表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/103

47.逃げたくても

 センの姉――エイナ。

 レインが思った通り、近くで見るとセンによく似ている。

 ただ、服装や性格はまるで違う。

 お堅い口調などはどちらかと言えばリースに似ているかもしれない。

 リースはフランクな感じもあったが、まるで男のような口調だった。

 実際、メイド服を着たレインの前を歩くエイナはどこか男らしい。


(べ、別に悔しくないし……)


 男っぽさで負けたからといってレインは気にしない。

 そう、気にしない。

 実際には結構気にしているが、今のレインが男だと言い張ったところで、きっと誰も信じないだろう。


「センは昔からここに住んでいるのか?」

「あ、うん」

「そうか。同じ名前の冒険者を見ていないか?」

「えっ!?」


 その問いかけに、ドキリと胸の鼓動が高鳴る。

 それはそうだ。

 センは同じパーティメンバーにいるのだから。

 しかも、普段からレインをいじり倒しているとは言えない――レインのプライド的な意味で。


(いや、待てよ……。センの姉を連れて行ったら、動揺するところが見られるかも……?)


 レインの中で、邪な心が目覚める。

 先ほどまで、どうやってセンに仕返しをしてやろうかと考えていたくらいだ。


(ふっ、これだ!)

「あ、でも聞いた事があるかも」

「なに、どこでだ?」


 思い立ったレインの行動は早い。

 わざとらしく思い出したように口にした。

 エイナの食いつきも早く、足を止めてこちらを振り返り、両肩をがしっと掴む。


「っ!」

「あ、すまん。少し食い気味だった」

「い、いや」

(び、びっくりした……)


 近づかれたからといってレインの事を知らないエイナにはばれる事はない。

 けれど、あまり近づかれると地毛でない事がばれるのではないかと内心は焦っていた。

 それに、エイナはBランクの冒険者を軽く倒す事ができる実力者だ。

 その圧を直接受けると緊張してしまう。


「それで、どのあたりで見たのだ?」

「こっちの方かな」


 エイナを連れて、セン達と待ち合わせしている場所に向かう。

 向かう途中で、完全にお酒を買う事を忘れていたのを思い出した。


(まあいいか、後で買いにいけば……。それよりも今は、エイナをセンに会わせる事の方が重要だ)

「ありたがい話だ。まさか妹と同じ名前の子に会っただけでなく、妹の情報まで知っている者に会おうとは」

「僕も驚きだよ」


 話ながら歩いていると、セン達のいるところまで近づいてきた。

 遠目にはすでに、センとリースが待っているのが見える。

 よく見ると、もう一人一緒に待っているようだった。


(ん、エリィじゃないし……シトリアかな? 黒い服っていうのは珍しいような――)

「ああ、そう言えば、私の知り合いも一人ここで冒険者を探していてな」

「そうなんだ。何ていう名前の?」

「レインというらしい」


 そこで、ピタリとレインの動きが止まった。

 それを聞いた瞬間に、血の気が引くような感覚に襲われる。


「ん、どうした?」

「い、いや……その僕――じゃなくて、レインを探している冒険者って……」

「ああ、フレメアという女で、私の友人みたいなものだ」

「……っ」

(ええっ!? 師匠がここに来てるって事……!?)


 レインは驚いて目を見開く。

 何とかそれを悟られないようにしようとするが、明らかに動揺してしまっている。

 訝しげな表情で、エイナはレインを見ていた。


「どうした? 急に。体調でも悪くなったのか?」

「い、いや……」

「あっ、レイン! 近くに来てたんじゃないの!」

(なっ……!? レインって呼ぶんじゃないっ)


 そんな最悪のタイミングで、センがこちらに気付いて手を振る。

 だが、センも何かに気付いたのか、手を振るのをやめた。


「げっ、姉さん……!?」

「セン、ようやく見つけたぞっ!」


 センの反応は早く、すぐにその場から振り返って走り出す。

 エイナも同じタイミングで反応すると、走り去るセンを追いかけはじめた。


(ひ、一先ずはセーフ……)


