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36.お約束

 リースは特に態勢を崩すことなく、そのままの勢いで洞窟内を少し進んだ。

 だが、そこにレインの姿はない。

 地面を滑ったようなあとはあるが、そこからレインの痕跡は途切れていた。

 あとからセン達もやってくる。


「あれ、レインは?」

「……姿がないな」

「まさか、一人で進んでしまったのですか?」

「それはないわね」


 シトリアの言葉を否定したのはエリィだった。

 エリィは一度、迷宮をレインと攻略している。

 レインの性格を考えると、わざわざ一人で先に進むようなことはしない。

 ましてや、すぐ後ろに四人が来ているのだから、逆にこちらに向かってきてもおかしくはない、と。


「足跡が戻っているな」


 リースが地面を確認すると、滑ったあとから洞窟の入り口方面へと足跡が続いている。

 そして、再び途切れている――明らかに何かあったと言える状況ではあった。


「シトリアの魔法でも奥までは照らせないのね」

「一応可能ではありますが、あまり照らすと多くの魔物を呼ぶ可能性もありますので」

「魔物……?」


 センとシトリアの言葉を聞いて、リースはふと周囲を見渡した。

 いくつかの魔物の気配がある。

 だが、襲ってくるようなものはいない。

 どうやらこの周囲にいるのは比較的温厚な性格か、臆病な魔物が多いようだ。

 そもそも、洞窟に住むタイプの魔物はそういう類のものが多い。

 直接の戦闘系よりも隠れ潜んで暮らすという者たちだ。


「あら、《洞窟大カエル》じゃない? 見た目はカエルだけど結構おいしいのよね」


 センが見つけたのは一匹の魔物だった。

 何やら口をもごもごと動かしながら、ゆっくりと身体を動かしてここから離れようとしているのが見える。

 この状況でもセンが食に関して興味を持っていることにリースは少し呆れていた。

 まあ、相変わらずといったところか。


「セン……こんなときにそんなことを言っている場合では――」


 突っ込もうとしたところで、ふとカエルの口元に注目する。

 もごもごと動かしているところに、何か布のようなものがはみ出しているのが見える。

 とても嫌な予感がした。


「あれは、ローブか?」

「ん、どれ?」

「あのカエルの口元にあるやつだ」

「あたしにもそう見えるわ……」


 怪訝そうな表情でエリィが答える。

 もしそうだとしたら、洞窟に入った直後からすでに魔物に襲われているということになる。

 そんな状況の中、シトリアがたんたんとした口調で説明をする。


「洞窟大カエルはこうした粘着性のある土の中に潜む生物を好んで食べる傾向にあります。ですので、本来は肉食ではありません」

「本来は?」

「状況を見るに、滑り込んだレインさんが泥土に塗れていたとしたら――」


 その言葉を聞くと同時に、センとリースが動いた。

 洞窟の奥地へ入っていこうとするカエルに、二人の剣と槍が振るわれる。


「ゲッ――」


 一瞬の出来事だった。

 カエルはすぐに意識を失い、だらんと舌を出しながら倒れ込む。

 そんな舌からくるくると転がってでてきたのは、唾液にまみれたレインだった。

 レインはゆっくりと立ち上がると、俯いたままリースの方を見た。

 死んだ魚のような目で一言、


「……もう帰る」

「カエルだけに?」

「違うよ!? 入っていきなりこうなるとは思ってなかったから!」

「レイン、落ち着け。いつものことだ」

「いつものことにしないで!?」


 レインの言いたいことはリースにも分かる。

 アラクネのときもそうだが、レインの魔物に襲われたときのぬめり率の高さはどうにかならないものか、とも思う。

 レインは蛙の涎を振り払う。

 だが、ドロドロとしていてなかなか振り払えない。


「このローブも新調したばかりなんだけど……」

「あんた、本当に運悪いわね」

「それは僕のせいじゃないっ」

「シトリア、もしかしてレインに何か憑いてるんじゃない? お姉さん心配だわ」

「レインさんの不運は単純に本物なだけでしょう。本人の実力がなければここまで生きて来られなかったかもしれませんね」


 さらりと怖いことを言うシトリア。

 服の中にまで入ったぬめりと取りながら、レインはため息をつく。


「さて、あのカエルは帰りに持ちかえろうかしら」

「えっ、食べるの?」

「食べられるわよ。おいしいし。レインは食べられる方が趣味なのかもしれないけど」

「そんな趣味ないからっ」

「そんなこと言って、出かける前に食べられたらどうしようとかフラグ立ててたじゃない」

「そういえば……レインさんってもしかして、そういうの狙ってるんですか?」

「狙ってできるわけないだろっ」


 相変わらずいじられることにレインが突っ込みを入れる。

 こんな状態だが、結局帰るわけにもいかない。

 リースとセンを先頭に洞窟内を進むことになる。

 揺れの感じからすると、結構近くにいるのではないか、とリースは考えていた。


「ここから先は特に気をつけた方がいい。特にレインだ」

「くっ、分かってるよ……」

「大丈夫、今度はお姉さん達も警戒するから」

「そうね、レインがドジなのはあたしもよく分かってるから」

「エリィまで……」

「心配するな。そう言いつつも、以前はエリィがレインの枠みたいなものだったからな」

「……!? ちょ、今そう言う話はいいでしょ!」

「枠……?」

「何でもないっ」


 レインの問いにエリィは語気を強めながらぴしゃりと話を遮る。

 どういうことなのか分からないまま、洞窟内に潜む魔物の討伐依頼がようやくスタートしたのだった。

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