34.蠢く魔物
遂に引っ越しの日が明日となった。
そんなレインであったが、呼び出しを受けて今は紅天の拠点までやってきている。
到着した時点からすでにメンバー全員が揃っていた。
リースの雰囲気からはいつもと違う感じがする。
仕事の話をギルドから聞きに行っていたから、その結果から新たに依頼を受けてきたのだろう。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない」
「いつも集まってるじゃない」
「そうですね。レインさんも明日からは一緒ですし」
「話の腰を折るな」
センとシトリアの突っ込みに、咳払いをして再び話を続ける。
「先日、アラクネが森の中に現れたことを覚えているな」
「覚えているも何も、ねえ?」
「そうですね」
ちらりとレインへと視線が集まる。
アラクネというとレイン――町中でもそういう印象が広まり始めていた。
その日はレインにとっても、色々なことがあった日だ。
レインは少し不機嫌そうな表情になる。
「どうして僕を見るんだ」
「アラクネという言葉だけでレインの痴態をいっぱい思い出せるからよ」
「失礼だな!?」
「まあ、レインの痴態はともかくだ」
「痴態って言わないで!」
「――っていうか、リースの話が全然進まないから静かにして」
静かに聞いていたエリィから突っ込まれて、レインの反論も空しく話は進む。
エリィもレインのことを認めたということか、一緒にいてももう無闇に噛みついてくることはない。
むしろ部屋の掃除までしてくれるくらいには好意的といってもいいだろう。
それでも、ややきつい言い方をするのはエリィの性格であると言えた。
「それで話というのは……何だったか」
「アラクネよ、アラクネ! レインの痴態!」
「痴態じゃないよ!?」
「ちょっと、静かにしてって言ったでしょ」
「センさん、レインさんの痴態と言いたい気持ちはわかりますが、静かにしましょう?」
「分からないで!?」
そんなやり取りが続いてしまい、結局しばらくの間そんな他愛のない話で進まなかった。
結局エリィが机をたたいてからしばしの沈黙になり、ようやく話が進むことになる。
不機嫌そうなエリィに不満げな表情のレイン。
少し楽しそうなセンといつも通り微笑むシトリアに、リースは改めて話を続けた。
「……それで、アラクネが森の方にいた件なのだが、あいつがなぜ森の方にいたのか理由が判明した」
「確かに森の方にいたのはおかしかったものね」
「ああ。正確に言えば、判明したというよりは原因があることが分かったというべきか」
「どういうことですか?」
「奴は森の中でいうと北方の洞窟に住んでいたようだ。近くに穴も見つかっている。洞窟から逃げだしたときに出来上がったんだろう」
「逃げ出した、ね。確かに理由もなく洞窟から飛び出していたのはおかしいと思ったけれど、何か洞窟にいたってことね」
センの言葉にリースは頷く。
元々リースとセンはアラクネが森の中とはいえ外に出てきていることに違和感を覚えていた。
何かあったのが原因だろうとは察していたが、その原因というのが何かから逃げてきたということなのだ。
「それって、まさか?」
何となく、レインは勘づいてしまう。
集められたこの流れでその話が出ると言うことは、これからやるべきことに繋がってしまうのだから。
リースは頷くと、いつも通り冷静な声で告げる。
「今回はその洞窟の調査に向かう。先遣隊がすでに洞窟に何かいることは確認しているが、隠密に特化したメンバーだ。戦闘に必要なメンバーということで我々に白羽の矢がたった」
森の外だったとはいえ、巨大なアラクネはS級相当の魔物だったと言える。
そんなアラクネが逃げ出してしまうということは、相手はS級相当ではなく紛れもなくS級の魔物ということになる。
ただでさえ強力な魔物であったアラクネが逃げ出すほどの相手と戦う――レインは早々に回避したいという気持ちでいっぱいになっていた。
だが、そんなレインの気持ちをよそに、相変わらずパーティメンバーはノリノリだった。
「ふふっ、面白いじゃない。アラクネすら逃げ出す相手なんて」
「Sランク相当どころか超えてそうですね」
「ああ、危険な相手にはなるだろうな」
どうしてそれが分かっていて彼女達はその依頼を受けてくるのだろう――レインの最大の疑問ではあったが、もうそういう性格で、そういうパーティなのだと割り切ることにしていた。
ただ、それでも抵抗をしないわけではない。
「僕は無闇に刺激しない方が――」
「さて、それじゃあ明日早速行くとしよう」
「意見くらい聞いて?」
「レインったら、また戦いたくないみたいなこと言うつもりでしょ? お姉さんはあなたの実力を買ってるのにもったいないわ」
「そうですね。レインさんは少し慎重すぎるところはあるかと思います」
当たり前だ――そう言ってやりたい気持ちを抑えて、レインは努めて冷静に答える。
「どんな相手か分からないし、それにアラクネを追い出してその洞窟に住んだのなら気にしなくていいじゃないかな! 狭いところで刺激して食われでもしたらどうするのさ」
正直、洞窟のような暗く狭いところで強い魔物とやり合うのは難しいと考えていた。
害のない相手なら放っておくのが一番だ、と。
「今フラグ立てたの?」
「違うよ!? 真面目に心配をしてるんだって――」
「レイン、あんたの実力ならそんな心配はいらないと思うわ」
そんなレインの言葉を遮ったのはエリィだった。
思わぬところからの言葉に、レインだけでなくリース達も驚く。
「なによ、そんなに驚くこと?」
「いや、だって、ねえ?」
センがそう言う。
この前までの態度を見れば、そんなことを言うとは誰も思わなかったのだろう。
リースは静かに頷くと、
「エリィの言う通りだ。レイン、この戦いには君が必要だ。そして、君にはもっと自分に自信を持ってほしいという気持ちも私にはある」
「要するに、男らしさを見せてほしいってことね!」
「くっ、そこでそれを言うのか……」
いつもセンには煽られて乗せられているような気がしている。
それでも、レインも結局のところ討伐に向かうことに賛成することになった。
理由は単純だ。
放っておけばいい相手ではなかったからである。
その洞窟は町の地下の方まで続いている可能性があり、時折揺れを感じることもある。
地面を移動しながらこちらへとやってくることになれば、その被害は今までとは比べ物にならないものとなる。
すなわち、未然に防がなければならないということだ。
先遣隊の情報では、黒く蠢く巨体であったことは確認されており、身体も長い形状だったという情報しか分かっていない。
それがずるりと洞窟を移動していたということだ。
「ふふっ、燃えてきたわ。アラクネのとき以上に期待してるからね?」
「まあ、がんばるよ……」
センの言葉に渋々頷くレイン。
各々の準備をして、明日討伐に向かうこととなった。
引越しの日が明日を予定していたことは、すでにレイン達は忘れているのであった。