49.残された道は
レインは師であるフレメアの教えについては、しっかりと学んでいた。
特に、勝てない相手からは逃げればいいというのはまさにその通りだと思った。
けれど、フレメアは逃げる事すらもできない相手にはどうすればいいかを教えてはくれていない。
――目の前にいるフレメアは、果たしてそれを教えてくれるのだろうか。
「あ、あの……師匠?」
レインは後ろに下がろうとして、握られたリードによって阻まれる。
震える身体に涙目でフレメアを見上げるその姿は、完全に怯えた少女のままだった。
「逃げないの」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。ぬ、脱ぐ必要はなくないですかっ」
「あなたは私にどうにかならないか、と聞いたわね?」
「き、聞きました」
「そうよね。じゃあ、私から聞くわ。あなた、医者にかかった事はある?」
「それはもちろん……」
当たり前の話だ。
どんなに健康な人でも、何かしらの理由で医者のところへ行く事はあるだろう。
レインの返答を聞いて、フレメアは笑顔で答える。
「あなたは患部も見せずに治してくれ、と言うの? そんな愚かな事を言うわけないわよね?」
「うっ……」
妙に説得力のある言葉に、レインも反抗できなくなる。
レインに残された道は一つしかなかった――
「あなたに残された道は二つよ」
「え? 二つ、ですか?」
脱ぐしかないと思っていたが、フレメアから言われた事に問い返す。
フレメアは笑顔を崩さないままに、レインに向かって言い放つ。
「自分で脱ぐか、私が脱がせるか」
「……っ!?」
このタイミングで、そんな選択肢を選ばせようとするフレメアの神経を疑った。
正直言って、脱ぐ事に変わりはない。
けれど、フレメアに言われてしまった事が問題だった。
――あら、自分で脱ぐってそんなはっきり……変態ね。
――私に脱がせるなんて……レインはとんでもない変態になったのね。
(くそっ……脳内で再生されてしまう……)
隙を見てはレインをいじめようとするフレメアに辟易していた。
けれど、女の子になってしまったという事実を知られてしまったからには仕方ない。
どちらにせよ、遅かれ早かれフレメアには気付かれる事だったのかもしれない。
問題なのは、レインがどちらを選ぶかという事だった。
(どっちが正解なんだ……!?)
言葉で言われる程度ならばまだいい。
けれど、実際に脱いでいるところに間違いなくフレメアは干渉してくる。
脱がせる、を選択すればどんな風にやってくるか分からない。
それならば、レインの答えは一つしかなかった。
「自分で、脱ぎます」
「あら、自分で脱ぐってそんなはっきり……ド変態ね」
(ぐぬぬっ)
思った通りの言葉を言われても反論できなかった。
だがそれも仕方ない。
まだ、フレメアの言葉を予測できて、自分でやるべき事を選べただけでもよかったとしよう――レインはそう前向きに考えた。
ただ、変態という言葉の接頭に『ド』が追加されていたが。
レインは自身で服を脱ごうとするが、
「あの、師匠」
「なぁに?」
「手錠、外してもらっても……?」
「あら、忘れていたわ――その状態じゃ、自分で服は脱げないわね」
「っ!? そういう事じゃないですよね!?」
レインの慌てた様子を見ながら、にやりと笑うフレメア。
「ごめんね、鍵失くしちゃったのよ」
(こ、この人は……っ)
初めから、レインに選ばせるつもりなどなかったのだ。
レインが悩んだ末に自分で脱ぐと答えるのを読んだ上で、フレメアはレインに選ばせたのだ。
どこまでも、レインの予想の上をいく人だった。
無事――レインは引ん剥かれた。
***
「……っ」
服を脱がされた状態のレインは、なぜか首輪と手錠をそのままに座らされていた。
レインは恥ずかしさのあまり手で必死に隠していたが、
「見せないと何も分からないわよ」
「……はい」
結局抵抗する意味などなかった。
代わりにフレメアが見ている間、レインは何も見たくないというように両手で顔を覆う。
(もう死にたい……)
「ふぅん、なるほどね……」
「な、何か分かりますか?」
「確かにないわね」
「それだけ!?」
ここまでの流れで確認されたのは、口頭でも伝わるレベルの事だけだった。
さすがのレインも怒りたくなったが、今の状態でフレメアに逆らえばそれこそ何をされるか分からない。
視線だけで、フレメアを非難する。
「まあ実際のところ、確かにあなたには強化魔法の類が持続的にかけられているようね」
「これを解除する方法はあるんですか?」
「どうかしら……症状としてはかなり稀ではあるけど、不可能ではないと思うわ」
「ほ、本当ですか!?」
初めて、フレメアとの会話の中で希望が見えてきた。
フレメアは頷くと、
「そうね。一先ずは実験――治療の準備を始めるところからだけど」
「……今、実験って言いませんでした?」
「あら、あらゆる事には犠牲がつきものなのよ?」
「否定してくださいよっ!?」
レインの希望は、一気に絶望に変わった。
フレメアはレインのリードを手に持つと、そのまま隣の部屋の方まで歩いていく。
「さて、それじゃあ実験といきましょうか」
「も、もう実験って言っているじゃないですかっ!」
「それはそうよ。最近ギルドも厳しくて……人に色々試すときには申請しろって言うのよ? 私が申請しても通さない癖に。けれど、今は合法よね。だって、あなたが私にどうにかしてと頼んだのだから」
「な、治せるならって話ですからっ!」
「大丈夫。きっと治してみせるから」
「ぜったい嘘だーっ!」
レインの悲痛な叫びもフレメアには届かなかった。
もう、レイン自身には逃げ出す術は残されていなかったのだった。
こういう感じの話の方がなぜか書くのが捗りますねぇ。
ですが、次からは視点が変わります。