていたのか?」
そう問い返すリースに、センが頷く。
「当たり前じゃない」
「いや、レインも裸になる割合に対して、結構上手く隠していたと思うんだが」
「そうね。でも、わたし目がいいから」
「あー……」
センの言いたい事はつまり――レインが隠すよりも早く、裸の方が目に見えていたという事。
Sランクの冒険者としてのセンの力が、そんなところで発揮されていたのだった。
つまり、初めの方からセンはレインが女だという事に気付いていた事になる。
「それを知った上でああいう事をさせていたのか……」
「え、そうよ?」
「君という奴は――」
「お話し中のところ悪いのだけれど、そろそろ始めてもいいかしら」
「ああ、そうだったな」
「お姫様救出作戦の途中だったわね!」
今度こそその場にいた全員が構える。
《狂気の魔女》と《紅天》の前衛メンバーの戦いが今、始まろうとしていた。