46.メイドな少女
イバルフの町には多くの冒険者が滞在している。
実際広い町ではあるが、それなりに名の通った冒険者ならば町の人間は大体知っている。
そんな町だが、冒険者でなくても目立つ場合があった。
町行く人々が振り返り、その少女を見ていた。
白と黒を基調としたメイド服に長い金髪。
華奢な身体にはよく似合っているが、メイドの姿をしながらもなぜか人に見られるのを恥ずかしがっているように目を逸らす。
「あんな子見たことあるか?」
「いや……どこかで雇われたのかな」
「声掛けてみるか?」
そんな声が耳に届いたのか、少女は足早にその場を去る。
(くっ、まさかこんな事になるなんて)
そうメイド姿をした少女――レインは心の中で考えた。
ナメクジのような魔物を討伐した後の飲み会で、レインはセンにまた敗北した。
その時に罰ゲームの話をしていた事を、レインは忘れていた。
一週間経過して、紅天の拠点へとついに引っ越した当日に言われたのだった。
「あ、今日引越祝いするから、レインちょっとお酒買ってきて」
センから言われた言葉に、レインは少しだけ顔をしかめる。
「お祝いなのに僕が買いにいくのか……」
「結構重いから大変なのよ。わたし達はわたし達で別に買いに行くものがあるから」
「……分かったよ」
「ここに指定のお酒が書いてあるから」
そう言いながら、センはメモをレインに手渡す。
確認してみると、色々な種類のお酒が書いてあった。
「結構細かいな……」
「それぞれ好みがあるから。それと、これ」
ポスッとさらに布地ともう一つ――金色のウィッグを手渡された。
「……なにこれ?」
「罰ゲーム」
「罰、ゲーム?」
「あら、忘れたとは言わないわよね。この前の飲み会、負けた方は罰ゲームがあるって」
レインは完全に忘れていた。
服を確認してみると、町中でもあまり見る事がないメイド服だった。
「女装して買い物してきて」
「女装……」
女の子の姿になったレインが女装――もうそれは普通に違和感のない状態になってしまうのだが、センはレインの事を男だと思っている。
以前にも、レインに女物の服を買ってきた事があった。
「それ以外なら何でも――」
「レイン、負けた方に拒否権はないのよ?」
「ぐっ……」
「大丈夫、レインだって分からないようにするためのウィッグなんだから」
目立つ銀髪――それが見えなければばれないだろうという事だった。
結果的に、レインであるという事はばれていない。
けれど、想像以上にレインは目立ってしまっていた。
すれ違う人々がレインの事を見ている。
いつ声をかけられるか、という緊張感で気が気ではなかった。
(くそっ、いつか絶対仕返ししてやる……っ)
それでも退くという選択肢はレインにはなかったのだった。
そそくさと人気のない道を通りながら、何とかお酒を取り扱っている店を目指す。
この町は魔物がやってくる事もあるからか、人通りの少ない場所でも治安はいい。
だからこそ、レインも安心してここを通れ――
「よう、お嬢ちゃん。こんなところでどうしたんだい?」
「……っ」
こういう時に限って、限ってだ。
絡まれるような事が起こるのか。
レインの前に、三人の男が立ちふさがる。
慌てて後ろに引き返そうとすると、一人の男が腕を掴んできた。
ちらりとレインが顔を見ると、
(ゲ、ゲインかよ!)
まさかの顔見知りだった。
酒場で一緒に酒を飲んだ事もあるし、ダンジョンでも何度か出会った事がある。
Bランクの冒険者だが、いつも連れのホッシュとドウンズを連れて行動していた。
黒髪の短髪で筋肉質――魔法についての知識は疎いが、近接戦闘に特化したタイプの冒険者だ。
「君、可愛いね。どこから来たの?」
「ゲインさん! あっしらにも見せてくださいよ」
後ろのホッシュとドウンズもノリノリでレインに絡もうとする。
小柄なのがホッシュで、巨漢なのがドウンズだ。
「まあ待て。慌てるな、彼女が怖がるだろ?」
(だ、だったら腕を離してくれ……!)
レインは何とか顔を見られないように逸らしていたが、力の差は歴然だった。
ぐいっと無理やり身体を引っ張られると、抵抗空しくも引き寄せられてしまう。
「あっ……」
「おお、やっぱり思った通り可愛い――ん? お前……どこかで見た事あるな」
(や、やばいやばい!)
こんなところでレインだとばれるのは絶対に避けたかった。
レインには今様々な噂がある。
依頼を受けて帰ってくると必ず全裸だとか、実は脱ぐのが好きだとか。
最近女っぽくなった――みたいな噂まで流れ始めていた。
レインが必死に隠していても、状況はだんだんと悪い方向へと向かっていた。
その上、女装するのが趣味だったみたいな事まで広まれば――
(そ、それだけはまずい……っ)
「どこかで見た事あるんだがなぁ……」
センによって化粧もさせられているからか、かろうじてまだレインだとばれていないようだった。
「は、離して……」
「ちょっとよく顔を見せてくれ……」
か細い声で抵抗しても意味をなさない。
「どうしたんすか、ゲインさん」
「ああ、俺こいつと会った事がある気がするんだよ」
「ほほう、オレらにも見せてくだせぇ」
追い詰められたレイン。
もう気付かれるのも時間の問題だった。
そのとき、ゲインが思い出したような表情で、
「あ、お前――」
(ば、ばれた……!?)
「そこまでだ、貴様ら」
ゲインの言葉を遮るように、凛とした声が路地裏に響く。
その場にいた全員が、声のする方を見る。
そこにいたのは、長い黒髪を後ろで束ねた女性だった。
腰に提げているのは刀。
剣とはまた違った技術が必要になる。
黒いコートを着ていて、どちらかと言うと服装は男性的だった。
だが、その女性にレインは少し見覚えがあった。
(なんか、顔立ちとかセンに似てる……)
「なんだ、お前?」
「か弱い少女をこのような場所に連れ込むとは何事だ。恥を知れ、恥を」
「いや、こいつがここを通っただけで……」
「問答無用だ!」
女性が地面を蹴る。
跳躍だけでレイン達の上を通り過ぎると、鞘に刀を納めた状態でそれを振るった。
「がっ!」
「ぐっ!」
「げっ!?」
三人がほとんど同時に叩かれ、その場に転がる。
ゲインに至っては、レインを掴んでいたからか余計に強めに叩かれていた。
(す、すごいな……)
Bランクでも近接戦闘を得意とする冒険者のゲインが、反応できずにその場で倒される。
少なくとも、目の前の女性がそのレベルを軽く凌駕している証拠だった。
「無事か?」
「あ、えっと、はい。ありがとう、ございます」
ぺこりとレインは頭を下げる。
ここらでも見ない人だったので、レインも自然と接する事ができた。
ゲインにはひょっとしたらばれてしまったかもしれない――そんな心配をしていたが、女性がレインの手を掴むと路地裏から連れ出した。
「私はエイナ。君は?」
「ぼ、僕は――」
レイン、と伝えてしまうのは簡単だった。
だが、後々にそれが広まるのは問題だ。
レインは咄嗟に答える。
「セ、センって言います」
「……セン?」
そう答えたが、女性――エイナは少し驚いたような表情をする。
何かまずかったかと思ったが、女性はレインの肩を掴むと、
「私の妹もセンと言うのだ。奇遇だな」
「え、妹……?」
「ああ、ちょうどその妹を探しているところでな」
そんなセンの姉、エイナと出会ったのだった。




