48.監禁されて
宿の名前は《バーナル》。
この町でも大きく、そして高額な宿として有名だった。
およそ貴族が利用するような宿ではあるが、フレメアレベルの冒険者ともなれば利用するのも納得できる。
町中でも比較的高地にあり、そこから町を見渡す事ができる。
レインには縁のない場所だと思っていたが、まさかバルコニーから入る事になるとは思わなかった。
部屋の中も広く、ダブルベッドに材質の良いソファ。
家具からカーテンまで高級な物を使っているのはレインにも分かった。
そんな広い部屋の中――ちょこんと座らされているレインはまったく落ち着く事ができなかった。
メイド服を着たまま、首輪と手錠まで付けられた状態。
そんな状態でさらに腰にロープを巻かれて、手錠に結び付けられている。
すでにウィッグは外されて、レインの目立つ銀髪が露わになっていた。
首輪にはリードがついていて、その先にはソファに腰を駆けながらレインを見下ろすフレメアがいた。
さらに奇妙な事に、この部屋の中には水で構成された魚がふよふよと浮いている。
まるで夢の中にいるような、幻想的な空間が広がっていた。
「この魚はね。私の作り出した魔法なのよ。こうして部屋の中で大人しくしていれば特に害もない――美しい光景を見せてくれるの。けれど、変な事をすれば途端に彼らは凶暴になるわ」
「そ、それを僕に言ってどうするんですか……?」
「どうもしないわ? 変な事はしない方がいいと教えてあげただけよ」
「……っ」
抵抗はするな、という事だろう。
ただ、レインにはもう抵抗する気力も残っていない。
こうなってしまった以上、レインがここから自力で逃げ出す事はできないと察していたからだ。
フレメアの言っている事はつまり、この宿の部屋に結界を作り出しているという事だ。
フレメアはレインを探して町に出ている間も、この部屋の中に結界を維持している。
「女が一人で泊まるには、高級な宿でも心配でしょう?」
「し、師匠ならその心配は――」
そう答えようとしたところで、ぐいっとリードを引っ張られる。
ビクッとレインが反応して、言葉を詰まらせた。
「言いたい事があるなら言っていいわよ?」
「何も、ないです」
レインは完全に掌握されてしまっていた。
フレメアという冒険者は、こういう人間である。
圧倒的な力を持って、他者を支配する。
こんな人だと知っていれば、弟子になりたいなど言うつもりはなかったと、レインはまだ子供だった自分を恨む。
フレメアもSランクの冒険者であり、非常に有名な人物だった。
近くにいる人間で言えばセンもそうだが、Sランクの冒険者となるとどこかおかしい人間が多い。
その中でも、相当突出した部類のおかしさをフレメアは持っている。
「ねえ、レイン。何にもないなんて事はないでしょう? こんな状態で何もないと言うの?」
「そ、それは……」
「メイド服を着て、拘束されて、あなたは今ここにいるの。それで言いたい事がないなんて事はあり得ないでしょう?」
フレメアは独特な話し方をする。
問いかけるような話し方だが、なぜか責められているような気分になってくる。
ただ、言いたい事を言えとフレメアは言っているだけだ。
「師匠がこうしたんじゃないですか……っ」
「そうね。メイド服についてはあなたの趣味でしょうけど」
「ち、違いますっ」
「なら、なぜメイド服を着ているの?」
「それは……罰ゲームで……」
「罰ゲーム? そんなものは無視すれば良かったじゃない。本当はあなたが着たかったんじゃないの? 私は女装趣味にも寛大よ」
「そういうわけじゃ、なくて……っ」
「ならどういうわけがあるの? はっきり答えてくれるかしら」
「えっと……その……」
「迷わないでほしいわね。レイン、あなたの大事なところもいじゃうわよ」
(もうないんだけど……っ!)
