40.ナメクジのような
レイン達は洞窟内を進み続け、また広い場所へとやってきた。
水溜りがあちこちに出来ていて、ピチョンという水の跳ねる音が耳に届く。
大人しい魔物が多いといっても、襲ってこないわけではない。
ただ、ほとんどがリースとセンによって討伐されていく。
時折、エリィが魔法を放つこともあるが、基本的には二人で十分だった。
「やっぱり二人は強いね……」
「ええ、あの二人がいるから私達も安心していられ――おっと」
スパッと小さな虫型の魔物が寄ってきたのをシトリアが斬り伏せる。
「それでも油断するわけにはいきませんね」
「そ、そうだね」
「レインさんも、武器は買われたんですか?」
「一応、短刀くらいは買ったけど」
「それは良かったです。センは性格はあれですが刃のある武器はあらかた使えるはずなので、指導を受けるのもいいかもしれないですよ」
「……考えとくよ」
シトリアは飛びこんでくる相手に対しては強い。
機動力の高い二人に対して、シトリアはあまり動かないが戦闘力が高い。
補助魔法だけでAランクの冒険者になれるかどうかと思ったこともあったが、シトリアの動きを見るにその実力は十分にある。
エリィに至っても、Bランクの冒険者としては十分な強さがあった。
「なにか用?」
「いや、なんでもないよ」
「……そう。レイン、あんたは温存しておきなさいよ」
「温存っていうか、今の状況ならそんなにすることないかなって」
「まあね。リースとセンは強いから。けど……」
「けど?」
「ううん、何でもない」
何か言いたそうな表情だったが、エリィはそれ以上何も言ってこなかった。
リースの妹として、何か思うところがあるのだろう。
レインはそう思って、それ以上何か言うことはなかった。
(そう考えるとやっぱ僕だけ劣ってるよな……)
劣等感があるというわけではない。
レイン自身、冒険者として高みを目指しているわけではないのだから。
あくまで将来を見越した安定な生活――そのためにお金を稼いでいる。
(……はずだったんだけど)
気がつけばパーティに入って、洞窟の中で凶悪な魔物を追っている。
どうしてこうなったのか――思い返すと悲しくなるから考えることはやめた。
パーティにいてもお金を稼げないわけじゃない。
取り分だけは一先ず貯蓄していくことにしよう。
そんなことを考えている間に、センとリースが戻ってきた。
「さて、大方片付いたかしら」
「そのようだな」
ヒュンッと二人が得物についた血を掃う。
リースの方は槍を大事にしているようだが、センの方はやはり扱いが雑のように見える。
Sランクの冒険者だというのに、その扱いには少し違和感があった。
魚釣りのときに川に投げ入れるくらいだ。
「ん、どうしたの?」
「いや……センってあまり剣の手入れとかしないのかなって」
「折れたら新しくすればいいじゃない?」
「それはそうだけど」
「女には色々あるのよ。レインにも分かる時が来るわ」
「来ないっ!」
「ふふっ、冗談よ」
センの咄嗟の女扱いにも反応できるようになった――自慢できることじゃないけれど。
元に戻ることは諦めたわけではない。
けれど、最近そのための努力も怠っている気がする。
(はあ、いっそのこと師匠に相談でも……いや、あの人に会ったら何されるか分からないし……)
そう考えながら、レインが地面に手で触れる。
ややぬめり気のある岩に、レインは顔をしかめる。
思えば、この付近の水溜りもどこかぬめり気があるように見えた――
「……っ!?」
それに気付いた直後だった。
レインが魔法を発動させてすぐに異変に気付く。
リース達はレインの様子を見て、警戒を強めた。
「レイン、どうした?」
「何か、かなり大きなものが結構近くを動いてる……」
「かなり大きなもの? 洞窟内でそれを言ったら一つしかなさそうだけど」
一つ――それは今回の対象の魔物のことを言っているのだろう。
揺れを大きく感じたのは近くに魔物がいるからだろうという予測を立ててはいたが、そんなすぐ傍にいるとは思ってもいなかった。
紅天のメンバーの反応は早かった。
周囲を警戒しつつ、リースは槍を構える。
センは再び剣を抜く。
その目つきはすでに狩人のものだった。
シトリアとエリィ、そしてレインは付かず離れずの状態を維持する。
「こっちの方に近づいてきてる……大きい奴が一匹だ」
「出迎えご苦労さまっていうところかしら。手間が省けたわね」
「レインはそのまま相手を捕捉しておいてくれ」
「わ、分かった」
「エリィは攻撃魔法の準備を。シトリアは補助にまわってくれ」
「分かったわ」
「はい、いつも通りに」
「セン、調子はどうだ?」
「もちろん、完璧よ」
全員の返事を聞いて、リースが頷いた。
それと同時に、ドンッという大きな音と共に、巨大な黒い影が出現する。
ぴたりと洞窟の天井に張り付いたかと思えば、ぬるりと身体を動かす。
その姿はまさに――
「ナメクジ、だよね?」
レインの言葉に、他の四人も頷く。
「ナメクジだな」
「ナメクジですね」
「塩まいたら勝てるんじゃない?」
「ナメクジだけど、少なくともこいつがアラクネを追い出す強さを持ってるってことでしょ」
それを聞いて、レインは慌てて臨戦態勢に入る。
油断はしない――そう決めていたのに見た目で拍子抜けしてしまった。
魔物の強さに見た目は関係ない。
レイン達とナメクジのような魔物との戦いが始まろうとしていた。