31.釣り場への道のり
「ねえ、おかしくない?」
「……?」
「その何が? みたいな顔やめて!」
夜、レインとセンは森の中で焚火を囲っていた。
センが倒した魔物の肉を調理して、夕食を取る。
冒険者として、解体技術は基本みたいなものだ。
そこはおかしいところはない。
ただ、ここにいる魔物のレベルは割と高い。
C級程度の魔物がうろうろしていて、高いものだとA級相当の魔物までいる。
こうして焚火を囲っている間にも、どこから魔物が襲ってくるのか分からない状態だ。
そんな状態でレインが落ち着けるはずもない。
対するセンは普通に家の中にいるくらいリラックスしている。
「大丈夫よ。レインはBランクの冒険者でも、わたし達が見た感じSランク相当――ひょっとしたらそれ以上の力を持っているんだから。どーんと構えておけばいいのよ」
「そんな悠長ではいられないんだけど! 僕はあくまで迷宮専門の冒険者であって、こう開けた場所では安心感が……」
そわそわと落ち着かない。
広すぎる場所ではレインの《エコー》の魔法もあまり意味をなさない。
あくまで狭い場所で反射することで広がるからだ。
こういう場所ではまた違った感知の魔法がいいのだが、レインはそれを会得していない。
対するセンもそういう類の魔法を覚えているのかと思えば、
「うーん、勘?」
「死ぬでしょ!?」
もしかしたらここで死ぬかもしれない――そんな不安感すら過り始める。
早い話、センは感知魔法系を苦手としている。
そういう類のものもなく、純粋な本人の戦闘力のみでSランクの冒険者となったある意味本当の化物みたいな人間だ。
確かに、アラクネ戦のような動きができれば魔法が使えなくとも問題はないだろうが、レインにとっては死活問題だった。
今、この場でもセンの勘を頼るしかない。
森の中は一層暗く、焚火で照らし出されているのは二人の周辺だけだ。
むしろ、目立ってしまうのではないかという感じもする。
「大丈夫だって。わたしが全力で守るから」
「でも……やっぱり落ち着かないっていうか……」
「そんなに女々しいこと言わないで」
「さすがに言わせてよ!?」
元々ここにやってきたのもセンの誘いからだ。
実際、レインが『レインちゃん』と呼ばれないことを条件についてきたのだから何も言えないのだが――そもそも今日のおつまみと言っていたセンとの釣りがすでに二日目を迎えているところがおかしい。
「まあまあ、寝たら落ち着くわよ」
「こんな状況で寝られると……?」
「わたしは寝られるけど……」
レインは深くため息をつく。
力だけはSランク相当でも、まだまだ心は安心、安全をモットーにしたBランクの冒険者だ。
シトリアとの薬草集めで多少は自信がついたとはいえ、それこそ何が起こるか分からない森の中で落ち着いて眠れるはずもなかった。
もう起きているしかない――そう決意をした。
そんなレインの様子を見て、センは口を開く。
「レイン、お姉さんはあなたの力を信頼しているわ」
「……」
そう言いながら、センは懐から小さな瓶を取り出した。
「大丈夫よ。わたしがいる限りあなたに怪我をさせるようなことはさせない」
「……?」
さらに、瓶を開けると、一つの小さなお猪口を取り出してそこに瓶の中身を注ぐ。
透明な水のようだが、さすがにこんなところでは、とレインは疑問に思いつつもそれを飲むセンを見る。
「ぷはぁ、だから心配しないで今は休んでいいのよ」
「うん、分かったけど……それは?」
「飲む?」
センからそのままお猪口を手渡される。
特に強い香りがするわけでもない。
レインがそれを一口だけ飲んだ。
少し辛い感じはするけれど飲みやすい――そんな水の見た目をした飲み物の正体は一つしかない。
「これ、お酒でしょ」
「そうよ」
「色々と台無しだよ!」
こんな場所で酒を飲み始めるような冒険者の何を信じらせるというのか。
レインは一層に警戒を強めた。
「これくらいのアルコールはむしろ寝るのに丁度いいの。わたしはあなたと違って弱くないから」
「僕だって弱くない!」
「あら? あんなことになってもそんなことが言えるなんて」
「あんなことにそんなこと……?」
レインはいまだに何があったのか知らない。
あの場にいた人に聞いても教えてくれないからだ。
センの物言いからしても何かをやらかしてしまったような感じだけは伝わってくる。
「そう、あんなことやそんなこと」
「そ、そんなこと言われても……いや、あのときは本当におかしかっただけだから」
「だったらそれ全部飲んで寝なさい」
「うっ、でもこれ結構強いよ?」
感覚で分かる。
少量しか飲んでいないが、すでに胃の中に熱いものが広がる感覚がある。
この前のことを考えると、これを飲んだだけでも時間が経てばそれなりに酔いが回る気がした。
「そんなに強くないわ。それに寝るのに一杯はちょうどいいって言ったでしょ? まあ軽く飲んで休みなさいって」
「……分かった」
レインは頷いて、もらった分だけは飲み干す。
胃の中に広がっていくアルコールの感覚。
センにお猪口を返すと、また一人で飲み始める。
レインもしばらくは問題はなかった。
ただ、アルコールが少しずつ回ってくると、心臓の鼓動が感じられるようになってくる。
周囲の雰囲気と相まって、余計に緊張状態が高まってしまった。
(の、飲まなきゃよかった……)
後悔先に立たず――ここでレインは考える。
このまま緊張状態が続く方が正直つらい。
いっそもう少しだけ酔ってしまった方がいいのではないか、と。
「セン……もう一杯もらってもいい?」
「あら、別に構わないわよ。一杯と言わずに寝られるまで飲めばいいわ」
すでに思考が低下していると言われても仕方ない――そんな状態のレインだったが、渡されたお酒を口に運ぶ。
しばらく二人は話を交えながらお酒を飲んでいたが、やがて夜が深くになるにつれて、うとうととし始める。
そんなとき、草むらから一体の魔物が現れ――
「なんだぁ! てめぇ!」
ボンッと氷の柱が魔物の目の前に出現する。
驚いた魔物はすぐさま逃げ出した。
強い酒を短時間で飲んだレインは、やや荒んだ性格になってしまっていた。
「はぁ、もう休むのも疲れた。夜の間にちょっと進も?」
「休めるときに休んだ方がいいと思うけど」
「いいんだよ! こんなところで休むくらいならさっさと終わらせて帰った方が百倍ましだから」
レインの言葉にセンが少し驚いた顔をする。
「わたし、初めてレインのことを男らしいと思ったわ」
「ほ、ほんと? じゃあ、今度からこういう感じでいってやる!」
男らしいと言われただけでとても嬉しそうにするレインの姿は、やはり男らしくはないと思うセンであった。