43.脱がせる系魔導師
目を開けずとも分かる。
今、結構高いところにいるという事を。
そして、完全に触手に掴まれている状態でいるという事も。
大事な部分が奇跡的に触手によって隠されているという状態だったが、微妙に動く触手が何とも気持ち悪い感触だった。
「……っ」
レインは意を決し、目を開ける。
改めて目の前で見ると、鱗のような肌をしているにも拘らず柔らかい身体をしている。
漆黒の身体にぬめり気が光沢を強くしているが、何より急を要する事はレインに向かって大きく口を開けているようになっている状態だった事だ。
「え、なに、食べるの?」
(もう一回食べられてるんだけど……っ!?)
カエルの魔物に食べられたときの事を思い出す。
生温かさとぬめり気は忘れたくても忘れられなかった。
ちらりと遠くにいるシトリアを見る。
ナメクジの魔物を指差すと、レインはジェスチャーで尋ねる。
『食、べ、る、系?』
『はい』
シトリアは手で丸を作って答えてくれた。
レインは軽く「ふっ」と息を吐いて自虐的な笑みを浮かべると、
「だ、誰か助けてっ!」
すぐに助けを呼ぶ事にした。
視界に入っているのはすでに行動を開始しているリースとセンだ。
それぞれが触手からの攻撃を避けながらレインの方へと向かおうとしているが、ナメクジの魔物の攻撃は勢いを増していく。
先ほどまでは手加減でもしていたかのようだった。
がくんっとレインを持っていた触手も動き出す。
完全に食べる態勢に入っていた。
「くそっ! 分かったよ、僕がやればいいんだろう!」
吹っ切れたようにレインが詠唱を開始する。
表面を凍らせる程度では粘液によって妨げられる。
だが、不幸中の幸いと言うべきか、レインの地肌に触れている触手は芯から凍らせる事ができる。
レインに触れる物は全てを凍らせる事ができる――今のレインは高い耐性に加えて、触れてきた相手にも攻撃できる『絶対防御』にも近いものがあった。
触手が瞬時に凍り始め、パキリッと音を立てる。
それが本体に伝わっていこうとすると、突如としてレインに絡まっていた触手をナメクジの魔物はすべて自切した。
「な!?」
レインが危険な存在だという事を即座に判断したのだろう。
そのまま落下しそうになったところで、何者かにレインの身体が支えられる。
「リース……?」
「残念、お姉さんでした」
いたずらっぽい笑みを浮かべてそういうのはセンだった。
お嬢様抱っこのような形でレインを運ぶと、そのまま壁に着地する。
即座に壁に剣を刺して、身体を支えた。
「あ、ありがとう」
「お礼はいいけど、隠さなくてもいいの?」
「え――」
そう言われた瞬間、レインが羽織っていたシトリアのコートが砕け散る。
触れている物を全て凍らせる――これはレインの着ている服も対象だった。
つまり最強の防御力を誇り、最強の攻撃手段ともなる氷の魔法は威力をあげればあげるほど、全裸になる事が確定するというある意味諸刃の剣だった。
さっとレインが手で大事な部分を隠す。
「見た……?」
「見てほしいの?」
「ち、ちが……っ!」
「ふふっ、冗談よ。見られるの、本当に嫌なんでしょ」
こちらに視線を向けずにそう言うセンの声は優しかった。
いつになく優しげなセンに――レインはかなりの違和感を覚える。
「……何考えてるの?」
「いやね、もっと面白そうなタイミングで見た方がいいかなーって思って!」
「最低だよ!」
そんなやり取りをしながらも、センはナメクジの魔物からは視線を外さなかった。
相手が強いという事は理解している。
センは何かを思いついたような表情になると、壁に刺していた剣を抜いて着地する。
「よしっ、このまま戦っちゃおう」
「え、このままって?」
「このままはこのままよ。わたしがレインの事を抱えて、レインが戦うの」
「いや、でもそれだと――」
「凍っちゃうって? そこはレイン、がんばって?」
無理難題を押し付けてくるのはこのランクの冒険者にはありがちな事なのだろうか。