 レインであるという事実には特に突っ込まれなかった。

 センが慌てて逃げるところを見ている暇などなく、レインは早々に対策を考えなければならなかった。

 そう思っていると、残されたリースともう一人の女性がこちらへとやってくる。

 その女性の姿を見たとき、レインの表情が凍り付いた。


「今の感じだと、あなたがレインという事になるわね」

「ひ、人違いです……」

「どうした、レイン。顔色が悪いぞ。やっぱりその服装で出かけるのはきつかったか?」


 リースが普通にレインの名を呼んでしまう。

 それを聞いて、女性――フレメアは三日月のように口元を歪ませて笑った。

 その表情は昔と変わらず、レインの恐怖心が蘇る。


「ふぅん? 少し見ない間に随分な趣味になったのね、レイン?」

「こ、れはその……違うんです、よ?」

「何が違うのかしら? 女装をする趣味の事? それとも――私から逃げてここにいる事かしら?」

「ん、逃げて?」


 リースがレイン達の会話を聞いて首をかしげる。

 その言葉を合図にレインは反転すると、その場から走って逃げ出した。

 まずは距離を取る――それしかレインにできる事はなかったからだ。


「レイン! どこへ行くんだ!」

「ありがとう、センにも伝えておいて。ごめんなさい、あなたの姉がいる事を黙っていてってね」


 リースの言葉は耳に届いていたが、レインも反応している場合ではない。

 当然のように、フレメアはレインの事を追ってくる。

 だが、振り返ると走ってくる様子はなく、あくまで歩いてやってきていた。

 優雅に見えるが、あの状態で追って来られるのはレインにとっては恐怖しかない。

 レインは慣れない服装に加えてスカートという状態だ。

 さらに、あまり本気で走ると間違いなくこける。

 レインも学習していた。

 ここでこけたら追いつかれるよりもまず、ウィッグが外れてレインだという事が町中に知れ渡ってしまう可能性もある。

 あくまで急ぎつつも転ばない事が重要だった。


(何でこんなに追い詰められないといけないんだ……っ!)


 今のレインには制約が多すぎた。

 その上で、一番会いたくない人物に追われている。

 レインは人混みに紛れた後に、人通りの少ない路地裏の方へと逃げ出す。

 そこから近道をして――まだ引っ越す前だった自宅の方へと逃げる。

 まずはそこで作戦を立てようとレインは考えた。

 一度路地裏に入ってから、ちらりと後ろを確認する。

 そこにフレメアの姿はない。


「はあ……はあ……もう大丈夫、かな。ここまで逃げれば――」

「あら、やっぱり逃げていたのね」

「!?」


 レインが振り返ると、背後にはすでにフレメアがいた。

 レインの行動など筒抜けだったのだ。

 フレメアの表情はにこやかだが、目はあまり笑っていない。

 レインも渇いた笑いしか出てこなかった。


「は、ははっ、お久しぶりです……」

「私は逃げる相手に逃げられた事はないのよ? お酒に睡眠薬を混ぜるとか、そういう卑怯な事をしない限りね」

「い、いや、違うんですよ。師匠」

「何が違うのかしら? 詳しく聞きたいわねぇ」


 そう言いながら、フレメアは懐から何かを取り出すと、レインの首元にそれを装着する。

 カチャリという音だけが耳に届いた。


「……?」

「とりあえず逃げられないように、首輪でも付けておこうと思って」

「く、首輪!? ど、奴隷制度とか禁止ですよ!?」

「そうね。でも、私がいいと言ったらいいのよ? 分かる?」


 あまりにも理不尽なルールだったが、そう言われると言い返せないレイン。

 フレメアという冒険者は、確かにそれだけの力を持っているからだ。

 さらに追加で手錠まで付けられた状態で、レインは完全に逃げられない状態になった。


「女装に首輪と手錠って、相当変態的な格好じゃない?」

「す、好きでやってるわけじゃないですよ……っ」

「好きでもないのにメイド服を着るの?」

「そ、それは……」

「それに、あなた以前よりも女の子みたいになっていない? 前は少しは男みたいなところもあったと思ったけれど」


 フレメアは目を細めてレインを見つめる。

 レインが周囲に隠している事――女の子になってしまったという事実。

 フレメアはレインが男であるという事実を知っている人物だった。


「あ、いや、その……」

「まあいいわ。詳しくは、私の宿で聞くから。来なさい、《水竜》」


 フレメアがそう言うと、上から水で作り出されたドラゴンがやってくる。

 身体は小さいが、人を二人乗せるくらいのサイズはある。

 フレメアがよく使う魔法の一つだった。

 言い訳をする間もなく――レインはフレメアによって連行されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 基本的に不運なレインですが、睡眠薬を混ぜたり等と自業自得って感じなところが可哀想が相殺されて可愛らしいになって良いですね
[良い点] 奴隷(?)の首輪に手枷にメイド服のTS娘…私の追い求めた世界がここにありました……………………
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