35.洞窟からかえる
翌日――レイン達一行は問題の地点へと到着していた。
出発前の準備などはほとんどない。
危ないかも、と言いつつも普段とは変わらない様子で町を出ることになった。
前回とは違い、今回はエリィもいる。
前衛二人に後衛三人――最も、シトリアについては近接も可能な実力があり、ある意味バランスの取れた人物だ。
洞窟内に潜入するメンバーは五人だが、森の近辺で待機する別のパーティもいくつか存在している。
いざというときは洞窟外での戦闘も視野に入れた構成だった。
森の中に入ると、前回と同様にゴブリンの集団に襲われた。
それはもうセンとリースがいれば問題なく突破できる。
この短い間にこういう状況には慣れ始めていることが少し恐ろしくなっているレインだった。
「……これがアラクネの出てきた穴だな」
「穴というかもう洞窟の入り口みたいね」
ぼっこりと大きく地面に空いた穴は、綺麗とは言い難いが道になっていた。
かなり急ではあるが、一応ここから降りることができるだろう。
レインが穴を覗き込むと、ヒュオオッという魔物の鳴き声にも似た風の吹く音が耳に届く。
「……ここから行くんだよね?」
「その方が手っ取り早いでしょ。もしかして、高所がダメとか?」
「この場合、この洞窟は高所になるのでしょうか」
「んー、じゃあ閉所?」
「どっちでもない! むしろこういうタイプの場所の方が僕は真価を発揮できるんだぞ」
「あら、結構な自信ね」
思わず口が滑ってしまった。
自信満々というようなつもりはなかったが、センの言葉にはついつい過剰に反応してしまう。
少し深呼吸をして落ち着こう――そう思った時、地面が揺れた。
「わわっ、なにこれ!」
「……まだ近いところにいるのか? レイン、危ないからこっちに――」
そうリースが言った直後のことだ。
さらに大きな揺れによって、地面が強く揺れる。
その揺れによって、レインの足場が少し崩れて、洞窟の方へと吸い込まれるように倒れて込んでしまう。
一瞬の出来事で、リースも少し反応が遅れた。
リースは手を伸ばしたが、わずかに届かない。
「そんなことってええええっ!」
「レインッ!」
そうして洞窟の闇に消えていくレインの姿を、四人は見送る――ことにはならなかった。
リースも反射的に飛び降りてレインの後を追う。
急な場所でも上手くバランスを取りながら滑るように降りていく。
「もうっ! わざとやってるのかしら? おっちょこちょいなんだから」
「仕方ないところもあると思いますが……相変わらず不運ですね」
「……ったく。あたし達も追うわよ」
「エリィ、あなたは降りられる?」
「馬鹿にしないで。当然でしょ」
落ちたレインと降りたリースを追うように、三人も洞窟の中に入る。
それぞれがバランスを保ち、滑るように落ちていく。
レインだけはバランスを取れずに思いっきり正面から滑るように落ちていた。
(や、やばい。勢い止められないんだけど!)
レインは焦っていた。
暗い洞窟の先までは視界が確保できていない。
地面が目の前に出てくれば怪我で済むかどうか分からない。
(氷で身体を覆うか!? いや、勢いも殺せるかどうか……!)
どうするか迷っているところで、不意に視界が明るくなる。
後方のシトリアが魔法を発動したのだ。
洞窟内部を明るく照らし出し、レインは先の方を見た。
穴の先は急ではあるが、少しだけ緩やかになっているのが分かる。
さらにその先――出口となる部分は地面へとスライディングするように出られるようになっていた。
レインは氷の短刀を作り出すと、それを滑りながら壁に突き立てる。
やや柔らかい質感の壁には氷の短刀が削られながらも刺さり、それがわずかに滑るの勢いを殺して、バランスを保つことができた。
レインはそのまま洞窟内部に勢いよく飛び出す。
「へぶっ」
ズサーッと泥でできた地面を滑って、そのままうつ伏せで停止する。
正体不明の魔物と戦う前から、すでに幸先が悪すぎる突入となってしまった。
「……はあ」
レインは軽くため息をつきながらも、何とか無事であったことを喜ぶことにした。
汚れを払おうとするが、湿り気のある土の汚れがとれるわけもなく、やや湿った服も気持ち悪い。
だが、この程度ならば迷宮探索を主とするレインにとっては苦にはならない。
狭く暗い洞窟――それはレインにとって迷宮にも近い感覚であった。
(やっぱりこういうところは落ち着くなぁ……)
迷宮というより、むしろやや暗くて狭い場所が落ち着くと感じる引きこもり体質のレインであったが、後方からやってくるだろうリース達と合流するために、振り返る。
そのときに、視界に入る大きな魔物の姿があった。
(魔物……!? あ、でもターゲットじゃないかな。結構小さい――)
そう頭の中で魔物を分析していると、レインの身体に何かぬめり気のあるものが巻き付いた。
それなりに距離はあると思っていたが、魔物はその距離をもものともしない武器を持っていたのだ。
「舌……?」
「ゲコ」
ピンク色の長い舌をレインに巻きつけて、暗がりに潜む魔物はレインの言葉に答えるように鳴く。
紛れもなくカエルの姿をした魔物――洞窟内に生息している原生の魔物だ。
「え、ちょ――」
くんっ、とそのまま勢いよくレインを引っ張ると、魔物は大きく口を開けてレインごと口の中に収納する。
リース達が到着したのは、その直後のことだった。