レインはまだ完全に力をコントロールできていない。
このナメクジの魔物を倒すレベルの魔法を使うとなると、おそらくレインの周囲にも影響は出る。
だが、レイン単体で放置しておけば何をされるか分からない。
レイン自身は物理的な攻撃は強くないから、そこを突かれれば終わりだ。
それを察しているかのように、ナメクジの魔物の触手がヒュンッと鋭い刃のように動くと、レイン達の頭上にあった岩を砕いた。
勢いをつければそれだけの衝撃を生む事ができるようだ。
センがレインを抱えたまま移動を始める。
「それじゃ、わたしがあいつに出来る限り近づくから任せたわよ」
「ちょ、ちょっと待った!」
「待てないわ」
レインの制止する言葉も聞かずに、センは走り出した。
それぞれに合図を送っていく。
シトリアはその場で槍を振るい、触手を捌く。
エリィの事は結界で守っていた。
防御自体はシトリアの結界も相当優秀だが、範囲が狭いようだ。
シトリア自身は自ら武器を振るい、身を守っている。
あの結界の中は安全である反面、外側への攻撃もできないようだ。
エリィはそのまま待機をしている状態になる。
リースは洞窟内を駆け、触手の攻撃を避けている。
一番目立ちながら、狙われるように動いていた。
そして、レインとセンは――
「おっとっと、危なかったわ」
ボォン、という大きな音と共に地面を砕く。
触手の動きは遅くなったが、撓るような動きは勢いをつけて破壊力を増していた。
「ちょ、攻撃方法変わってない!?」
「レインが危険だって分かったから、潰して食べようって作戦なんじゃない?」
「怖い事言わないで!」
そうこう話している間にも、触手の攻撃は続いている。
遅く撓る触手は破壊力があり、身動きを止めようとする触手は素早く迫ってくる。
だが、素早い触手はセンがすべて斬り払う。
圧倒的な速度でナメクジの魔物との距離を詰めていく。
「魔法の準備はできてる? できてなくても突っ込むけど」
(何でも強引すぎるって……!)
何も準備などできていないが、やるなら前方への広範囲魔法。
それも徐々にではなく確実に凍らせる必要があった。
センに影響が出ないように、とにかく前方だけに魔力を放出させる。
「ああもう! やればいいんだろ!?」
「やっと男らしい言葉が聞けて、お姉さん嬉しいわ」
センの言葉を聞いて、レインは眉をひそめながらも詠唱を開始した。
ちょうど詠唱が終わるタイミングを見計らって、レインがナメクジの魔物に攻撃が当てられるようにしようとしている。
「凍てつく螺旋の渦を巻け、ねじ伏せろ――」
「ここね」
ピタリとセンが動きを止める。
全方位から触手は迫っているが、攻撃が届くまでにわずかに遅れるタイミングがあった。
センはそのタイミングを狙って、レインの魔法の射程が確実に届く距離で止まった。
「《アイシクル・スパイラル》!」
冷気が渦を巻きながら広がっていく。
触れた瞬間にナメクジの魔物の触手は氷漬けになっていく。
ちょうど全体を覆うように、ナメクジの魔物の本体も氷漬けになっていく。
自切も間に合わない――全身が凍ったナメクジの魔物は、パキリッと大きな音を立てて崩れ落ちた。
「やった……」
シトリアやエリィ、そしてリースは魔法の範囲にはいない。
問題はセンだった。
レインはすぐにセンに声をかける。
「セン――」
「ふぇっくしょん! あー、ほんと寒いわ」
大きなくしゃみでセンの無事を確認する。
何とかセンに影響を出さないように魔法を発動できたようだ。
(ああ、よかった――)
そう思った瞬間、パキッという小さな音と共に、センの着ていた服だけが砕け散る。
それは見事に下着だけを残して、だ。
「服だけって……今度は人を脱がせる趣味を露呈させたのね。でも、嫌いじゃないわ」
「ご、誤解だってっ!」
レインの叫び声が洞窟内に木霊する。
《すぐに全裸になる魔導師》に、《全裸にさせようとする魔導師》という不名誉な称号を手に入れたレインだった。