44.帰る方法
「さて、討伐も完了したし、ギルドへ報告に戻るわけだが」
リースがそう言いながら、ちらりと横目で確認するのはレインとセンだった。
センは特に恥ずかしがる様子もなく、下着姿で寒そうにしている。
さしあたっての問題はむしろそこにあるようだった。
「寒いから早く帰ってお風呂にでも入りましょ……」
「センがそれで構わないと言うのならそれでいいんだが……」
問題はその隣――大事なところは全て隠したレインだった。
しゃがんだまま動く事ができず、涙目の状態でリースの方を見ている。
前回実績で言えば、この状態でも町の方には戻った。
リースが抱えて戻ったわけだが、それ以来表立っては噂されていないが、少なからずレインが女性に抱えられて戻ったという事実は目撃されている。
しかも裸で。
二回目ともなれば、それが噂のレベルでは済まなくなるのは確実だった。
「このまま戻るのは無理っ」
「レイン、そうは言ってもどうしようもないのよ?」
センがため息をつきながらそう言った。
なぜ平気そうなのか、が疑問だった。
センの方を向いて話そうとしたが、完全に下着姿を隠そうともしないため、レインは頬を赤らめてサッと視線を逸らす。
「だ、大体どうしてそれで戻るのが平気なんだ……?」
「え、見られて困る物なんてないからよ。レインにだってないでしょう」
「そ、それは……」
(めっちゃあるんだけど……!?)
レインは言葉を詰まらせるが、すぐに反論を思いつく。
「そ、そもそも裸でいるのがおかしいから!」
「それは仕方ないじゃない? レインに引ん剥かれてこうなったわけだし」
「引ん剥いたわけじゃないよっ」
こう言われてしまうと、レインもそれ以上言い返せなかった。
実際、倒せたのはレインの魔法の力があってこそだが、センが下着姿だけになってしまっているのはレインの責任でもある。
そのセンが別にそのまま帰っても問題ないと言っているのに対し、レインが帰りたくないと言い続けるのも難しかった。
「前回の反省を生かしてもう何枚か上着を持ってくるべきでしたね」
「前回の反省って……毎回裸になられても困るでしょ」
シトリアの真剣そうな表情で言ったのに対し、エリィが呆れた表情で突っ込む。
レインを除く四人の意見が一致すれば即座に行動が開始される。
つまり、どのみちレインが活路を見出せなければ裸で連行されるのは目に見えていた。
(何か起死回生の一手はないのか……!?)
「あ、いい事思いついたわ」
「な、なに?」
悩むレインに対して、センがそう言った。
藁にもすがる思いでセンに問い返すと、トントンと自身の胸を指差して、
「仕方ないから上だけ貸してあげる」
「いや何も解決しないじゃん! 上だけとか余計変態だろ……!」
上だけつけたレインと下だけ履いたセン――明らかに変態度が増してしまう。
それと、最も重要な事を忘れられている。
「それに僕は男だ……!」
「あー、そう言われるとそうよね」
わざとらしいセンの言い方に、リースとシトリアが苦笑する。
二人はレインが女の子である事を知っている。
女の子になってしまった、という事実はレインしか知らない事だが。
「じゃあわたしが上をつけるから、レインが下っていうのは?」
「一緒だよ! パンツがいいっていう話じゃないからっ」
「冗談よ。レインの反応が面白いからつい……」
「くっ! 僕は真面目に考えているっていうのに……!?」
「真面目にと言っても、センが問題ないという以上、今問題なのはレインだけだ」
「やはり前回と同じ方法で行くしかないのでは?」
「ああ、そうだな」
リースとシトリアがそんな会話をし始めた。
完全に持ち帰られる方向でまとめられそうだったが、レインはそこで一つの魔法を思い出す。
それこそ滅多に使わない魔法だったが、ここでは唯一使い道がありそうだった。
レインは即座に詠唱し、その魔法を自身で身にまとった。
「《アイス・アーマー》!」
ヒュンッと冷気をまとい、レインの周囲に氷が出現する。
それが鎧の様になってレインを包み込んだ。
《アイス・アーマー》――防御用の魔法だが、動きが鈍くなりやすくさほど防御力も高くならないため、レインが習得していてもほとんど使用する事がなかった魔法だ。
だが、今は違う。
氷の鎧は肌色こそ見えてしまいはするが、それでも幾分ましではあった。
直接裸を見るのとは程遠いくらいだ。
「こ、これでどう、だ。くしゅんっ」
ただ、地肌に氷が接しているので物凄く冷たい上に寒い。
レイン自身、氷魔法の使い手である以上多少耐性は持っているのだが、それでも地肌となると寒かった。
カタカタと氷の鎧が震えるのを見て、
「やめた方がいいんじゃない……?」
「そうね、お姉さんちょっと心配だわ」
「ああ、寒そうに震えてるじゃないか」
「レインさん、無理はしない方がいいですよ」
一様に心配する声が耳に届く。
それでもレインは首を横に振って答える。
「い、いや。これでいいよ。むしろ僕にとっては、これが正解だ……」
カクカクした動きで、レインが移動を開始する。
動きも多少鈍いが、動けないわけではない。
家までの辛抱だ――そう思えば、レインにとってはこれくらいの寒さは苦ではなかったが、
「ふえ――くっしょんっ!」
くしゃみと同時に、バキィンッという大きな音と共に氷の鎧が砕け散った。
「は――ちょ、待っ!」
レインは慌ててその場にしゃがみ込む。
《アイス・アーマー》は常時魔力をコントロールする必要のある魔法だった。
不安定なレインの魔力では、ちょうどいい鎧を作り上げるのに、力まない程度の力のコントロールが必要となる。
寒さでもギリギリコントロールできる程度だったレインの魔法は、くしゃみの勢いだけで魔力が増し、コントロール不能となってしまったのだった。
パーティメンバーの一番前を歩いていたので、少なくとも前方から見られる事はなかったのが不幸中の幸いだった。
「……変態ね」
「ち、ちが……っ」
「色々と前振りはありましたが、レインさんの鎧が砕けるというのは何となく予想していました」
「何その予想!?」
それくらいならあり得るだろうとシトリアは思っていたらしい。
エリィには変態呼ばわりされて、どうにもならない状態のレイン。
結局、リースがレインの身体をひょいっと持ち上げた。
「あっ……」
「結局これしかないだろう。セン、そんな姿で悪いが雑魚は任せてもいいか?」
「もちろん。身体温まるしちょうどいいわ」
「い、いや。待ってよ。いま方法を――くしゅんっ」
「だめだ。このままだと風邪を引いてしまうぞ。それにしても、君は本当に軽いな」
抱えあげられたレインの言葉はくしゃみに遮られ、聞き入れられないまま移動が開始される。
変に動くと前を歩くセンか、近くを歩くエリィにまで見られてしまう可能性があったので、レインはもうまともに動く事もできない状態だった。
「せ、せめて顔だけでも隠して……っ」
「……君は裸を見られるよりも顔を見られる方が嫌なのか?」
「そ、そうじゃないけど……」
髪の色でバレバレなのだが、レインのせめてもの抵抗のようなものだった。
町に戻るまでの間、下着姿のセンと抱えられた全裸のレインが目立たないわけがなかったのだが――