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42.捕らわれてさらわれて

 どのみち避けられない事なのは分かっている。

 けれども、自分から脱ぐとなるとまた話は別だった。

 レインの事を本当に女の子だと思っているのはリースとシトリア。

 男だと思っているのはセンとエリィだ。

 つまり、レインはまだ三人にしかそうは思われていない事になる。

 その絶対数が増えれば増えるほど、もう取り返しはつかない。

 実際、レインは少しだけ思い始めていた事がある。


(そもそも、もう取り返しも何もないかもしれないけど……)


 仮に、センとエリィにばれてしまったとしても、もうそれは仕方のない事だと割り切る。

 レインはそう決めた。

 そうすると少しだけ心が楽になるからだ。

 けれど、それでも人として譲れない部分はある。


(また裸で戦えって言うのか……!?)


 先日のアラクネ戦でも全裸になり、帰宅するときに物凄く恥ずかしい思いをした事を思い出す。

 この際ばれるばれないの問題ではなく、二度も三度も全裸で町に戻る事の方がどちらかと言うと問題だった。


(一度だけならまだしも……いや、一度でもダメだけど! 二回もやったらもう完全に変態じゃないか……)


 男だと言い張る以前に、男だとしても――人としても間違いなくやばい人間だと思われてしまう。

 それが今のレインにとってのネックだった。

 だが、状況はそんなレインの迷いを許してはくれない。


「ちょっと、まだ脱げないの?」

「い、今やってるから……!」


 センに声をかけられて、ビクリッと反応しながら仕方なく動き始める。

 思った以上に強くなった粘り気によって、レインは満足には動けない状態だった。

 その液体に少しだけ溶けてしまった衣服が、動けば動くほどに擦れていく。


(落ち着け……このまま全裸になるのは確定だとしても、それなら隠す方が重要だ。勢いよく立ち上がろうとすればいけるかな……? いや、もしいけなかったら中途半端に恥ずかしい格好を晒す事に……)

「ここは左右に分かれて奴の攻撃を分散させるか」

「形状変化するのに意味あるかしら」

「かたまっていても的になるだけだ。奴だって身体が無限にあるわけじゃない。エリィ達から少しでも狙いを逸らすぞ」

「分かったわ」


 レインがどうやって脱ぐかという作戦を考えている間に、リースとセンはナメクジ型の魔物とどう戦うかという作戦の話をしていた。

 そして、すぐにそれを行動にうつす。

 左右に分かれた二人はそれぞれ、あちこちに伸びる触手を切り刻んでいく。

 切られてもすぐに再生していくが、それでもターゲットは少しずつそちらに移っていた。

 ただ――


「……っ」

「エリィさん、大丈夫ですか?」

「平気よ。これちょっと維持するの大変だけどね」


 イフリートはその名の通り、炎の魔神である《イフリート》を模したとされる魔法だ。

 上半身の部分だけで数メートルある人型が、エリィの背後からレイン達を守るようにそびえたつ。

 このイフリートがナメクジからの触手攻撃を防いでくれていた。

 しかし、魔法自体を維持するのに相当魔力を消耗するようだ。

 エリィにも疲れの色が見える。

 それだけも十分に伝わってくる――早く脱げというプレッシャーが。


(くっ、もう思いっきりいくしかないっ)

「せーのっ――」


 レインは覚悟を決めて、全身に力を込めて立ち上がる。

 ぐいんと身体に強い圧迫感はあるが、力を込めれば動けなくはない。

 ただ、生身の部分だけが外に出るような形になってしまう。


「ふっ、く……」

(脱皮じゃないんだぞ……! あ、やばい。胸の部分だけ見え――)

「そろそろ終わったの!?」


 バッと振り返ったエリィに対して、レインは今までにない反応速度で前かがみに倒れた。

 背中の部分から腰より少し下まで見えてしまっているが、大事なところは全て隠せている。


「も、もう少しだからっ」

「いや、あんた格好がおかしくなってない!?」

「これが抜けやすいんだよっ」

「それならいいけど……! なるべく急いでよね!」

「わ、分かってる!」

(あ、危なかった……!)


 かつて服を脱ぐだけでこれほど緊張した事はなかった。

 レインの全力で勢いよく抜ける作戦は間違ってはいない。

 力のある男ならば問題なく抜け出せただろう。

 問題なのはレインの力の方だった。

 圧倒的に高い魔力を持つようになったレインだったが、実際の筋力についてはむしろ衰えてしまっていると言ってもいい。

 完全な魔導師タイプのレインにとって、物理的に捕まるというのは相当に難儀なものだった。

 肌にネバネバしたものが多く付着し、不快感はあるが仕方ない。

 レインは土下座をするような格好から、両手をついて再び立ち上がろうとする。


「んっ! ぬ、けろ……!」


 上半身が完全に抜けて、下半身を残すのみとなる。

 粘り気は素肌だとそれほど抜けるのは難しくない。

 残る下半身も勢いよく抜けてからまた上着を借りれば問題はない。


(いける――)

「調子はどう?」


 なぜかこのタイミングで戻ってくるセンに対し、レインは再びすさまじい反応で横になった。

 びたんっと地面にうつ伏せになる格好だ。

 完全に背中部分からお尻に至るまで見えてしまっているが、それでも大事なところは全て隠している。


(いや、もうこれアウトでしょ……っ)


 レインも色々と悟ってしまう。

 隠すための格好とはいえ、もはや全裸よりも恥ずかしい事をしている気がしてきた。


「レイン、もしかして遊んでる?」

「遊んでないよ!?」

「遊んでないで早くして!」

「遊んでないってば! とにかくこっちは見ないでっ」


 せめてリースかシトリアならば、まだ隠さずに行動してもいいと思える。

 ただ、タイミングよく見てくるのはセンとエリィだった。

 レインは匍匐前進をするような格好でそのまま粘り気から脱出を試みる。

 最も安全かつ確実な方法だったが、


「何かナメクジみたいね」

「何でまだ見てるんだよっ!?」

「レインの動きが面白くて……」


 こんな状況でもセンはレインの事を面白がって確認しようとしていた。

 レインが本気で睨みつけると、センも「ごめんごめん」と謝りながら再びナメクジの方へと向かっていく。

 結局必要以上に恥ずかしい動きで脱出する羽目になったが、レインはようやく粘り気から脱出する。

 シトリアがさっとコートを着せてくれた。


「あ、ありがとう」

「いえ、いつもの事ですから」

(めちゃくちゃ酷い事を言われている気がする……)


 微笑むシトリアに対しては言える事は感謝しかないが、時々毒づくところがあった。


「ようやく参戦ね……」


 エリィがそれを見て、ため息をつくとイフリートが消えていく。

 すでに維持するのが限界だったのだろう。

 ナメクジの攻撃もリースとセンの方に集中していた。

 その一瞬を突くように、ナメクジの触手がレイン達の方へとやってきた。

 シトリアは咄嗟に反応して回避するが、エリィの方は大魔法を解除した瞬間で、反応が遅れる。


「しまっ――」

「くっ!」


 それに反応できたのはレインだった。

 エリィを庇うように押し出して触手を回避する――つもりだった。


「あっ」


 つるっとまた足元が滑って、エリィだけを押しだす事に成功するが、触手の射程内でいい具合にレインが転ぶ。


(嘘でしょ……)


 脱出したばかりだというのに――レインの身体に巻き付いた触手の感覚で全てを察してしまうのだった。

この作品において、足が滑って捕まるが鉄板ネタになりそうです。

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