フレメアが言いたい事は分かっている。
ただ、今までの事で溜まっているのもあるのだろう。
レインも頑張って答えていたが、だんだんとその声も小さくなっていく。
すると、フレメアは小さくため息をついた。
「ふぅ……そうね。このままでは埒が明かないし、そろそろメイド服であなたを責めるのはやめましょう」
レインの緊張感が少しだけほぐれる。
状況は全く好転していないが、少なくとも話し方は少しだけ温和になったからだ。
「飲み物でも飲む?」
「い、いいんですか?」
「ええ、いいわよ」
レインも緊張で喉が渇いていた。
正直、フレメアからの提案はありがたかった。
フレメアは立ち上がると、入れ物から何かを注いで持ってきてくれる。
「はい、どうぞ」
コトッとレインの前にそれは置かれた。
出されたのは、高級そうなお皿に入ったミルク。
ただ、置かれた場所は床で、レインの手は腰の部分から離す事ができない。
「あ、あの……」
「なぁに? 遠慮しないで」
「いや、その、このままだと飲めないと思うんです、けど」
「あら、レイン。おかしな事を言うのね。身体を倒せば飲めるじゃない」
「……っ!? せ、せめて人間らしい扱いを……」
「うふふっ、私はこれでも優しいくらいだと思うのだけれど」
「メイド服で」責めるのはやめると言っていたのを、レインは思い出した。
何をやっても追い詰められる――そんな状態のレインだったが、ここでようやくフレメアから話が切り出される。
「……さて、冗談はここまでにしましょうか」
「は、はい」
(冗談に聞こえない……)
「色々と聞きたい事はあるのだけれど、一番気になる事から聞かせてもらおうかしら」
「な、何でしょうか」
「あなた、なんでそんなに女の子みたいになっているの?」
ビクッとレインが身体を震わせる。
それは最も核心をつく質問だった。
レインが中性的な容姿であった事はフレメアも知っている。
それでも以前のレインをよく知っているフレメアからすれば、今のレインはおかしく見えるという事だ。
もしも、今のレインがどういう状態なのか知られたら――何を言われるか分からなかった。
フレメアに助けを求めるという方法も考えられたが、この状況で助けを求められるほどレインも図太い神経を持っていない。
何とか誤魔化そうとレインは考えを巡らせる。
「それ、は……こういう風に育ってしまったので……」
「そう。おかしな事を言うのね」
「……え?」
「どういう風に育ったら、あなたの大事なものはなくなるのかしら?」
「――っ!?」
フレメアの問いは、まるでレインの全てを見透かしているようだった。
身をよじらせながら、必死に言い訳を考える。
まだ、見られたわけじゃない――そんなレインの考えを見透かしたように、
「そうね。面倒だから脱がして確認しようかしら」
「え、ええ!? そ、それは犯罪ですよ……!」
「うふふっ、レインったら。面白い冗談を言うのね? 拘束して誘拐した時点で犯罪なのよ?」
フレメアは笑いながらそんな事を言う。
そう、フレメアはそういう人なのだ。
ゆっくりとフレメアが立ち上がり、レインに近づいてくる。
レインも必死だった。
「ま、待ってくださいっ! 何で脱ぐ必要があるんですか!?」
「確認するためよ」
「か、確認なんてしなくても、しっかりありますから……っ!」
「だから、それを確認すると言っているのよ。面倒な子ね」
レインは涙目になりながら逃げ出そうとするが、それも叶わない。
この状態で引ん剥かれるというのは、レインとしてはもう避けたい事態だった。
もう、レインに選択肢はなかった。
「わ、分かりました! 全部話しますからっ!」
「あら、やっと素直になったのね」
ピタリとフレメアの動きが止まる。
レインは今の状態について、包み隠さず話した。
ここで手に入れた魔道具を付けた事で、女の子になってしまったという事だ。
自らの口で他人に説明するのは初めてだったが、もう逃げられない状態だから仕方ない。
レインの話を聞いたフレメアは――
「あははははははっ! レイン、あなたもう誰にも経験できないような人生を送っているのね。とても面白いわ」
「わ、笑わないでください……っ」
「うふふっ、魔道具の効果でそうなるというのはなるほど……中々面白いわね」
「面白いとかではなくて、どうにかならないですか……?」
「どうにか、ね」
フレメアは今までで一番、優しい笑顔を向けて言った。
「とりあえず、全部脱ぎましょうか?」
「……え?」
どのみち、避けられない運命だった。
他の作品を更新する勢いで書けそうだったので書きました。