30.釣りへ行こう
シトリアの一件のあと、レインは結局元の鞘に戻ることになった。
女の子の身体のまま、魔法だけは異常に強くなった状態だ。
その上、シトリアには完全に女の子であることがばれてしまった。
しかし、それはもう仕方のないことだと割り切る。
まだ、三人だというポジティブ思考でいなければやっていられないレインであった。
レインの引っ越しの日がもうすぐ傍までやってきている。
今日は、レインの住む予定である部屋の方を整理するためにやってきていたのだが。
「あれ、センだけ?」
「そうなのよ」
リースはギルドからの仕事の依頼の調整。
シトリアはこの前持ち帰った薬草の調合。
エリィは自身の魔法の訓練――今日は紅天にいるのはセンだけだった。
センはにやりと笑いながら、レインの方を見る。
「だから、今日はお姉さんが一日レインちゃんの面倒を見るわっ」
「レインちゃん言うな!」
レインがそう言うと、センは「あははっ」と笑った。
グロッキー状態から復活したセンは、しっかりと飲みの時の記憶を持っているらしく、うろ覚えながらもレインも記憶している賭けの勝利権をそのまま履行していた。
ぐぬぬ、と少し嫌そうな顔をしながらも、レインは仕方なくそれを受けるしかない。
「悔しかったらもっとお酒には強くなることね」
「あのときは、油断しただけだ……っ!」
「お酒で油断ってどういうことよ」
レインには作戦があった。
ただ、あまりにも酔いが早くまわってしまったため、結局何もできずに潰れてしまうことになっただけだ。
次の機会があれば負けない――レインは心の中ではそう思っていた。
そんなレインを見てセンは何か思いついたような様子だった。
「レインちゃんって呼ばれるの、そんなに嫌?」
「嫌というか……僕はこう見えても男だから」
今でこそ、女の子になってしまってはいるが、レインはいまだに男に戻ることは諦めていない。
それが裏目に出てきてしまっていることには、まだ気付けてはいないが。
「こう見えてもって……言われても仕方ないって思ってるみたいよ」
「あっ、そ、そうじゃなくて――とにかく、嫌な気持ちの方が大きいかな!」
レインがそう言うと、センは少し悩むように腕を組む。
しばしの沈黙のあと、センは頷いた。
「分かったわ。それじゃあ、レインちゃんって呼ぶのはやめるわ」
「え、ほんと?」
「そ、の、か、わ、り! ちょっと付き合ってほしいところがあるのよね」
「付き合ってほしいところ?」
「そうそう」
レインは少し迷った。
センやリースは正直行きたいところと言うと危険が伴う場所な気がしていたからだ。
それを言えば、シトリアの件も同じではあるが。
「嫌なら嫌でも構わないわよ?」
「どこに行きたいの……?」
「魚釣りよ」
「魚釣り?」
「今日のおつまみね」
また飲むのか――そう思いながらも、レインは少しほっとした。
魚釣りくらいならば付き合ってもいいと考えた。
そのあたりの川に行くくらいなら問題ない。
ただ、レインは別に魚釣りを得意としているわけでもない。
「でも、僕は魚釣りなんてほとんどやったことないけど……」
「平気よ、レインには重要な役割があるから」
「……水を凍らせるとかじゃないよね」
「さっ! 準備ができたら行くわよ!」
レインの言葉を無視して、センはそう言って準備を始める。
完全にレイン頼りの魚釣りだということが分かった。
正直、あまり魔法を表立って使いたくないという気持ちもあったが、力の制御の訓練にはちょうどいいかもしれないとレインも考える。
「――って、僕は引っ越しの準備に来たんだけど」
「あら、いいじゃない。どうせほとんどやることないんだし」
「……どういうこと?」
「部屋なら、この前エリィが片付けてたもの」
「え、エリィが?」
「そ、一緒にいって結構仲良くなったらしいじゃない? お姉さんも安心したわ」
意外なことだったが、エリィがレインの住むための部屋の整理をしてくれたらしい。
少し嬉しいような気持ちになりつつも、釣りには行くことが確定してしまった。
釣竿をいくつか持ったセンと、特に何も持たないレイン。
近場の川にでも行く雰囲気で町を出た二人が向かったのは、そこから徒歩で一日以上かかるウィコス川という場所であった。
「遠すぎだよ!?」
「あら、言ってなかったかしら」
「言ってないっ!」
そんなやり取りが、歩き始めて一時間程度で発生したのは言うまでもない。